三つの道と裏切りの刃
「……はあっ、はあっ……」
俺は、龍輝筆刃で体を支え、荒い息をついていた。
赤坂旧龍穴に侵入してすぐ、俺たちを待ち構えていた七体の惡魂。
その全てを、俺たち三人は何とか斬り伏せた。
光筆単成。
この新たな力がなければ、危なかったかもしれない。
全身にみなぎる。
これまでとは比較にならないほどの力。
その手応えを、俺は感じていた。
だが、安堵している暇はない。
洞窟のさらに奥から放たれる、これまでとは比較にならないほど強大な、三つの邪気。
その気配が、肌をピリピリと刺す。
「嫌な感じね……まるで、闇そのものがこっちを見てるみたい」
歌麿の言葉に、俺と清長はそっと頷く。
俺たちは息を潜め、慎重な足取りで洞窟の奥へと踏み進んだ。
自らの龍輝が揺らめき、湿った岩壁に不気味な影を投げかける。
足元では砂礫が小さく軋み、冷ややかな空気が頬を刺すように流れていた。
どこか遠くで、水滴がぽつりぽつりと落ちる音がこだまする。
しばらく進むと、道は突如として三つの坑道に分かれる。
それぞれの坑道は、まるで貪欲な獣の口のように黒々とした闇を湛えていた。
そして底知れぬ深さを秘め、かすかな風が不気味な唸りを上げて吹き抜ける。
俺たちは立ち尽くし、互いの目を覗き込みながら、次の一歩を決めるべく心を巡らせた。
「ちっ、こんな分かれ道、嫌な予感しかしねえな……」
俺が呟くと、歌麿がやれやれといったように肩をすくめた。
「手分けしたほうがいいようね。でも、この三択。どれ選んでもハズレの匂いがプンプンよね~」
「ふむ……、どの道も同じく不穏な空気を孕んでいるが……」
清長が一歩前に出て、冷静に坑道を見比べる。
「単独行動は危険だが、歌麿の言う通り手分けしたほうがいいだろう。悠長なこともしてられん 」
清長も、歌麿の意見に同意する。
「俺は右へ行く。歌麿は左を。……写楽、お前は中央の道だ」
「……おう」
俺は、ごくりと唾を飲み込み、返事した。
「あら写楽ちゃん。真ん中の道だなんて主人公みたいじゃない」
歌麿は軽口を叩きながらも、鋭い目で坑道の奥を値踏みしてる。
この闇を一人で進む。
その恐怖は、確かにある。
だが、それ以上に、仲間たちの足を引っ張るわけにはいかないという想いが、俺の心を支えていた。
「写楽ちゃん」
歌麿が、いつもの軽やかな口調とは違う、真剣な眼差しで俺を見る。
「死なないでよ」
「……そっちもな」
「写楽」
今度は、清長が俺に向き直る。
「決して、一人で突っ走るな。何かあれば、すぐに知らせろ。いいな」
「ああ。分かってる」
俺たちは、互いの顔を一度だけ見合わせると、無言で頷き合った。
言葉は少ない。
だが、それで十分だった。
俺は、萌葱色の陣羽織を翻し、中央の闇へと一歩踏み出す。
右手に清長、左手に歌麿。
三つの道、三つの覚悟。
俺たちの、赤坂での死闘が、今始まった。
清長が選んだ右の坑道は、不気味な沈黙に支配されていた。
ぽつり、ぽつりと天井から滴り落ちる水滴の音だけが、彼の研ぎ澄まされた神経を逆なでするように、闇の奥から響いてくる。
彼の濃紺の陣羽織が放つ龍輝の光が、湿った岩肌をぬらりと照らし出す。
その光の中に、真新しい無数の引っ掻き傷があるのを、清長は見逃さなかった。
それは、まるで巨大な獣が、断末魔の苦しみにもがいた跡のようだった。
(……尋常ではないな)
清長は、龍輝筆刃を握る手に、さらに力を込めた。
一歩、また一歩と、慎重に奥へと進んでいく。
その時だった。 闇のさらに奥、坑道の曲がり角から、ゆらり、と一つの人影が姿を現す。
禍々しい血の色をしたマント。
清長はその色のマントを覚えている。
大倭衆だ。
清長は歩みを止め身構えるが、人影はそんな清長を気にも留めず徐々に近寄ってくる。
「——!!」
影から浮かぶその顔に、清長は驚愕した。
見間違えるはずもない。
ウキヨ英士でありながら、二年前、浅草に火を放ち大倭衆に寝返った、あの裏切り者。
「……石燕……!」
清長の口から、絞り出すような声が漏れる。
その声には、憎悪と、そしてかつての仲間への微かな哀しみが滲んでいた。
「貴様、まだ生きていたか!」
清長は龍輝筆刃の柄を握りしめると、深紅の光の刃が力強く迸り、まるで正義の炎が闇を焼き尽くすかのように空間を染め上げた。
しかし、石燕と呼ばれた男は、清長の魂の叫びに対し、ただ愉しげに、そして侮蔑するように口の端を吊り上げた。
その佇まいからは、かつての仲間であった面影は消え、ただ己の欲望に忠実な、歪んだ笑みだけが滲み出ている。
「ククク……久しいな、清長。二年ぶりか? 相変わらず、堅物でつまらん顔をしている」
「……何?」
「聞こえなかったか? 正義だの、規律だの、そんなくだらんものに縛られおって。哀れな男よ」
石燕は、まるで路傍の石でも蹴るかのように、言葉を続ける。
「俺は手に入れたぞ。絶対的な力を。そして、この帝都を、俺の欲望のままに塗り替える悦びをな」
「……貴様ッ!」
清長の体から、怒りの龍輝が炎のように立ち上った。
もはや、言葉は不要。
「その歪みきった魂、俺が叩き斬る!」
「できるものなら、やってみるがいい!」
石燕が握る龍輝筆刃から紫の光の刃が妖しく伸びる。
冷たく脈打つその輝きは、闇の誘惑と禁断の力を静かに囁くようだった。
その刹那、二人のウキヨ英士が、同時に地を蹴る。
赤と紫の閃光が、激しく交錯した。
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来週からは、週2回以上の更新を目標にします!!
次回は8月10日(月)19時に更新予定です。




