五色の光刃
深夜の帝都。
闇を切り裂くように疾走する五つの影があった。
浅草から江戸城までの道のりを、ウキヨ英士の身体能力で一気に駆け抜けた国貞たち五人は、かつて写楽が『初摺りの儀』で訪れた、江戸城の最奥——厳重な警備に守られた、古びた木造の社の前へと辿り着いた。
だが、そこはかつての神聖な静寂に包まれた場所ではなかった。
社を警護するはずの近衛兵たちは、無残にも大地のそこかしこに倒れ伏している。
「……ひでぇ有様だぜ」
国貞が、ギリッと奥歯を噛み締める。
通常の物理的な武器では、霊的な存在である惡魂衆に致命傷を与えることはできない。
龍輝を操れない者たちにとって、突突如湧き出した化け物の群れは、抗いようのない絶望だったに違いない。
「……脈はある。だが、濃い瘴気にあてられて意識が戻らないな」
倒れている兵士の一人に駆け寄った広重が、静かに首を横に振った。
彼らの視線の先、社の奥にある巨大な洞窟——龍穴の入り口を塞いでいたはずの重厚な扉は、内側からねじ曲げられ、半ば吹き飛ばされるように開け放たれていた。
ドロドロとした墨をひっくり返したような、禍々しく黒く澱んだ邪気の渦が、洞窟の奥から漏れ出している。
「……冗談じゃねえぜ。文字通り、湧いて出やがる」
国芳が、黒猫の姿を揺らしながら低く吐き捨てた。
開け放たれた洞窟の奥。
本来なら淡い光を放つはずの壁面が、どす黒い瘴気に覆われている。
空間そのものが歪み、虚空に黒い靄のような亀裂がいくつも走っている。
そしてその亀裂の奥からは、異形の惡魂衆が、ボタボタと泥のように這い出してきていた。
「先行している頭領たちは、この群れを突破してさらに奥へと向かったはずだ。俺たちも、ここで足踏みしている暇はないぞ」
広重が冷静に状況を分析し、己の龍輝筆刃を構えた。
「写楽」
北斎が、隣に立つ仲間の名を呼ぶ。
「遅れるなよ」
「当たり前だ……! あいつらの好きにはさせねえ!」
目前に立ちはだかるのは、洞窟を埋め尽くすほどの無数の異形。
だが、背中を預け合う五人のウキヨ英士たちに、一歩も退く気配はない。
「気合い入れろ! 野郎ども!」
国貞が、最も前に出て己の得物を高く掲げ、腹の底から吠えた。
「——光筆単成ッ!!」
五人の声が力強く重なる。
その瞬間、彼らの手甲に刻まれた極印が激しく輝き、膨大な龍輝が奔流となって溢れ出した。
眩い光が、周囲の邪気を吹き飛ばすように五人の全身を包み込む。
まずは、歌川龍人会の三人。
国貞と広重の衣装が光の粒子となって分解され、瞬く間に漆黒のスーツへと再構築されていく。
そして、黒猫の姿をした国芳を含む三人の肩に、バサリと純白のロングコートが顕現した。
彼らの目の前の空間が歪み、三枚のモノクロの幻影が浮かび上がる。
国貞の前には、大きく見得を切り、鋭い眼差しでこちらを睨みつける天下の大泥棒の姿。
国芳の前には、闇の奥からヌッと顔を覗かせる、巨大で不気味な骸骨の姿。
広重の前には、雪原を鋭く見据え、遥か上空から獲物を狙う大鷲の姿。
三つの幻影が凄まじい気迫と共に彼らの体を通り抜けると同時に、純白だったコートが一瞬にして漆黒へと染まる。
そして、国貞の背には燃えるような赤で描かれた二匹の双龍が、国芳の背には骨色で描かれた巨大な骸骨が、広重の背には鋭く力強い金色の鷲が、それぞれ強烈な龍輝の文様となって浮かび上がった。
続いて、浅草浮世組の二人。
北斎と写楽の衣装が光の粒子となり、白い戦闘服へと瞬時に塗り替えられる。
その上に、ふわりと純白の陣羽織が顕現した。
二人の前にも、空間を歪ませるようにモノクロの幻影が浮かび上がる。
北斎の前には、全てを飲み込まんとする荒れ狂う大波の姿。
写楽の前には、大きく目を見開き、両手で何かを掴みかからんとする、凄まじい気迫に満ちた姿。
魂の形そのもののような幻影が体を通り抜けた瞬間、北斎の陣羽織の裾から深いベロ藍の青いぼかしが広がり、背中には爪のように鋭い白波の飛沫が浮かび上がる。
同時に、写楽の陣羽織は鮮やかな萌葱色へと変化し、背中には烈々たる力を宿す鬼神の貌が浮かび上がった。
五人が同時に、それぞれの龍輝筆刃を強く握りしめる。
ブォンッ!
という重低音と共に、筆の先端から強烈な光の刃が一斉に解き放たれ、叫び声のような駆動音が大地を震わせた。
写楽、国貞の赤。
北斎、広重の青。
そして国芳の黄。
五つの光刃が、邪気に沈む暗い洞窟を鮮やかに照らし出した。
「帝都のド真ん中を汚した化け物どもに、俺たちウキヨ英士の意地を見せてやれ!」
「応!!」
国貞の雄叫びと共に、五つの影は異形がひしめく地獄の底へと飛び込んでいった。
帝都の命運を懸けた激闘の火蓋が、今、切って落とされた。
洞窟内を駆ける五人の足音が、重く反響する。
黒く淀んだ瘴気の奥から、無数の異形——惡魂衆が、地を這い、壁を伝い、津波のように押し寄せてきた。
「オラァッ!! どきやがれ化け物どもッ!」
先陣を切ったのは、国貞だった。
漆黒のコートを翻し、燃えるような赤い光刃を横一文字に薙ぎ払う。
ブォンッ!
という重低音と共に放たれた一撃は、先頭の数体をまとめて両断し、黒い靄へと還元させた。
「龍人会に負けてらんねぇぜ!」
俺は陣羽織をなびかせ、地を蹴った。
目前に迫る異形に向かって、己の赤い光刃を斜めに振り下ろす。
手応えと共に、敵が両断される。
赤坂の旧龍穴で初めてこいつらとやり合った時のような、足がすくむような恐怖はない。
自分の剣筋が見える。
仲間たちの動きが見える。
「隙が大きいぞ、写楽」
背後から迫っていた別の異形を、鋭い青の閃光が貫いた。
北斎だ。
青い波飛沫の陣羽織を舞わせ、一切の無駄を省いた洗練された太刀筋で、俺の死角を完璧に塞いでくれている。
「ありがとさん! でも、俺だって成長してんだよ!」
「口を動かす暇があるなら、足を動かせ。立ち止まれば呑み込まれるぞ」
「分かってるっての!」
俺たちは背中を預け合い、次々と湧き出す異形を切り伏せながら、洞窟の斜面を駆け下りていく。
一方、国芳と広重の二人も息の合った猛攻を見せていた。
「オラオラオラァ!」
黒猫の姿の上に漆黒のコートを羽織るという異様な出で立ちの国芳が、洞窟の壁を蹴って高々と跳躍する。
そして空中で黄色い光刃を独楽のように回転させ、真上から敵の密集地帯へ突っ込んでいった。
予測もつかない奇想天外な攻撃に、敵の陣形が大きく崩れる。
「……そこだ」
その崩れた一瞬の隙を、広重が見逃さない。
漆黒のコートを静かに揺らし、鷲のような鋭い踏み込みから放たれる青い光刃の刺突。
それは、混乱する敵の急所を、一つ、また一つと、精密機械のように正確に射抜いていた。
豪快な国貞、変幻自在の国芳、冷静沈着な広重。
そこに俺と北斎が加わり、赤、青、黄の五色の光刃が、地獄のような洞窟の闇を鮮やかに切り裂いていく。
だが、敵の数は圧倒的だった。
倒しても倒しても、空間の亀裂からボタボタと泥のように新たな個体が這い出してくる。
前を向いても後ろを振り返っても、視界を埋め尽くすのは異形の群れだ。
それでも、俺たちの足は一歩たりとも止まらない。
「頭領たちは、この先の下層だ! 俺たちで血路をこじ開けるぞ!」
国貞が、群れを蹴散らしながら吠える。
「応!!」
俺たちは互いの間合いを補い合い、巨大な一つの刃となって、ひたすらに洞窟の奥へと突き進んだ。
かつて『初摺りの儀』で下った、この長く険しい地下道。
この先で、先行した豊春さんたちが死闘を繰り広げているはずだ。
(待っててくれ……!)
俺は龍輝筆刃の柄をさらに強く握りしめ、前方に広がる漆黒の闇に向かって走り続けた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は9月15日(火)19時に更新予定です。




