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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ


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龍脈の哭き声

挿絵(By みてみん)

 写楽が光筆単成を会得したその日。

 江戸城の最奥にある一室には、張り詰めた空気が満ちていた。

 上座に座す輝吉と、その傍らに控える龍脈の巫女・美与。

 その二人の前に、浅草浮世組組頭・政信が、深々と頭を垂れている。

「——政信。三社祭での一件、誠にご苦労であった」

 輝吉の静かな労いの言葉に、政信は顔を上げずに応える。

「はっ。ですが、奴らの動きはこれまでとは明らかに異なります。統率の取れた、軍隊のような動き。そして、惡魂が残していったあの札。背後に大倭衆の影があるのは、間違いありませぬ」

 政信の報告に、輝吉は静かに頷く。

「確かに、あの札は大倭衆が用いる呪符であったな……」

 その時、それまで目を閉じていた美与が、苦痛に顔を歪ませながら、か細い声で呟いた。

「……感じます」

「美与?」

「ここより南西の方角より……黒き勾玉の、微かな呻きを……。救いを求める波動が……」

 黒き勾玉。

 それは赤坂龍穴に祀られていた命を象徴する秘宝。

 しかしその秘宝は五年前の『赤坂龍穴事変』で消失し、赤坂龍穴はその力を失ってしまった。

「……龍脈が、哭いております」

 その言葉に、部屋の空気が一瞬にして凍り付いた。

 大倭衆の呪符を持ち組織化された惡魂。

 龍脈の巫女である美与が感じた、消失した勾玉からの呻き。

 大倭衆が、失われた黒の勾玉を狙っている?

 輝吉は、一度固く目を閉じると、将軍としての、冷徹な光をその瞳に宿した。

「……政信」

「はっ」

「浅草浮世組に、赤坂旧龍穴への調査を命じる。精鋭を以て、迅速に、かつ隠密に事を進めよ」

「御意」

 深々と頭を下げた政信には、この任務に誰を連れて行くべきか、既に心づもりがあった。

 情報収集と潜入に長けた、歌麿。

 規律を重んじ、どんな状況でも冷静な判断を下せる、清長。

 そして——。

(……あの男だ)

 政信の脳裏に、萌葱色の陣羽織を纏った、あの規格外の男の姿が浮かぶ。

 未知数。

 それゆえに、この膠着した戦況を覆す可能性を秘めた、博打の一手。

「して、人選は」

 輝吉の問いに、政信は不敵な笑みを浮かべた。

「はっ。我が組の精鋭と、それから……とびきりの『飛び道具』を一つ」

 その言葉に、輝吉と美与の視線が交錯する。

 帝都の影でうごめき始めた巨大な悪意に対し、今、新たな一手が放たれようとしていた。


 場所は戻り浅草浮世組。

 俺が新たな決意を固めた、まさにその時。

 工房の外から、清長の鋭い声が響き渡った。

「——全員、隊長室に集合!」

 ただならぬその声色に、俺と源内さんは顔を見合わせる。

 俺たちは急いで工房を飛び出し、政信の旦那がいる隊長室へと向かった。

 そこには、江戸城から戻ったばかりの政信の旦那が、厳しい表情で立っていた。

 そのただならぬ雰囲気に、仲間たちの間にも緊張が走る。

「お前ら、よく聞け」

 政信の旦那は、俺たち一人一人の顔を見渡すと、重々しく口を開いた。

「赤坂の旧龍穴から、消失しているはずの勾玉の波動が確認された」

 赤坂旧龍穴。

 その名が出た瞬間、清信さんや清長をはじめ、その場にいるウキヨ英士たちの顔が険しくなる。

 この組にとって特別な意味を持つ場所なのだろう。

 政信の旦那は続ける。

「三社祭で惡魂が残した札は、俺たちの宿敵・大倭衆の呪符だ。あの時の統率化された惡魂の背後には大倭衆がいると見ていい」

「……大倭衆」

「なあ、歌麿。大倭衆ってなんだ?」

 ぼそりと呟いた俺の質問に、一言で返す。

「あたしたちの敵よ」

 俺たちの声に気づいた清信さんが、咳払いをし

「現在、勾玉は力を失った状態ではあるが、我が国の秘宝。奴らの狙いが、勾玉である可能性もある」

 と政信の旦那に続いた。

「よって、本日、上様より浅草浮世組へ、赤坂旧龍穴調査の命令が下った」

 政信の旦那の言葉に、誰もが息を呑む。

「本件の担当は、次の三名」

 旦那の視線が、仲間たちの上を滑る。

「一人、清長」

「はっ」

 清長が、表情一つ変えずに応える。

「一人、歌麿」

「任せて頂戴」

 歌麿が優雅に、だが真剣な眼差しで頷く。

 最後に、旦那の視線が俺を射抜いた。

「——そして、写楽。お前だ」

「え……俺が?」

 思わず、素っ頓狂な声が出た。

 俺は、まだ光筆単成を会得したばかりの、半人前のウキヨ英士だ。

 そんな俺が、なぜ。

「異論は認めねえ。いつまで半人前面するつもりだ?」

 政信の旦那は、俺の戸惑いを鋭く見抜いたような、譲らぬ口調で畳み掛けた。

「北斎、国芳、広重は、浅草龍穴の警護のため、ここに残る。……いいな」

 選ばれなかった国芳が不貞腐れる中、俺は、ごくりと唾を飲み込む。

 俺たち三人に、この任務の全てが託される……

 隣に立つ歌麿と清長の背中が、やけに大きく見えた。

「いつまで半人前面するつもりだ?」

 その言葉が、頭の中でこだまする。

 俺は両頬を力強く叩き、政信の旦那の声を振り払うように気合いを入れる。

 ウキヨ英士『写楽』としての、真の初陣——。

 俺は、強く、強く拳を握りしめた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は8月5日(水)19時に更新予定です。

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