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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第八章 赤坂旧龍穴(前編)

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闇に灯る光

挿絵(By みてみん)

 仮面の男が持つ龍輝筆刃の柄頭が、まるで雷鳴のように俺の鳩尾に炸裂する。

「ぐああっ!」

 息が止まる。

 肺が潰れるような衝撃。

 体が宙を舞い、背中が岩壁に叩きつけられる。

 ゴツンという鈍い音とともに、岩の破片がパラパラと落ち、俺の視界が一瞬揺らぐ。

 痛みと衝撃で膝がガクガク震え、這うようにして体を起こすのがやっとだ。

「……話にならんな 」

 仮面の男が初めて口を開いた。

 その声は、凍てつく氷河の底から響くように冷たく、感情の欠片すら感じさせない。

 仮面の奥の瞳が、まるで俺の存在を品定めするように細まった。

「貴様の魂の形、見させてもらった。——が、未熟すぎる 」

 その言葉が、まるで刃のように心臓を突き刺す。

 俺の全身を這う汗が、まるで血のように冷たく感じる。

 格の違いは、歴然だった。

 俺は、この男にとって、斬る価値すらない、ただの路傍の石。

 その圧倒的な力の差に、俺はただ呆然とその場に立ち尽くすことしかできなかった。

 男は俺に一瞥すらくれず、静かに背を向ける。

 その背中は、何の感情も宿さず、冷たく、遠い。

 まるで俺が、そいつの世界に存在すらしていないかのように。

「お、おい……待て……!」

 喉が焼けるように痛い。

 血の味が口の中に広がる。

 俺は岩壁に背を預け、ずり落ちそうな体を必死に支えながら掠れた声を絞り出すが、男は振り返らない。

(ふざけんな……ふざけんじゃねえよ!)

 屈辱が、胸の奥で燃えるように渦巻く。

 俺は……俺はこんな所で、こんなみっともない姿で終わるのかよ。

「くそっ……!」

 震える腕で地面を叩く。

 立ち上がろうとする。

 でも、鳩尾に刻まれたあの衝撃が、まるで鉄の鎖みたいに俺を地面に縫い付ける。

 体が、言うことを聞かない。

「ぐっ……あ……」

 情けない、獣みたいな声が喉から漏れた。

 自分でも聞いてて吐き気がするような声だ。

 遠ざかる仮面の男の背中。

 そいつの足音が闇に飲み込まれるたび、俺の心の中で何かが一つずつ砕けていく。

 俺にはもう力なんて残っちゃいなかった。

(……負けた……)

 完膚なきまでに、叩きのめされた。

 手も、足も、声さえも届かない。

 あの男にとって、俺はただの雑魚だ。

 いや、雑魚以下。

 蹴散らされた石ころ。

 踏み潰された虫。

 顔を上げることすらできず、俺はただ、冷たい地面に額を押し付ける。

 闇が、俺を飲み込んだ。

 そこには、希望も、誇りも、何一つ残っちゃいなかった。

 ただ、惨めな自分だけが、そこで蹲ってた。


 どれくらい時間が経ったのか、わからなかった。

 冷たい岩肌に額を押し付け、俺はただ自分の無力さを噛み締めていた。

 何もかも、どうでもいい。

 このまま闇に溶けて消えちまえばいい——そう思った瞬間だった。

「——ねえ、あんた、いつまでそんな情けない姿で蹲ってるの!?」

 背後から、鋭くて、でもどこか温かみのある声が響く。

 はっと顔を上げる。

 薄暗い闇の中で、細い人影が腕を組んで立っていた。

「……応為……?」


 なんでお前がここに。

 言葉は喉の奥で詰まって、掠れた息しか出ない。

「なんでって顔してるでしょ! 決まってるじゃん! あんたたちが無茶なことしてるって分かってたから、こっそり後つけてきたの!」

 応為は腰に手を当て、ちょっと口を尖らせながら言う。

 その瞳の奥には、隠しきれねえ心配がチラチラ覗いてる。

「……バカ。こんな危ねえ場所、お前が来るトコじゃねえ……」

 声が震える。

 情けねえ。

 こんなボロボロの状態で、仲間を心配する資格なんて俺にあるのかよ。

「は!? あんたにそんなこと言われたくないよ! それより何!? そのみっともない姿! 一人ここで落ち込んでるつもり!?」

 彼女の言葉が、ズキッと胸に刺さる。

 その痛みが、俺の惨めさをさらに抉り出す。

「……うるせえよ……」

 吐き捨てるように呟く。

 自分でもその声が、どれだけ弱々しいか分かってる。

「お前に、俺の何が分かるってんだ……! 俺は負けたんだよ。完膚なきまでに、手も足も出ねえ。斬る価値すらねえって、アイツにそう言われたんだ……!」

 そうだ。俺は無力だ。

 未来を知ってても、変える力なんてどこにもねえ。

 ただの石ころ。踏み潰されて、誰にも気づかれず転がってるだけの、みっともない存在だ。

「だから、なんだっての!」

 応為の声が、俺の自己憐憫をバッサリ切り裂く。

 彼女は一歩踏み出し、俺の目の前まで詰め寄ると、どっかり地面に座り込んだ。

「あたしだって、分かってるよ! あんたが何かめっちゃ重いもの背負ってるってこと! いつも一人で遠く見て、ビクビクしてるみたいな顔してたあんたのこと、ちゃんと見てきたんだから!」

 彼女は懐から手ぬぐいを引っ張り出すと、俺の額にこびりついた汗と血をちょっと乱暴に、でもどこか優しく拭う。

「……っ、ちょっと、痛いってば……」

 文句を言うが、力ねえ声しか出ねえ。

 でも、彼女の手ぬぐいから伝わるかすかな温もりが、凍りついた心をほんの少し溶かし始める。

「一人で立てないなら、あたしが引っ張ってあげるよ。一人で戦えないなら、あたしが背中守ってあげる。……まあ、あたしは、ウキヨ英士じゃないけどさ!」

 勝気で、でも少し照れたような言葉。

 その裏に、隠しきれない本気が滲んでる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は8月15日(土)19時に更新予定です。

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