選択の果て
——絶対的な白。
そんな世界の全てを呑み込むような閃光が、萎むように消え、暗さを取り戻すと、俺は見覚えのある場所に立っていた。
赤坂旧龍穴。
三つに分かれた、あの分岐路だ。
「……どうしたんだい、急に固まったりして。」
隣から、応為の怪訝そうな声が聞こえる。
振り返ると、彼女が俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
俺は、弾かれたように顔を上げる。
(……戻ったのか……!?)
左の坑道からは、歌麿の華麗な龍輝の気配が感じられた。
そして、右の坑道からは、清長の怒りに燃える龍輝が。
(歌麿は、まだ生きてる……! 清長も、まだ戦ってる……!)
俺は、胸にかけられた鏡のペンダントを、強く握りしめた。
冷たい金属の感触が、俺の震える手に食い込む。
こいつが、俺を過去に、この分岐点まで戻してくれたのか。
「……なんでもねえよ。」
込み上げてくる記憶——歌麿の鮮血に染まった陣羽織、掠れた歌麿の叫び声——を必死に抑え、応為に笑ってみせる。
「少し、考え事だ。」
理由は分からない。だが、俺はこの奇跡を無駄にするわけにはいかない。
(歌麿を、助けられる!)
頭の中で、これまでの事が走馬灯のように蘇る。
応為が隣にいるってことは、俺は今、仮面の男に敗れた後なのだろう。
仮面の男に敗れた後、俺は応為と一緒に、清長たちと別れたこの分岐路まで戻って、歌麿が向かった左の道を選んだ。
坑道の先では、歌麿は何者かと刃を交えていたが、俺たちの叫び声があいつの剣舞を乱し、紫の刃に貫かれてしまった……
そうだ。
あの時、俺たちが声を潜めていれば、歌麿が追い詰められることもなかったはずだ。
でも、本当にそうか?
声を潜めていても、その場に俺たちが居れば、同じ結果になる可能性はゼロじゃない。
なら、どうする?
答えは一つだ。
「応為、こっちだ!」
俺は、戸惑う応為の腕を掴み、前回とは逆の道——清長が進んだ右の坑道へと向かう。
「ちょ、あんたね!」
「声出すな! いいから黙って来い!」
歌麿、清長——
ただ一心に、皆の無事を祈りながら、俺たちは暗い坑道を駆け抜けた。
坑道は、相変わらず不気味なほど静かだった。
湿った岩壁に、俺たちの荒い息遣いと二人の足音だけが反響する。
(頼む、正解であってくれ……!)
焦る心を抑え、俺は慎重に歩を進めた。
闇の奥から漂ってくるのは、二つの強大な龍輝がぶつかり合う凄まじい気配。
間違いない。
この先で、清長が何者かと死闘を繰り広げてる。
無意識に顔がこわばる。
「写楽……」
応為の声が震えていた。
「間違いない。清長と、敵の気配だ。……ここからは、息を殺せ。いいな」
彼女はこくりと頷き返し、恐怖を押し殺すように唇を噛む。
その瞳には、恐怖と俺への信頼が入り混じっていた。
俺たちは音を殺し、光のまたたく方へと進む。
すると坑道の曲がり角の先に戦場が姿を現した。
戦場では、赤と紫、二条の閃光が、闇の中で激しく火花を散らしていた。
赤い刃は、まるで業火のように荒々しく唸り、対する紫の刃は、蛇のように冷たく襲いかかる。
俺と応為は物陰に身を隠し、息を殺してその光景を見つめていた。
(歌麿の時のようなマネは二度としねえ)
俺は、胸のペンダントを強く握りしめ、静かに機を窺っていた。
闇の中で激しく火花を散らす、赤と紫、二条の閃光。
清長の剣は、怒りに燃えているはずなのに、その太刀筋は驚くほど冷静だ。
無駄な動きが一切ない。
最短距離で、的確に相手の急所を狙っていく。
あれが、浮世組の古株の剣か。
だが、相手の男は、その全てを紙一重で愉しげにいなしていく。
「ククク……変わらんな、清長! その、面白みのない剣!」
「黙れ、裏切り者が!」
男は、清長の猛攻をまるで弄ぶかのように受け流しながら、その紫の刃を蛇のようにしならせた。
予測不能な軌道を描くその刃が、清長の陣羽織を掠める。
「正義だの、規律だの、そんなものに意味があるのか? 見ろ、この力を!」
男の体から、禍々しい龍輝が溢れ出す。
「力こそが全てだ! 力があれば、欲望のままに全て塗り替えることができる!」
「その歪んだ信念、この手で断ち切ってやる!」
清長の踏み込みが、さらに鋭さを増す。
だが、男は笑みを崩さない。
二人の剣が交錯するたびに、闇が震え空気が悲鳴を上げた。
(……やべえ。清長の奴、押されてやがる)
一見、戦いは互角に見える。
だが、俺の目には明らかに清長が押されているのが分かった。
打ち合えば打ち合うほど、清長の剣から冷静さが消えていく。
それと比べて、相手の男の動きには、終始底知れぬ余裕があった。
まるで、この死闘そのものを、心の底から愉しんでいるように。
とにかく男の剣は、不気味だった。
どこまでも歪で、予測ができない。
まるで、闇そのものが刃となって襲いかかってくるかのようで、清長も苦戦している。
「ククク……どうした、清長! もう終わりか? その程度では、俺は楽しめんな!」
「貴様……!」
男の挑発が、清長の剣筋を乱していくのが見て取れた。
焦りが太刀筋を鈍らせる。
その生まれた一瞬の隙を、男は見逃さない。
紫の刃が、蛇のようにしなり、清長の陣羽織を深く切り裂いた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は8月22日(土)19時に更新予定です。




