闇に灯る光
仮面の男が持つ龍輝筆刃の柄頭が、まるで雷鳴のように俺の鳩尾に炸裂する。
「ぐああっ!」
息が止まる。
肺が潰れるような衝撃。
体が宙を舞い、背中が岩壁に叩きつけられる。
ゴツンという鈍い音とともに、岩の破片がパラパラと落ち、俺の視界が一瞬揺らぐ。
痛みと衝撃で膝がガクガク震え、這うようにして体を起こすのがやっとだ。
「……話にならんな 」
仮面の男が初めて口を開いた。
その声は、凍てつく氷河の底から響くように冷たく、感情の欠片すら感じさせない。
仮面の奥の瞳が、まるで俺の存在を品定めするように細まった。
「貴様の魂の形、見させてもらった。——が、未熟すぎる 」
その言葉が、まるで刃のように心臓を突き刺す。
俺の全身を這う汗が、まるで血のように冷たく感じる。
格の違いは、歴然だった。
俺は、この男にとって、斬る価値すらない、ただの路傍の石。
その圧倒的な力の差に、俺はただ呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。
男は俺に一瞥すらくれず、静かに背を向ける。
その背中は、何の感情も宿さず、冷たく、遠い。
まるで俺が、そいつの世界に存在すらしていないかのように。
「お、おい……待て……!」
喉が焼けるように痛い。
血の味が口の中に広がる。
俺は岩壁に背を預け、ずり落ちそうな体を必死に支えながら掠れた声を絞り出すが、男は振り返らない。
(ふざけんな……ふざけんじゃねえよ!)
屈辱が、胸の奥で燃えるように渦巻く。
俺は……俺はこんな所で、こんなみっともない姿で終わるのかよ。
「くそっ……!」
震える腕で地面を叩く。
立ち上がろうとする。
でも、鳩尾に刻まれたあの衝撃が、まるで鉄の鎖みたいに俺を地面に縫い付ける。
体が、言うことを聞かない。
「ぐっ……あ……」
情けない、獣みたいな声が喉から漏れた。
自分でも聞いてて吐き気がするような声だ。
遠ざかる仮面の男の背中。
そいつの足音が闇に飲み込まれるたび、俺の心の中で何かが一つずつ砕けていく。
俺にはもう力なんて残っちゃいなかった。
(……負けた……)
完膚なきまでに、叩きのめされた。
手も、足も、声さえも届かない。
あの男にとって、俺はただの雑魚だ。
いや、雑魚以下。
蹴散らされた石ころ。
踏み潰された虫。
顔を上げることすらできず、俺はただ、冷たい地面に額を押し付ける。
闇が、俺を飲み込んだ。
そこには、希望も、誇りも、何一つ残っちゃいなかった。
ただ、惨めな自分だけが、そこで蹲ってた。
どれくらい時間が経ったのか、わからなかった。
冷たい岩肌に額を押し付け、俺はただ自分の無力さを噛み締めていた。
何もかも、どうでもいい。
このまま闇に溶けて消えちまえばいい——そう思った瞬間だった。
「——ねえ、あんた、いつまでそんな情けない姿で蹲ってるの!?」
背後から、鋭くて、でもどこか温かみのある声が響く。
はっと顔を上げる。
薄暗い闇の中で、細い人影が腕を組んで立っていた。
「……応為……?」
なんでお前がここに。
言葉は喉の奥で詰まって、掠れた息しか出ない。
「なんでって顔してるでしょ! 決まってるじゃん! あんたたちが無茶なことしてるって分かってたから、こっそり後つけてきたの!」
応為は腰に手を当て、ちょっと口を尖らせながら言う。
その瞳の奥には、隠しきれねえ心配がチラチラ覗いてる。
「……バカ。こんな危ねえ場所、お前が来るトコじゃねえ……」
声が震える。
情けねえ。
こんなボロボロの状態で、仲間を心配する資格なんて俺にあるのかよ。
「は!? あんたにそんなこと言われたくないよ! それより何!? そのみっともない姿! 一人ここで落ち込んでるつもり!?」
彼女の言葉が、ズキッと胸に刺さる。
その痛みが、俺の惨めさをさらに抉り出す。
「……うるせえよ……」
吐き捨てるように呟く。
自分でもその声が、どれだけ弱々しいか分かってる。
「お前に、俺の何が分かるってんだ……! 俺は負けたんだよ。完膚なきまでに、手も足も出ねえ。斬る価値すらねえって、アイツにそう言われたんだ……!」
そうだ。俺は無力だ。
未来を知ってても、変える力なんてどこにもねえ。
ただの石ころ。踏み潰されて、誰にも気づかれず転がってるだけの、みっともない存在だ。
「だから、なんだっての!」
応為の声が、俺の自己憐憫をバッサリ切り裂く。
彼女は一歩踏み出し、俺の目の前まで詰め寄ると、どっかり地面に座り込んだ。
「あたしだって、分かってるよ! あんたが何かめっちゃ重いもの背負ってるってこと! いつも一人で遠く見て、ビクビクしてるみたいな顔してたあんたのこと、ちゃんと見てきたんだから!」
彼女は懐から手ぬぐいを引っ張り出すと、俺の額にこびりついた汗と血をちょっと乱暴に、でもどこか優しく拭う。
「……っ、ちょっと、痛いってば……」
文句を言うが、力ねえ声しか出ねえ。
でも、彼女の手ぬぐいから伝わるかすかな温もりが、凍りついた心をほんの少し溶かし始める。
「一人で立てないなら、あたしが引っ張ってあげるよ。一人で戦えないなら、あたしが背中守ってあげる。……まあ、あたしは、ウキヨ英士じゃないけどさ!」
勝気で、でも少し照れたような言葉。
その裏に、隠しきれない本気が滲んでる。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は8月15日(土)19時に更新予定です。




