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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第十一章 江戸城龍穴(前編)

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歌川の双龍

挿絵(By みてみん)

 果てしなく続くかと思われた洞窟の斜面を駆け下りた先。

 写楽たち五人が飛び込んだのは、地下水脈が流れ込む、巨大なすり鉢状の広間だった。

「……ッ、すげぇ……」

 写楽は、目の前に広がる光景に思わず足を止め、息を呑んだ。

 広間には、これまで道中で相手にしてきた泥のような異形とは明らかに異なる、一回り以上も巨大な惡魂衆が十数体、群れを成していた。

 だが、その強大な化け物たちは今、たった三人の男たちによって一方的に蹂躙されていた。

「オラァッ!! 脆えんだよ、雑魚どもがッ!」

 咆哮と共に、燃えるような赤い光刃を荒々しく振り回し、巨体を次々と力任せに両断していく男。

 シャツの胸元を大きくはだけさせた黒スーツの上に、漆黒のロングコートを翻す歌川龍人会の若頭・豊国だ。

 その戦いぶりはまさに獅子奮迅。

 彼が踏み込むたびに大地が揺れ、敵は塵となって消え去っていく。

「やれやれ。力が有り余っているのは結構ですが、少しは頭を使って戦ったらどうですかねぇ」

 豊国の死角から襲い掛かろうとした別の異形の眉間を、豊広は的確に赤い光刃で貫いた。

 ダブルの黒スーツを着こなす彼は、飄々とした笑みを浮かべたまま、最小限の動きで敵の急所だけを正確に抉り取っていく。

 そして、その二人の猛攻の中心で、静かに、だが絶対的な威圧感を放つ男がいた。

「油断するな。敵の狙いは足止めだ。一息に片付けるぞ」

 歌川龍人会・頭領である豊春。

 スリーピースの黒スーツを隙なく着こなした彼の背には、青銅色の龍輝で描かれた仁王像が、漆黒のコートに浮かび上がっている。

 豊春が静かに青い光刃を一閃させた瞬間、空間そのものが凍りついたかのような錯覚に陥る。

 次の瞬間、彼に迫っていた三体の巨大な異形が、音もなく上下にズレて崩れ落ちた。

 豪快、巧妙、そして圧倒。

 帝都の裏社会を束ねる三人の実力は、新米の写楽から見れば、次元が違うとすら思えるほどの凄まじいものだった。

「頭領(オヤジ)ッ!!」

 広間の入り口から、国貞が声を張り上げた。

 その声に、豊春が静かに振り返る。

「……国貞か」

「お待たせしました! 国芳と広重、浮世組の北斎と写楽がこれより合流します!」

 国貞たち五人が駆け寄ると、豊国が敵の残骸を蹴り飛ばしながらニヤリと笑った。

「へっ、遅えぞお前ら! 美味いところは全部俺たちが片付けちまったぜ!」

「頭(カシラ)、相変わらず無茶苦茶な戦い方してんなぁ」

 国芳が、やれやれといった様子で肩をすくめる。

「おや、浮世組のお二人がわざわざ加勢に? これは頼もしいですねぇ」

 豊広は写楽と北斎を見て、胡散臭いほどに愛想の良い笑みを浮かべた。

「浅草を放ってはおけないのでな。浮世組からは俺たち二人だけだ」

 北斎が静かに状況を告げると、豊春は剣の切っ先を下ろし、小さく頷いた。

「清信らしい、的確な判断だ。……お前たちの加勢、感謝する」

 豊春の言葉に、写楽と北斎は力強く頷き返した。

 正規部隊と独立部隊。

 普段は相容れない二つの組織が、帝都の危機を前に完全に一つの刃として結集した瞬間だった。

 だが、合流の喜びに浸っている暇はない。

 広間の奥。

 さらに地下深くへと続く暗い通路の入り口から、これまでとは比べ物にならないほど濃密で、吐き気を催すほどの禍々しい瘴気が立ち上っていた。

「……敵の主力は、すでにあの先だ」

 豊春が、鋭い眼差しでその暗闇を見据え、静かに告げた。

 通路の奥から這い出してくる瘴気は、さっきまで群れていた泥のような異形どもの比じゃない。

 豊春さんの言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

 底知れない絶望的な重圧——。

 間違いない。

 この奥にいるのは、赤坂の旧龍穴で見た、あの大倭衆だ。

「……連中の狙いは、やっぱり龍穴の最奥にある『力』ってことか」

 俺が呟くと、隣で北斎が静かに頷いた。

「ああ。だが、あそこは帝都の心臓部だ。奴らに好き勝手させるわけにはいかない」

 龍穴の最奥。

 そこは、龍穴から、この国の繁栄の源である龍輝が溢れ出る最も神聖な場所。

 あそこで龍輝晶を授かり、俺の戦いは始まった。

 もしあそこが大倭衆の手に完全に落ちれば、帝都は——いや、日本という国そのものが終わる。

「……ビビってんのか、新入り」

 不意に、豊国さんがコートを翻しながら、俺の肩をポンと叩いた。

 その顔には、これから死地へ向かうとは思えないほど獰猛で、好戦的な笑みが浮かんでいる。

「まさか。俺も赤坂で連中とはやり合ってますからね。借りを返す絶好の機会ッスよ」

 俺がニヤリと笑い返すと、

「へっ、言うじゃねえか」

 と豊国さんは満足そうに鼻を鳴らした。

「油断は禁物ですよ。敵は、あの石燕や滝夜叉姫といった化け物揃いかもしれませんからねぇ」

 豊広さんが飄々とした口調で言うが、彼が構える赤い光刃からは、研ぎ澄まされた氷のような殺気が立ち上っていた。

 歌川龍人会と、浅草浮世組。

 やり方も立場も違う二つの組織が、今、帝都の命運を懸けて完全に一つの刃として結集している。

 赤、青、黄。

 八人のウキヨ英士それぞれの魂を宿した鮮やかな光刃が、深い地下の闇を力強く照らし出している。

 豊春さんが、絶対的な威厳を持って、静かに己の青い光刃を前方へと突き出した。

「これより、江戸城龍穴の最奥へ突入し、大倭衆を殲滅する」

 豊春さんの腹の底から響く声が、空間をビリビリと震わせる。

「——行くぞッ!!」

「「「応ッ!!」」」

 雄叫びが重なり合い、凄まじい気迫となって吹き荒れた。

 俺たちは弾かれたように地を蹴り、禍々しい瘴気が渦巻く暗い通路へと一斉に飛び込んでいく。

 心臓がドクン、ドクンと早鐘のように鳴っている。

(待ってろよ、大倭衆……!)

 俺は、己の赤い光刃を強く握りしめた。

 かつてないほど濃密な闇の向こう側。

 そこで待ち受ける帝都最大の危機へ向けて、俺たちは一丸となって駆け抜けていった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は9月16日(水)19時に更新予定です。

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