表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第七章 光筆単成

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/37

魂を鎧に

挿絵(By みてみん)

 俺は、工房の奥にある小さな部屋へと入る。

 そこは、表の作業場とは一変していた。

 壁一面の、複雑な絡繰の設計図。

 机に並ぶ、見たこともない異国の書物や精密な工具。

 まるで、この国の最先端が、この小さな部屋に詰め込まれているかのようだ。

「驚いたか? 俺の秘密基地だ」

 源内さんは、茶を淹れながら言った。

「あんた、一体何者なんだよ」

「前に言っただろ。帝都政府の技術顧問と、ここのしがない整備士だって」

 源内さんは、湯呑みを俺の前に置くと、単刀直入に切り出した。

「さて、写楽。てめえ、三社祭の時、自分の刃がいつもと違ったのは分かってるな?」

「……ああ」

 あの時の、魂が燃えるような熱量。

 あれ以来、一度も再現できていない。

「今のてめえは、龍輝を刃の形にするだけで精一杯だ。だがな、本当のウキヨ英士は、そんなもんじゃねえ」

 源内さんの目が、絡繰師としての鋭い輝輝を宿す。

「本当のウキヨ英士は、龍輝を全身に纏って戦う」

「全身に、纏う……?」

「そうだ。てめえの魂そのものを鎧として、この身に顕現させる。それが、ウキヨ英士の本当の戦い方だ」

 魂を、鎧に。

 俺は、その言葉の意味を理解できず、ただ呆然と彼の顔を見つめる。

 源内さんは、そんな俺の様子を面白がるように、にやりと笑ってその奥義の名を告げた。

「——その名を、『光筆単成』という」

 光筆単成。

 その言葉の響きが、俺の魂を震わせる。

「……どうやるんだ、それ」

 俺の問いに、源内さんは湯呑みに口をつけ、じらすように一息ついた。

「焦るな、写楽。こいつは、てめえがこれまでやってきたような、ただの力任せの立ち合いとは訳が違う。手順を一つでも間違えれば、てめえの魂は龍輝の奔流に呑まれ、二度と戻ってはこれねえ」

 ゴクリと、喉が鳴る。

「いいか、よく聞け」

 源内さんは、湯呑みを置くと、絡繰師の鋭い目で俺を射抜いた。

「まず、掛け声だ。『光筆単成』と、腹の底から叫べ。同時に、手に持った龍輝筆刃を、体の前に突き出すんだ」

 俺は、懐の龍輝筆刃にそっと触れる。

「てめえの覚悟が本物なら、右手の極印が呼応し、龍輝がてめえの体を覆う。そうなれば、まず身に纏ってるもんが、ウキヨ英士の戦闘用の制服に変わるはずだ。それと同時に、魂の器となる、真っ白な陣羽織が顕現する」

「陣羽織……」

「ああ。だが、そっからが本番だ」

 源内さんの声のトーンが、一段低くなる。

「ただ龍輝を放出するだけじゃ、白い陣羽織のままだ。そこに、てめえの魂の色を、摺り上げなきゃならねえ」

「魂の色を、摺り上げる……?」

「そうだ。いいか、写楽。これはただの着替えじゃねえ。てめえの魂そのものを、この世に顕現させる儀式だ」

 その言葉の重みに、俺は息を呑んだ。

 魂を、顕現させる。

 三社祭の時、俺の中で何かが覚醒しかけた、あの感覚。

 あれを、自分の意志でコントロールするということか。

「……理屈は、なんとなく分かった」

 俺は、ごくりと唾を飲み込む。

「要は、気合と根性ってことだろ!」

 俺のその言葉に、源内さんは額に青筋を浮かべ、深く、深いため息をついた。

「……てめえは、本当に馬鹿だな」

 源内さんの心底呆れたような一言。

 だが、今の俺の耳には、そんなもの聞こえていなかった。

(光筆単成……。魂を、鎧に……)

 理屈は、なんとなく分かった。

 要は、気合と根性だ。俺は、逸る心を抑えきれない。

「よし、やってやる!」

 俺は龍輝筆刃を構え、ぐっと腰を落とす。

 右手の甲の極印に意識を集中させると、じわりと熱が灯るのが分かった。

「いくぜ……!」

 俺は、腹の底から叫んだ。

「——光筆単成ッ!!」

 掛け声と共に、龍輝筆刃を体の前に突き出す。

 その瞬間、俺の体から膨大な龍輝が奔流となって溢れ出した!

 眩い光が、全身を包み込む。

 いつも着ている車夫の衣装が、光の粒子となって分解され、瞬く間に、白を基調としたウキヨ英士の戦闘用制服へと再構築されていく。

 そして、その上に、ふわりと真っ白な陣羽織が顕現した。

(……すげえ!)

 全身に、これまでとは比較にならないほどの力がみなぎる。

 だが——。

(……あれ?)

 それだけだった。

 陣羽織は、真っ白なまま。何の紋様も、色も浮かび上がってこない。

「……なんだよ、これ……!?」

 俺は、もう一度、龍輝筆刃を握る手に力を込める。

「うおおおおっ!」

 気合を入れ直し、さらに龍輝を注ぎ込む。

 だが、結果は同じ。陣羽織は、白いままだった。

 その時、背後から、雷のような怒声が飛んできた。

「馬鹿野郎! だから気合だけじゃ駄目だと言ったんだ!」

 源内さんだった。

 彼は、心底呆れ果てたという顔で、俺を睨みつけている。

「てめえは、ただ龍輝をだだ漏れさせてるだけだ。そんなもんで、魂の形が顕現してたまるか」

 源内さんの、吐き捨てるような言葉が俺の胸に突き刺さる。

 俺は、まだ中途半端に戦闘服へと変わったままの姿で、ただ呆然と立ち尽くしていた。

「魂の、形……?」

「そうだ。てめえはまだ、龍輝を力任せに垂れ流してるだけだ」

 源内さんは、俺の目の前に立つと、その鋭い目で俺の魂の奥底までを見透かすように言った。

「てめえの魂の形を心に描け。お前は何のために戦う。何を守りたい」

 その問いは、あまりにも単純で、そして、あまりにも重かった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は7月29日(水)19時に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ