覚醒
豊国さんたちの戦いを見届けた俺は、再び戦場へと駆け出した。
仲間たちの戦いぶりが、脳裏に焼き付いて離れない。
北斎の、森羅万象の理を求める「理」の剣。
歌麿の、相手の心さえも魅了する「美」の剣。
国芳の、誰も予測できない「奇」の剣。
広重の、堅実に粘り強く討つ「連」の剣。
そして、豊国さんの、豪快にして大胆不敵な「剛」の剣。
みんな、違う。
それぞれが、自分だけの戦う理由と、自分だけの強さを持っている。
(……俺は、どうだ?)
俺の戦う理由は、ただ一つ。
未来を変え、仲間たちを守ること。
だが、そのための俺だけの戦い方は、まだ見つかっていない。
これまでは、ただ我武者羅に龍輝筆刃を振るい、敵へ向かっていくだけだった。
北斎のように自然と一体化することもできなければ、豊国さんのように全てを薙ぎ払う圧倒的な腕力もない。
未来を知っているという強みも、実際の戦闘の場では、ただの焦りを生む劇薬にしかなっていなかった。
このままでは、あの灰色の未来を防ぐことなんて到底できない。
俺にしかできないこと。俺だけが持つ武器。
それを、この血と泥と熱にまみれた戦場の中で、何としても見つけ出さなければならない。
その時だった。
「写楽、危ない!」
清長の声が、すぐ近くで響いた。
見ると、一体の惡魂が物陰から飛び出し、俺に襲いかかってくるところだった。
その動きは速く、今までの奴らとは比べ物にならない。
(……やられる!)
避けられない。
そう思った瞬間。
俺の頭の中に、浅草での稽古の光景がフラッシュバックする。
——政信の旦那の合図と同時に、木刀を神速で俺の喉元寸前に突きつけた北斎の一撃。
思考より早く、体が動いていた。
俺は、まるで闇夜に潜む獣のように龍輝筆刃を低く構える。
その刹那——俺の眼が捉えた惡魂の動きは、重力に押し潰されたかのように遅くなった。
周囲の音が、深い水底に沈んだように遠のいていく。
焦げ臭い路地裏の空気。
空を舞う微小な塵の一つ一つ。
惡魂の毛穴から滲み出る赤黒い邪気の粒でさえ、今の俺の眼にははっきりと見えた。
恐怖はない。
ただ、圧倒的なまでの静寂と、研ぎ澄まされた感覚だけがあった。
未来で、大切な仲間たちが無残に散っていったあの光景。
彼らを何としても救いたいという強烈な渇望が、俺の脳の限界を突破させ、この神速の境地へと引きずり込んだのだ。
一挙手一投足が、時間そのものに逆らうかのごとく、凍りついたように遅い。
(……見える)
惡魂が仕掛けるその瞬間、右手の爪が鋭い軌跡を虚空に刻む。
筋肉が軋む音、荒々しい呼吸の乱れ、殺意が放つ冷たく鋭い揺らめき。
全てが、時間が引き延ばされた世界の中で、俺の眼に鮮やかに映し出される。
俺は避けない。
いや、避ける必要がない。
不確かな自信が、胸の奥で脈打つ。
まるで運命に導かれるように、俺の刃が吸い寄せられる。
柄を握る手に力がこもり、腕を駆け抜ける熱が全身を燃やす。
迷いなく、俺は龍輝筆刃を突き出した。
切っ先が、惡魂の硬い外皮を突き破り、邪気の核を的確に穿つ感触が手に伝わる。
「——!?」
惡魂の目が、驚愕に震えながら見開かれる。
その双眸に映るのは、奴の胸を貫いた俺の龍輝筆刃。
悲鳴を上げる間すら与えず、惡魂の巨体は瞬く間に光の塵となって夜風に溶けていった。
惡魂が消滅した後に残された一枚の札が、石畳に零れ落ちる。
(……なんだ、今の動きは)
俺自身が、一番驚いていた。
俺は惡魂の動きを見据え、攻撃される前に動いただけ。
だが確実に、奴の心臓を寸分違わず捉えていた。
まるで、身体が、俺の知らない何者かの意志に動かされたかのように……。
いや、違う。
決して偶然なんかじゃない。
この帝都で仲間たちと泥にまみれ、血を吐くような稽古を重ねてきた「修練」の蓄積。
そして、何としてもこの手で未来を変え、仲間を守り抜くという強い「想い」。
その二つが一つに結実し、俺の肉体を未知の領域へと押し上げたのだ。
「……見事だ、写楽」
駆けつけた清長が、俺の戦いぶりを見て、息を呑んでいる。
……俺の戦い方。
それは、敵の剣筋、呼吸、感情の揺らぎまでも見抜くこと。
そして、相手の攻撃が繰り出されるその瞬間、最も効果的な一点を突くこと。
俺の龍輝筆刃が教えてくれたように思えた。
だが、まだ言い切れる自信はない。
それでも、暗闇の中に、確かな一筋の光が見えた気がする。
その光は、俺の進むべき道を、ほのかに照らしてくれるだろう。
俺は、まだ熱を持つ龍輝筆刃を強く握りしめ、次なる敵を探して、再び駆け出した。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は7月15日(水)19時に更新予定です。




