魂を鎧に
俺は、工房の奥にある小さな部屋へと入る。
そこは、表の作業場とは一変していた。
壁一面の、複雑な絡繰の設計図。
机に並ぶ、見たこともない異国の書物や精密な工具。
まるで、この国の最先端が、この小さな部屋に詰め込まれているかのようだ。
「驚いたか? 俺の秘密基地だ」
源内さんは、茶を淹れながら言った。
「あんた、一体何者なんだよ」
「前に言っただろ。帝都政府の技術顧問と、ここのしがない整備士だって」
源内さんは、湯呑みを俺の前に置くと、単刀直入に切り出した。
「さて、写楽。てめえ、三社祭の時、自分の刃がいつもと違ったのは分かってるな?」
「……ああ」
あの時の、魂が燃えるような熱量。
あれ以来、一度も再現できていない。
「今のてめえは、龍輝を刃の形にするだけで精一杯だ。だがな、本当のウキヨ英士は、そんなもんじゃねえ」
源内さんの目が、絡繰師としての鋭い輝輝を宿す。
「本当のウキヨ英士は、龍輝を全身に纏って戦う」
「全身に、纏う……?」
「そうだ。てめえの魂そのものを鎧として、この身に顕現させる。それが、ウキヨ英士の本当の戦い方だ」
魂を、鎧に。
俺は、その言葉の意味を理解できず、ただ呆然と彼の顔を見つめる。
源内さんは、そんな俺の様子を面白がるように、にやりと笑ってその奥義の名を告げた。
「——その名を、『光筆単成』という」
光筆単成。
その言葉の響きが、俺の魂を震わせる。
「……どうやるんだ、それ」
俺の問いに、源内さんは湯呑みに口をつけ、じらすように一息ついた。
「焦るな、写楽。こいつは、てめえがこれまでやってきたような、ただの力任せの立ち合いとは訳が違う。手順を一つでも間違えれば、てめえの魂は龍輝の奔流に呑まれ、二度と戻ってはこれねえ」
ゴクリと、喉が鳴る。
「いいか、よく聞け」
源内さんは、湯呑みを置くと、絡繰師の鋭い目で俺を射抜いた。
「まず、掛け声だ。『光筆単成』と、腹の底から叫べ。同時に、手に持った龍輝筆刃を、体の前に突き出すんだ」
俺は、懐の龍輝筆刃にそっと触れる。
「てめえの覚悟が本物なら、右手の極印が呼応し、龍輝がてめえの体を覆う。そうなれば、まず身に纏ってるもんが、ウキヨ英士の戦闘用の制服に変わるはずだ。それと同時に、魂の器となる、真っ白な陣羽織が顕現する」
「陣羽織……」
「ああ。だが、そっからが本番だ」
源内さんの声のトーンが、一段低くなる。
「ただ龍輝を放出するだけじゃ、白い陣羽織のままだ。そこに、てめえの魂の色を、摺り上げなきゃならねえ」
「魂の色を、摺り上げる……?」
「そうだ。いいか、写楽。これはただの着替えじゃねえ。てめえの魂そのものを、この世に顕現させる儀式だ」
その言葉の重みに、俺は息を呑んだ。
魂を、顕現させる。
三社祭の時、俺の中で何かが覚醒しかけた、あの感覚。
あれを、自分の意志でコントロールするということか。
「……理屈は、なんとなく分かった」
俺は、ごくりと唾を飲み込む。
「要は、気合と根性ってことだろ!」
俺のその言葉に、源内さんは額に青筋を浮かべ、深く、深いため息をついた。
「……てめえは、本当に馬鹿だな」
源内さんの心底呆れたような一言。
だが、今の俺の耳には、そんなもの聞こえていなかった。
(光筆単成……。魂を、鎧に……)
理屈は、なんとなく分かった。
要は、気合と根性だ。俺は、逸る心を抑えきれない。
「よし、やってやる!」
俺は龍輝筆刃を構え、ぐっと腰を落とす。
右手の甲の極印に意識を集中させると、じわりと熱が灯るのが分かった。
「いくぜ……!」
俺は、腹の底から叫んだ。
「——光筆単成ッ!!」
掛け声と共に、龍輝筆刃を体の前に突き出す。
その瞬間、俺の体から膨大な龍輝が奔流となって溢れ出した!
眩い光が、全身を包み込む。
いつも着ている車夫の衣装が、光の粒子となって分解され、瞬く間に、白を基調としたウキヨ英士の戦闘用制服へと再構築されていく。
そして、その上に、ふわりと真っ白な陣羽織が顕現した。
(……すげえ!)
全身に、これまでとは比較にならないほどの力がみなぎる。
だが——。
(……あれ?)
それだけだった。
陣羽織は、真っ白なまま。何の紋様も、色も浮かび上がってこない。
「……なんだよ、これ……!?」
俺は、もう一度、龍輝筆刃を握る手に力を込める。
「うおおおおっ!」
気合を入れ直し、さらに龍輝を注ぎ込む。
だが、結果は同じ。陣羽織は、白いままだった。
その時、背後から、雷のような怒声が飛んできた。
「馬鹿野郎! だから気合だけじゃ駄目だと言ったんだ!」
源内さんだった。
彼は、心底呆れ果てたという顔で、俺を睨みつけている。
「てめえは、ただ龍輝をだだ漏れさせてるだけだ。そんなもんで、魂の形が顕現してたまるか」
源内さんの、吐き捨てるような言葉が俺の胸に突き刺さる。
俺は、まだ中途半端に戦闘服へと変わったままの姿で、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「魂の、形……?」
「そうだ。てめえはまだ、龍輝を力任せに垂れ流してるだけだ」
源内さんは、俺の目の前に立つと、その鋭い目で俺の魂の奥底までを見透かすように言った。
「てめえの魂の形を心に描け。お前は何のために戦う。何を守りたい」
その問いは、あまりにも単純で、そして、あまりにも重かった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は7月29日(水)19時に更新予定です。




