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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第七章 光筆単成

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萌葱の陣羽織と鬼神の貌

挿絵(By みてみん)

 俺は、唇を噛みしめる。

(何のために戦う……?)

 決まってる。

 未来を変えるためだ。

 応為を、仲間たちを、この帝都を守るため。

 だが、その答えが、源内さんの前ではやけに空虚に響いた。

「……それが、分からねえから、苦労してんだろうが!」

 俺は、思わず叫んでいた。

「守りてえもんはある! けど、それをどうやって魂の形にしろって言うんだよ!」

 俺の苛立ちを、源内さんは鼻で笑う。

「ガキみてえに喚くな。答えは、てめえの中にしかねえんだよ」

 彼はそれだけ言うと、工房の壁に立てかけてあった一枚の鏡を、俺の前に突きつけた。

 鏡に映るのは、中途半端な変身姿の、情けない俺の顔。

「……よく見ろ。これが、今のてめえの魂の形だ。迷い、焦り、苛立ち。そんなもんで、何が守れる」

 鏡の中の自分から、目が逸らせない。

 そうだ。

 俺は、ずっと焦っていた。

 破滅の未来を知るがゆえに、一刻も早く力を手に入れなければと、空回りばかりしていた。

(……違う)

 俺は、ゆっくりと目を閉じた。

 脳裏に浮かぶのは、仲間たちの顔。

 常に冷静沈着で、この世の全ての理を探求する北斎。

 規律を何よりも重んじ、自分にも他人にも厳しい清長。

 常に優雅さを忘れず、戦い方さえも華麗な歌麿。

 派手さはないが、どんな困難にも屈しない広重。

 豪快な黒猫、破天荒で常識にとらわれない国芳。

 そして、ぶっきらぼうだけど、本当は誰よりも優しい応為。

 めちゃくちゃで、一筋縄ではいかない連中。

 でも、あいつらといると、心が温かくなる。

 そうだ。

 俺が守りたいのは、「未来」という漠然としたものじゃない。

 あいつらの、あの何気ない日常。

 あの、馬鹿みたいに賑やかで、どうしようもなく愛おしい、あの場所なんだ。

 その強い想いが、俺の中で一つの確かな形を結んでいく。

 冷え切っていた極印に、再び、じわりと熱が灯る。

 それは、三社祭の時よりも、もっと純粋で、もっと力強い熱。

 俺は、目を開けた。

 鏡の中に映る俺の瞳は、もう迷ってはいなかった。

「……見えたぜ、源内さん」

 俺のその言葉に、源内の口の端が、ほんのわずか吊り上がったように見えた。

 彼は何も言わず、ただ顎でくいと「やってみろ」と促す。

 俺は、もう一度、龍輝筆刃を構えた。

 さっきまでの焦りや苛立ちは、もうない。

 心の中にあるのは、守りたい仲間たちの顔と、彼らと過ごす、どうしようもなく愛おしい日常の光景。

(そうだ。俺が守りたいのは、これだ)

 その強い想いを、右手の甲の極印に注ぎ込む。

 じわり、と極印が熱を持つ。

 その熱が、腕を伝って、龍輝筆刃へと流れ込んでいく。

「いくぜ……!」

 俺は、腹の底から叫んだ。

「——光筆単成ッ!!」

 二度目の叫び。

 それは、一度目とは比べ物にならないほどの、熱い魂の咆哮。

 俺の体から、純化された龍輝が、制御された奔流となって溢れ出した!

 眩い光が、再び全身を包み込む。

 ウキヨ英士の戦闘用制服と、真っ白な陣羽織が顕現する。

 だが、今回はそこで終わらなかった。

 俺の目の前には、空間が歪むかのように、一枚のモノクロの幻影が浮かび上がる。

 それは、大きく目を見開き、両手で何かを掴みかからんとする、凄まじい気迫に満ちた姿。

(これが、俺の魂の形……!?)

 その幻影が、風のように俺の体へと迫り、そして、通り抜けていく。

 魂ごと、新しい自分に塗り替えられるような、凄まじい衝撃。

「——っ!」

 光が収まった時、俺は呆然と自分の体を見下ろした。

 和紙のようだった純白の陣羽織が、歌舞伎の舞台幕に使われる、鮮やかな萌葱色へと変化している。

 そして写楽の魂に呼応するかのように、陣羽織の表面を紅の閃光が奔った。

 その背中には……

 俺が振り返るより早く、源内さんの、感嘆とも呆れともつかない声が聞こえた。

「……へっ。とんでもねえもんを出しやがったな」

 彼の視線の先にあるものを確かめようと、俺は目の前の鏡を覗き込む。

 そこに映っていたのは、俺の知らない、俺の姿だった。

 背中には、力そのものを象徴する隈取である筋隈を思わせる紋様——まるで烈々たる力を宿す鬼神の貌が、衣を通して顕現したかの如く、陣羽織に浮かび上がっていた。

 これが、俺の本当の姿。

 ウキヨ英士『写楽』としての、戦闘スタイル。

「……すげえ……」

 思わず、感嘆の声が漏れる。

 全身に、これまでとは比較にならないほどの力がみなぎっていた。

 龍輝が、鎧となって俺の体を包み込んでいる。

 これなら、戦える。

 いや、これこそが、俺が求め続けていた力。

「……ふん、上出来だ」

 隣で腕を組んでいた源内さんが、ぶっきらぼうに、だがどこか満足げに呟いた。

「どうだ、写楽。それが、てめえの魂の形だ。まだ荒削りだが、悪くはねえ」

「ああ……。なんか、とんでもねえな」

「勘違いするんじゃねえぞ。そいつは、ただの力じゃねえ。てめえが背負う覚悟、そのものだ。使い方を間違えれば、てめえ自身を滅ぼす諸刃の剣になることを、忘れんじゃねえ」

 源内さんの、厳しいけど心のこもった言葉。

 俺は、もう一度、鏡の中の自分を見つめた。

 この力は、仲間たちを守るための力。

 未来を変えるための、力。

 俺は、静かに頷くと、光筆単成を解いた。

 陣羽織が光の粒子となって消え、俺はいつもの車夫姿に戻る。

 さっきまでの焦りや苛立ちは、もうどこにもなかった。

 胸にあるのは、揺るぎない覚悟。

 俺は、この力と共に、戦い抜いてみせる。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は8月1日(土)19時に更新予定です。

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