仮面の男
赤と紫、二条の閃光が、赤坂旧龍穴の闇の中で激しく火花を散らす。
バチィッ、と空気が裂けるような音が響き渡り、龍輝の光が壁面に刻まれたおびただしい傷跡を禍々しく照らし出した。
「はあっ!」
清長の剣は、怒りに燃えながらも、その太刀筋はどこまでも冷静で、正確無比。
最短距離で、的確に相手の急所を狙う、まさにウキヨ英士の手本そのもの。
だが、石燕は、その全てを紙一重で、そして愉しげにいなしていく。
「ククク……変わらんな、清長! その、面白みのない剣!」
「黙れ、裏切り者が!」
石燕は、清長の猛攻をまるで弄ぶかのように受け流しながら、その紫の刃を蛇のようにしならせた。
予測不能な軌道を描くその刃が、清長の陣羽織を掠める。
「正義だの、規律だの、そんなものに意味があるのか? 見ろ、この力を!」
石燕の体から、禍々しい龍輝が溢れ出す。
「力こそが全てだ! 力があれば、欲望のままに全て塗り替えることができる!」
「その歪んだ信念、この手で断ち切ってやる!」
清長の踏み込みが、さらに鋭さを増す。
だが、石燕は笑みを崩さない。
二人の剣が交錯するたびに、闇が震え、空気が悲鳴を上げる。
静と動。秩序と混沌。
二つの対極にある魂が、今、この闇の中で、互いの全てを懸けて激突していた。
戦いは、互角に見えた。
赤と紫、二条の閃光が闇の中で激しくぶつかり合い、その度に龍輝の粒子が火花のように散る。
「はあっ!」
しかし、打ち合えば打ち合うほど、清長は焦りと共に、ある種の違和感を覚えていた。
石燕の動きには、終始、底知れぬ余裕がある。
まるで、この死闘そのものを、心の底から愉しんでいるかのような不気味な愉悦。
(……おかしい。こいつの剣は、こんな型ではなかったはずだ)
清長の知る石燕の剣は、もっと実直で優雅なものだったはずだ。
だが、今の彼の剣は、どこまでも歪で予測ができない。
まるで、闇そのものが刃となって襲いかかってくるかのようだ。
「ククク……どうした、清長! もう終わりか? その程度では、俺は楽しめんな!」
「貴様……!」
石燕の挑発が、清長の冷静さを少しずつ削いでいく。
焦りが、刃を鈍らせる。
その一瞬の隙を、石燕は見逃さなかった。
紫の刃が、蛇のようにしなり、清長の陣羽織を深く切り裂く。
「ぐっ……!」
後方へ飛びすさった清長の肩からは、血が滲んでいた。
その事実は、清長の心を焦りと、そしてこれまで感じたことのない恐怖で蝕んでいく。
二年という月日は、かつての仲間を、清長の理解が及ばぬほど、深い闇へと堕としていた。
(……こいつ、俺との戦いですら、遊んでいるというのか……!?)
一方その頃、写楽は中央の坑道を進みながら、全身の神経を研ぎ澄ませていた。
(……俺も、負けてられねえ)
逸る心を抑え、俺は一歩、また一歩と、闇の奥へと進んでいく。
すると、道が急に開け、広大な空洞に出た。
そして、その中央には……
鬼面のような、不気味な仮面をつけた男が佇んでいた。
これまで対峙したどの惡魂とも違う。
静かで、冷徹で、そして底知れない邪気。
まるで、闇そのものが人の形を取ったかのような、圧倒的な存在感。
「……てめえ、なにもんだ!」
俺は、龍輝筆刃を抜き放ち、低く、水平に構える。
「ここで何してやがる!」
仮面の男は一言も発しない。
まるで獲物を値踏みする猛獣のように、俺の全身をじろりと睨みつける。
仮面の奥で光る瞳は、まるで俺の魂を剥ぎ取るかのように鋭く、冷たく、底知れぬ闇を湛えている。
背筋を這う嫌な汗が、体に重くのしかかる。
(……くそっ、隙がねえ!)
その佇まいに、一切の隙はない。
無駄な動きは一切なく、呼吸すら感じさせない。
こいつの存在そのものが、まるで空気を凍てつかせるような圧迫感を放っている。
これまでの敵とは、比べ物にならない——次元が違う。
(やるしかねえ!)
俺は歯を食いしばり、地面を力強く蹴った。
先手必勝。
全身の力を込め、渾身の一撃を叩き込む!
刀が空気を裂き、風を唸らせながら仮面の男へと突き進む。
だが——その刃が届く瞬間、男の影が揺れた。
(!?)
一瞬。
いや、刹那とも呼べない時間の中で、男の身体はまるで煙のように揺らぎ、俺の刃を滑らかに躱した。
そして男の右手に、俺たちのものと寸分違わぬ形の柄が出現し、そこから禍々しい紫の光の刃が伸び上がる。
(龍輝筆刃だと……!?)
信じられない光景に、俺の思考が一瞬凍りつく。
その瞬間、仮面の男の瞳が鋭く光った。
紫の刃が、まるで意思を持つ生き物のようにうねり、俺の渾身の斬撃を軽々と撥ね除ける。
次の瞬間、男の体が蛇のようにしなやかに揺れ、風を切り裂く速さで俺の懐に滑り込んできた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は8月12日(水)19時に更新予定です。




