飯屋 浅魂
暖簾をくぐると、香ばしい醤油の匂いと、威勢のいい声が俺たちを迎えた。
店内は、使い込まれて艶の出た木のカウンターとテーブルが並ぶ、昔ながらの飯屋といったところか。
だが、不思議と居心地がいい。
「おう、てめえら! また来たのか!」
カウンターの奥から、男が顔を出す。
強面だが、その目には気風の良さが滲み出ていた。
この店の店主らしい。
「よお、攻助さん! 今日も腹ぺこだ! 一番美味いの頼むぜ!」
国芳が、威勢よく叫ぶ。
「へっ、うちの飯は全部一番なんだよ。——お、そっちは新しい顔だな。俺は攻助だ。しっかり食ってけよ!」
攻助と名乗った店主の視線が、俺を捉える。
俺は、ぺこりと頭を下げた。
俺たちは奥の座敷に上がり、それぞれ好きなものを注文する。
すぐに運ばれてきた、山盛りの唐揚げに、湯気の立つ肉豆腐。
どれもこれも、たまらなく美味そうだ。
「いやあ、やっぱり攻助さんの飯は最高だな!」
「本当ね。心が安らぐわ」
「ああ。ここの飯は絶品だ」
国芳、歌麿、そして広重が、幸せそうに頬張っている。
俺も、夢中で飯をかき込んだ。
こんな風に、仲間と馬鹿話をしながら飯を食うなんて、いつ以来だろうか。
孤独と焦りで張り詰めていた心が、少しずつ解れていくのを感じる。
その時、ふと、俺は素朴な疑問を口にしていた。
「なあ、国芳と広重は、いつから浮世組にいるんだ?」
俺の問いに、国芳は唐揚げを頬張ったまま、きょとんとした顔をした。
隣にいた広重が、すまなそうに口を開く。
「……すまない。まだ、話していなかったか」
「え?」
「俺と国芳は、本来は『歌川龍人会』の者なんだ」
(歌川……龍人会……?)
初めて聞く名前に、俺は首を傾げる。
国芳が、口の中のものを飲み込んでから、豪快に笑いながら続けた。
「まあ、驚くのも無理はねえ! 俺たちは、浅草浮世組とは別の、もう一つのウキヨ英士団ってわけよ!」
「歌川龍人会は、うちとは少しやり方が違ってね。より組織的で、近代的な集団よ」
歌麿が、優雅に箸を運びながら補足する。
「俺は、北斎殿の剣を学ぶため、頭領にお願いして、こちらへ出向させてもらっている」
と、広重。
「俺はまあ、こっちとの連携役ってとこだな! 堅苦しいのは性に合わねえが、ここの飯は美味いからな!」
と、国芳。
なるほど。
だから、二人は他の仲間たちとは少し雰囲気が違ったのか。
浮世組とは違う、もう一つの組織。
俺の知らない世界が、まだまだこの帝都にはあるらしい。
「まあ、ごちゃごちゃしたことは、追々分かりゃいいさ」
国芳が、俺の肩をばしりと叩く。
「今は難しいことなんざ考えず、腹一杯食おうぜ、相棒!」
その言葉に、俺は思わず笑みがこぼれた。
そうだ。
今は、この時間を楽しめばいい。
初めて、心の底から「仲間」という言葉の意味を、少しだけ理解できたような気がした。
「相棒!」
国芳のその言葉が、なんだか妙に嬉しくて、俺は照れ笑いを浮かべた。
未来を知る孤独。
仲間との間に存在する、見えない壁。
そんなものが、この店の美味い飯と仲間たちの笑い声の中に、少しずつ溶けていくような気がした。
(……いいもんだな、こういうのも)
心の底から、そう思った。
でも、そんな温かい空気は、一瞬にして切り裂かれた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は6月13日(土)19時に更新予定です。




