荷を分け合う者たち
祭りの喧騒の裏で繰り広げられた死闘。
俺たちの奮闘により、浅草の街に潜んでいた惡魂の群れは一掃され、三社祭は熱狂のまま、何事もなかったかのように幕を閉じた。
「よくやったな、お前ら」
政信の旦那と清信さんからの労いの言葉が、夕暮れの空とともに、祭りの後の心地よい疲労感とほのかな寂寥を浅草の街に運んでくる。
そんな中、法被姿のまま疲れ果てた俺たちに残されていたのは、どうしようもない空腹感だった。
「ちくしょう、腹減ったな!」
国芳が、誰に言うでもなく叫ぶと、
「本当ねぇ。派手に動きまわったし」
その言葉を待ってましたとばかりに歌麿が続く。
そんな俺たちを見かねたのか、清信さんが、静かに、だが全員に聞こえる声で言った。
「……お前さんたち。腹が減ったなら、行く場所は一つしかねえだろう」
その言葉に、それまで張り詰めていた仲間たちの顔が、一斉に和らいだ。
俺たちが向かったのは、行きつけの飯屋『浅魂』だった。
「おう、てめえら! 祭りの最中に、揃いも揃ってどこほっつき歩いてやがった!」
店主の攻助さんが、強面の顔に心配を滲ませながら、俺たちを迎えてくれる。
「悪ぃ、攻助さん。ちいとばかし、野暮用でな」
政信の旦那が、飄々とした態度で返す。
「へっ、てめえらの野暮用は、いっつもろくなもんじゃねえ。……まあ、いい。腹は減ってんだろ。とびきりの飯、食わせてやる。奥の座敷、空けてあるぜ」
その言葉に、俺たちはどっと座敷へと雪崩れ込んだ。
さっきまでの戦いが嘘のように、誰もが戦士の顔を脱ぎ捨て、ただの腹を空かせた若者に戻っていく。
「いやぁ、攻助さんの飯はやっぱ腹に響くぜ! 世界一ってのはこういう味だな!」
「ふふ、まったく。汚れた魂まで洗い流されるみたい。最高だわ」
国芳と歌麿が、幸せそうに飯を頬張る。
俺も、夢中で箸を動かした。
この店の飯は、不思議と、腹だけでなく心まで満たしてくれる。
俺は、ふと、隣で静かに酒を飲んでいた清信さんに、小声で尋ねた。
「清信さん。……攻助さんは、俺たちのこと、どこまで知ってるんで?」
俺の問いに、清信さんはゆっくりと杯を傾けると、諭すような、優しい目で俺を見た。
「……全ては、知らんだろうさ。だがな、あの人は、全てを受け入れてくれてるのさ」
清信さんは、静かに語り始めた。
あれは、まだ政信の旦那が若く、血気盛んだった頃のこと。
ある大きな戦いで深手を負った旦那が、追っ手から逃れ、偶然この店に転がり込んだらしい。
攻助さんは、素性も聞かず、ただ黙って旦那を匿い、介抱してくれたのだという。
「ここはな、写楽」
清信さんは、懐かしむように目を細める。
「ここは、俺たちがただのガキに戻れる、たった一つの場所だ。攻助さんは、俺たちの戦いのことは知らねえ。でも、俺たちがどんな重荷を背負ってるか、誰よりも感じ取ってくれてるのかもしれねえな。」
攻助さん。
ただの飯屋のオヤジだと思ってた、あの人の本当の姿——。
カウンターの奥で豪快に鍋を振るうその背中を、俺は改めて見つめた。
戦う者と、その帰りを静かに待つ者。
この世界は、俺たちウキヨ英士だけで守ってるわけじゃない。
この温かい場所と、攻助さんの飯があるから、俺たちは明日も戦い続けられるんだ。
「仲間」って言葉が、俺の胸の中で、静かに、でも確かに、広がった。
『浅魂』の座敷は、戦いを終えた男たちの熱気でむせ返っていた。
浮世組も龍人会も関係なく、誰もが酒を酌み交わし、その日の勝利を分かち合っている。
「いやあ、写楽! てめえ、なかなかやるじゃねえか!」
「違いない! 見事な太刀筋だったぜ!」
豊国さんと国貞が、上機嫌で俺の肩を叩く。
「へへっ、まあな!」
俺は、憎まれ口を叩きながらも、その言葉が素直に嬉しかった。
だが、心の奥底では、焦りが黒い靄のように渦巻いていた。
今日、俺がひとりで惡魂に勝てたのは、ただの偶然かもしれない。
俺の中で何かが動き出したのだって、仲間たちの息の合った連携があってこそだ。
(……時間が、ない)
九月一日。
破滅の未来は、刻一刻と迫ってきている。
俺は、本当にこの仲間たちを守れるだけの力を、手に入れられるのか。
「……写楽」
ふと、隣に座る清信さんが、静かに俺の名を呼んだ。
その瞳は、まるで全てを見透かすように、穏やかで、底知れぬ深さを湛えていた。
「お前さん、ちいと一人で背負い込みすぎじゃあねえか?」
「え……?」
「未来を変える、だかなんだか知らねえがな。その荷、ちいとばかし重すぎるんじゃねえのかって、言ってるのさ」
図星だった。
俺は言葉に詰まり、胸が締め付けられる。
この人は、どこまで俺の心を見抜いてやがるんだ。
清信さんは、そんな俺の心中を察したように、ふっと優しく笑った。
そして、諭すように、静かに語りかける。
「仲間、ていうのはな」
彼は、賑やかな座敷にいる仲間たちへと、そっと視線を移した。
「その荷を、分け合うためにいるのかもしれんな」
その言葉が、俺の胸に、重く、そして温かく響き渡った。
「一人で抱え込むのが、強さじゃねえ。弱さをさらけ出して、それでも共に立ってくれるのが、本当の仲間ってもんさ。……まあ、俺も、それに気づくのに随分と時間がかかったがな」
清信さんは、そう言うと、少しだけ遠い目をした。
その瞳の奥に、俺の知らない、壮絶な過去の影が揺らめいたのを、俺は見逃さなかった。
彼の言葉の、本当の重み。
俺はまだ、その一端に触れたに過ぎなかった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は7月18日(土)19時に更新予定です。




