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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ
第六章 三社祭

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覚醒

挿絵(By みてみん)


 豊国さんたちの戦いを見届けた俺は、再び戦場へと駆け出した。

 仲間たちの戦いぶりが、脳裏に焼き付いて離れない。

 北斎の、森羅万象の理を求める「理」の剣。

 歌麿の、相手の心さえも魅了する「美」の剣。

 国芳の、誰も予測できない「奇」の剣。

 広重の、堅実に粘り強く討つ「連」の剣。

 そして、豊国さんの、豪快にして大胆不敵な「剛」の剣。

 みんな、違う。

 それぞれが、自分だけの戦う理由と、自分だけの強さを持っている。

(……俺は、どうだ?)

 俺の戦う理由は、ただ一つ。

 未来を変え、仲間たちを守ること。

 だが、そのための俺だけの戦い方は、まだ見つかっていない。

 これまでは、ただ我武者羅に龍輝筆刃を振るい、敵へ向かっていくだけだった。

 北斎のように自然と一体化することもできなければ、豊国さんのように全てを薙ぎ払う圧倒的な腕力もない。

 未来を知っているという強みも、実際の戦闘の場では、ただの焦りを生む劇薬にしかなっていなかった。

 このままでは、あの灰色の未来を防ぐことなんて到底できない。

 俺にしかできないこと。俺だけが持つ武器。

 それを、この血と泥と熱にまみれた戦場の中で、何としても見つけ出さなければならない。


 その時だった。

「写楽、危ない!」

 清長の声が、すぐ近くで響いた。

 見ると、一体の惡魂が物陰から飛び出し、俺に襲いかかってくるところだった。

 その動きは速く、今までの奴らとは比べ物にならない。

(……やられる!)

 避けられない。

 そう思った瞬間。

 俺の頭の中に、浅草での稽古の光景がフラッシュバックする。

 ——政信の旦那の合図と同時に、木刀を神速で俺の喉元寸前に突きつけた北斎の一撃。

 思考より早く、体が動いていた。

 俺は、まるで闇夜に潜む獣のように龍輝筆刃を低く構える。

 その刹那——俺の眼が捉えた惡魂の動きは、重力に押し潰されたかのように遅くなった。

 周囲の音が、深い水底に沈んだように遠のいていく。

 焦げ臭い路地裏の空気。

 空を舞う微小な塵の一つ一つ。

 惡魂の毛穴から滲み出る赤黒い邪気の粒でさえ、今の俺の眼にははっきりと見えた。

 恐怖はない。

 ただ、圧倒的なまでの静寂と、研ぎ澄まされた感覚だけがあった。

 未来で、大切な仲間たちが無残に散っていったあの光景。

 彼らを何としても救いたいという強烈な渇望が、俺の脳の限界を突破させ、この神速の境地へと引きずり込んだのだ。


 一挙手一投足が、時間そのものに逆らうかのごとく、凍りついたように遅い。

(……見える)

 惡魂が仕掛けるその瞬間、右手の爪が鋭い軌跡を虚空に刻む。

 筋肉が軋む音、荒々しい呼吸の乱れ、殺意が放つ冷たく鋭い揺らめき。

 全てが、時間が引き延ばされた世界の中で、俺の眼に鮮やかに映し出される。

 俺は避けない。

 いや、避ける必要がない。

 不確かな自信が、胸の奥で脈打つ。

 まるで運命に導かれるように、俺の刃が吸い寄せられる。

 柄を握る手に力がこもり、腕を駆け抜ける熱が全身を燃やす。

 迷いなく、俺は龍輝筆刃を突き出した。

 切っ先が、惡魂の硬い外皮を突き破り、邪気の核を的確に穿つ感触が手に伝わる。

「——!?」

 惡魂の目が、驚愕に震えながら見開かれる。

 その双眸に映るのは、奴の胸を貫いた俺の龍輝筆刃。

 悲鳴を上げる間すら与えず、惡魂の巨体は瞬く間に光の塵となって夜風に溶けていった。

 惡魂が消滅した後に残された一枚の札が、石畳に零れ落ちる。


(……なんだ、今の動きは)

 俺自身が、一番驚いていた。

 俺は惡魂の動きを見据え、攻撃される前に動いただけ。

 だが確実に、奴の心臓を寸分違わず捉えていた。

 まるで、身体が、俺の知らない何者かの意志に動かされたかのように……。

 いや、違う。

 決して偶然なんかじゃない。

 この帝都で仲間たちと泥にまみれ、血を吐くような稽古を重ねてきた「修練」の蓄積。

 そして、何としてもこの手で未来を変え、仲間を守り抜くという強い「想い」。

 その二つが一つに結実し、俺の肉体を未知の領域へと押し上げたのだ。


「……見事だ、写楽」

 駆けつけた清長が、俺の戦いぶりを見て、息を呑んでいる。

 ……俺の戦い方。

 それは、敵の剣筋、呼吸、感情の揺らぎまでも見抜くこと。

 そして、相手の攻撃が繰り出されるその瞬間、最も効果的な一点を突くこと。

 俺の龍輝筆刃が教えてくれたように思えた。

 だが、まだ言い切れる自信はない。

 それでも、暗闇の中に、確かな一筋の光が見えた気がする。

 その光は、俺の進むべき道を、ほのかに照らしてくれるだろう。

 俺は、まだ熱を持つ龍輝筆刃を強く握りしめ、次なる敵を探して、再び駆け出した。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は7月15日(水)19時に更新予定です。

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