紅く染まる陣羽織
二人の魂が激突する。
歌麿の龍輝筆刃は、流れるような剣舞で空を裂く。
華麗で、そして鋭い。
対する栄之の刃は、闇を切り裂く無情な一閃。
赤坂の深く崩れた帝都の瓦礫が眠る闇の中で、華麗にして熾烈な戦いが静かに幕を開けた。
歌麿の龍輝筆刃は、まるで天女の舞のように流麗で予測不能だ。
赤い閃光が、地底湖の黒い水面に幾重もの軌跡を刻む。
その一振りは優雅でありながら鋭く、まるで美そのものが刃と化したかのよう。
陣羽織の裾が翻るたび、龍輝の光が洞窟の壁に揺らめき、闇を一瞬だけ彩る。
対する栄之の剣は、無慈悲な直線。
紫の龍輝筆刃がまるで命を宿したかのように鈍く脈動し、最短距離で歌麿の命を狙う。
一閃ごとに紫の光が水面に映り、空気が凍てつくような殺意が洞窟を満たす。
「どうしたのかしら、栄之ちゃん! その剣、ほんと無粋ね!」
歌麿は舞うように栄之の猛攻をいなし、挑発的な笑みを浮かべる。
が、その瞳の奥には、かつての友を失った痛みが揺れる。
「かつてのあんたの剣には、魂があったわ。不器用で、武骨で、それでもどこか眩しい——あんたの魂が! 」
二年前、浅草大火の夜。
栄之と交わした剣戟が、歌麿の脳裏に蘇る。
あの時、栄之の瞳にはまだ光があった。
だが、今、目の前に立つ男の瞳は、まるで闇に呑まれたように虚ろだ。
栄之は答えない。
その表情は能面のように無機質で、ただ機械的に歌麿の急所を狙い続ける。
紫の龍輝筆刃は唸りを上げ、洞窟の岩を切り裂く。
しかしその一撃一撃には、かつての栄之の誇りも剣士としての魂も感じられない。
「今のあんたの剣は、空っぽよ! 大倭衆に魂を売って得た仮初のもの! そんなものじゃ、本物には絶対に届かないわ!」
歌麿の言葉が、栄之の剣筋を一瞬だけ乱す。
その刹那の隙を、歌麿は見逃さない。
赤い光がまるで万華鏡のように分身し、栄之の死角から襲いかかる。
これこそ歌麿の真骨頂——相手の心を魅了し、惑わせ、絶対的な勝機を掴む剣舞だ。
光の刃が水面を滑り、洞窟に無数の輝きを散らす。
「くっ……!」
栄之の無機質な瞳が、初めて焦りの色に揺れた。
咄嗟に受け流しの構えをとる栄之。
しかし歌麿の赤光は、流星のように闇を切り裂き、地底湖に一瞬の華を咲かせた。
歌麿の優雅で渾身の一撃が、栄之の喉元に迫る。
勝負は、決したかに見えた。——だが、その刹那。
坑道の奥、龍脈の脈動が響く闇の中から、二つの人影が駆け込んできた。
「歌麿!」
写楽の叫びが、洞窟の岩壁に反響し凍てついた空気を突き破る。
隣には、黒髪をなびかせ胸に手を当てて立つ応為が。
「写楽!? 応為ちゃん!? なんでこんな時に……!」
歌麿の鋭い声に、驚きと苛立ちが混じる。
彼の視線が、ほんの僅か仲間へと逸れ、赤い龍輝筆刃に宿る殺気が揺らぐ。
そのあまりにも小さな綻びを、栄之は見逃さなかった。
これまで能面のように無表情だった栄之の口元が、初めて歪む。
それは笑みとも獣の咆哮ともつかぬ、異様な表情。
まるで禍々しい力が、栄之の体を操るかのようだった。
紫の龍輝筆刃は不気味に唸る。
「——歌麿!」
栄之の声が、闇の底から響く。
無機質だったその瞳に、一瞬、狂気じみた光が宿る。
紫の光が爆ぜ、洞窟の空気を切り裂く速さで歌麿へと襲いかかる。
「しまっ……!」
歌麿が龍輝筆刃を構え直すも、僅かな遅れが命取りとなる。
栄之の刃は、まるで紫に輝く矢のように歌麿へ襲い掛かり、紫の閃光が岩壁を照らし出す。
「歌麿さん!」
応為の悲痛な叫びが響く。
紫電の刃が薄紅の陣羽織を裂き、歌麿の身に迫る——。
「——もらった!」
紫の刃が鈍く唸り、歌麿の体を深く貫いた。
歌麿の声が、死の淵で掠れ、鮮血が薄紅の陣羽織を深紅に染め上げていく。
「写楽……、逃げ……ろ……」
時が止まったかのように、徐々に崩れ落ちていく歌麿の姿が俺の網膜に突き刺さる。
「う、うわああああああああっ!」
俺は、絶叫していた。
考えるより先に、体が動いていた。
応為は言葉を失い、身体を震わせ立ち竦む。
「歌麿! 歌麿っ!」
力なく倒れ行く歌麿へ、無我夢中で駆け寄る。
その時、横たわる歌麿の姿が、俺の胸で揺れる小さな鏡のペンダントに映り込んだ。
次の瞬間、ペンダントがまばゆい光を放つ。
まるで太陽が爆ぜたような眩い輝き。
赤坂旧龍穴の冷たい岩壁も、地底湖の黒い水面も、俺の視界も、全部がその白熱の奔流に呑み込まれる。
すべてが、光の渦に溶けていった——。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は8月19日(水)19時に更新予定です。




