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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第八章 赤坂旧龍穴(前編)

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三つの道と裏切りの刃

挿絵(By みてみん)

「……はあっ、はあっ……」

 俺は、龍輝筆刃で体を支え、荒い息をついていた。

 赤坂旧龍穴に侵入してすぐ、俺たちを待ち構えていた七体の惡魂。

 その全てを、俺たち三人は何とか斬り伏せた。

 光筆単成。

 この新たな力がなければ、危なかったかもしれない。

 全身にみなぎる。

 これまでとは比較にならないほどの力。

 その手応えを、俺は感じていた。

 だが、安堵している暇はない。

 洞窟のさらに奥から放たれる、これまでとは比較にならないほど強大な、三つの邪気。

 その気配が、肌をピリピリと刺す。

「嫌な感じね……まるで、闇そのものがこっちを見てるみたい」

 歌麿の言葉に、俺と清長はそっと頷く。

 俺たちは息を潜め、慎重な足取りで洞窟の奥へと踏み進んだ。

 自らの龍輝が揺らめき、湿った岩壁に不気味な影を投げかける。

 足元では砂礫が小さく軋み、冷ややかな空気が頬を刺すように流れていた。

 どこか遠くで、水滴がぽつりぽつりと落ちる音がこだまする。


 しばらく進むと、道は突如として三つの坑道に分かれる。

 それぞれの坑道は、まるで貪欲な獣の口のように黒々とした闇を湛えていた。

 そして底知れぬ深さを秘め、かすかな風が不気味な唸りを上げて吹き抜ける。

 俺たちは立ち尽くし、互いの目を覗き込みながら、次の一歩を決めるべく心を巡らせた。

「ちっ、こんな分かれ道、嫌な予感しかしねえな……」

 俺が呟くと、歌麿がやれやれといったように肩をすくめた。

「手分けしたほうがいいようね。でも、この三択。どれ選んでもハズレの匂いがプンプンよね~」

「ふむ……、どの道も同じく不穏な空気を孕んでいるが……」

 清長が一歩前に出て、冷静に坑道を見比べる。

「単独行動は危険だが、歌麿の言う通り手分けしたほうがいいだろう。悠長なこともしてられん 」

 清長も、歌麿の意見に同意する。

「俺は右へ行く。歌麿は左を。……写楽、お前は中央の道だ」

「……おう」

 俺は、ごくりと唾を飲み込み、返事した。

「あら写楽ちゃん。真ん中の道だなんて主人公みたいじゃない」

 歌麿は軽口を叩きながらも、鋭い目で坑道の奥を値踏みしてる。

 この闇を一人で進む。

 その恐怖は、確かにある。

 だが、それ以上に、仲間たちの足を引っ張るわけにはいかないという想いが、俺の心を支えていた。

「写楽ちゃん」

 歌麿が、いつもの軽やかな口調とは違う、真剣な眼差しで俺を見る。

「死なないでよ」

「……そっちもな」

「写楽」

 今度は、清長が俺に向き直る。

「決して、一人で突っ走るな。何かあれば、すぐに知らせろ。いいな」

「ああ。分かってる」

 俺たちは、互いの顔を一度だけ見合わせると、無言で頷き合った。

 言葉は少ない。

 だが、それで十分だった。

 俺は、萌葱色の陣羽織を翻し、中央の闇へと一歩踏み出す。

 右手に清長、左手に歌麿。

 三つの道、三つの覚悟。

 俺たちの、赤坂での死闘が、今始まった。


 清長が選んだ右の坑道は、不気味な沈黙に支配されていた。

 ぽつり、ぽつりと天井から滴り落ちる水滴の音だけが、彼の研ぎ澄まされた神経を逆なでするように、闇の奥から響いてくる。

 彼の濃紺の陣羽織が放つ龍輝の光が、湿った岩肌をぬらりと照らし出す。

 その光の中に、真新しい無数の引っ掻き傷があるのを、清長は見逃さなかった。

 それは、まるで巨大な獣が、断末魔の苦しみにもがいた跡のようだった。

(……尋常ではないな)

 清長は、龍輝筆刃を握る手に、さらに力を込めた。

 一歩、また一歩と、慎重に奥へと進んでいく。


 その時だった。 闇のさらに奥、坑道の曲がり角から、ゆらり、と一つの人影が姿を現す。

 禍々しい血の色をしたマント。

 清長はその色のマントを覚えている。

 大倭衆だ。

 清長は歩みを止め身構えるが、人影はそんな清長を気にも留めず徐々に近寄ってくる。

「——!!」

 影から浮かぶその顔に、清長は驚愕した。

 見間違えるはずもない。

 ウキヨ英士でありながら、二年前、浅草に火を放ち大倭衆に寝返った、あの裏切り者。

「……石燕……!」

 清長の口から、絞り出すような声が漏れる。

 その声には、憎悪と、そしてかつての仲間への微かな哀しみが滲んでいた。

「貴様、まだ生きていたか!」

 清長は龍輝筆刃の柄を握りしめると、深紅の光の刃が力強く迸り、まるで正義の炎が闇を焼き尽くすかのように空間を染め上げた。

 しかし、石燕と呼ばれた男は、清長の魂の叫びに対し、ただ愉しげに、そして侮蔑するように口の端を吊り上げた。

 その佇まいからは、かつての仲間であった面影は消え、ただ己の欲望に忠実な、歪んだ笑みだけが滲み出ている。

「ククク……久しいな、清長。二年ぶりか? 相変わらず、堅物でつまらん顔をしている」

「……何?」

「聞こえなかったか? 正義だの、規律だの、そんなくだらんものに縛られおって。哀れな男よ」

 石燕は、まるで路傍の石でも蹴るかのように、言葉を続ける。

「俺は手に入れたぞ。絶対的な力を。そして、この帝都を、俺の欲望のままに塗り替える悦びをな」

「……貴様ッ!」

 清長の体から、怒りの龍輝が炎のように立ち上った。

 もはや、言葉は不要。

「その歪みきった魂、俺が叩き斬る!」

「できるものなら、やってみるがいい!」

 石燕が握る龍輝筆刃から紫の光の刃が妖しく伸びる。

 冷たく脈打つその輝きは、闇の誘惑と禁断の力を静かに囁くようだった。

 その刹那、二人のウキヨ英士が、同時に地を蹴る。

 赤と紫の閃光が、激しく交錯した。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

来週からは、週2回以上の更新を目標にします!!

次回は8月10日(月)19時に更新予定です。

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