闇に潜む獣、灯せ龍輝の刃
俺たちは、人力車を走らせ、噂の爆発騒ぎがあったという雷門の近くへと向かった。
現場に近づくにつれて、鼻をつく焦げ臭い匂いと、野次馬たちのざわめきが聞こえてくる。
「……これか」
清長が、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。
現場は、裏路地にある小さな商店だったらしい。
店の壁が黒く煤け、窓ガラスが粉々に砕け散っている。
警官たちが周囲に縄を張り、野次馬を制止していた。
「表向きは、ただのガス爆発……といったところか」
清長が、誰に言うでもなく冷静に分析する。
「……いや、違うな」
俺にも感じることが出来た。
ウキヨ英士として覚醒したことで、俺の五感が、これまで感じ取れなかったものを捉え始めているのだ。
俺は、ごくりと唾を飲み込む。
「……いる。あの化け物と同じ、嫌な匂いがする」
俺の言葉に、清長と歌麿の視線が鋭くなった。
「あら、写楽ちゃんにも、分かった?」
歌麿が、扇子で口元を隠しながら、興味深そうに俺を見る。
「大したものね。あなた、本当に面白い子」
「ふん。まぐれ当たりかもしれんがな」
清長は相変わらず憎まれ口を叩くが、その視線は真剣に現場の隅々までを観察する。
俺たちは、騒ぎを遠巻きに見物する野次馬に紛れ、警官たちの注意が逸れるのを待っていた。
やがて、通りの向こうで別の騒ぎが起こり、警官の意識がそちらへ向いた、その一瞬。
「……行くぞ」
清長の低い声が飛ぶ。俺たちは、その合図で音もなく縄をくぐり、現場へと侵入した。
(……すげえ。慣れてやがる)
俺と歌麿も、その後に続く。
清長は、爆心地と思われる場所の前に立つと、地面に残された僅かな痕跡を、鋭い目つきで観察し始めた。
「歌麿、どう思う」
「そうねぇ……。確かに、美しくない残り香がするわ。でも、とても弱い。手練れの仕業じゃないわね。おそらく、まだ成り立ての、力の弱い惡魂の仕業でしょう」
「同感だ」
二人のプロフェッショナルなやり取りに、俺はただ立ち尽くすことしかできない。
俺に分かるのは、ここに「何か」がいるということだけ。
だが、二人はその「何か」の正体や、力量までをも見抜いている。
これが、経験の差か。
ウキヨ英士としての、本当の実力差。
俺は、目を閉じ、改めて全身の感覚を研ぎ澄ませた。
風の流れ。人々の囁き声。
焦げ臭い匂いの中に混じる、微かな獣臭。
それは冷たく、粘つくような邪気の感触。
「……獣の匂いがする」
俺が、ぽつりと呟いた、その時。
現場の奥、半壊した蔵の暗がりから、何かがこちらを窺っているような、邪悪な視線を感じた。
「——そこか!」
清長が叫ぶのと、その影が動くのは、ほぼ同時だった。
俺たちは、半壊した蔵の暗がりへと、息を潜めて近づいていく。
焦げ臭い匂いに混じって、あの化け物が放つ、甘ったるくも不快な邪気が、鼻に纏わりつく。
間違いない、この奥にいる。
「……写楽」
清長が、氷のように冷たい声で囁いた。
「俺が合図を送るまで、決して動くな。貴様の役目は、俺と歌麿の援護。それだけだ」
「……分かってる」
俺は短く答えながらも、内心では歯噛みしていた。
援護。
つまり、俺はまだ、一人前の戦力として認められていないということだ。
歌麿が、優雅な手つきで懐から龍輝筆刃を取り出す。
清長も、音もなくそれに続いた。
ブォン、という重低音と共に、二人の柄から鮮やかな赤い光の刃が伸び上がる。
(……くそっ!)
俺も慌てて懐から龍輝筆刃を取り出し、強く念じる。
だが、何も起こらない。
焦れば焦るほど、龍輝筆刃はただの鉄の塊のように冷たいままだ。
「写楽! 心を落ち着かせろ!」
清長の鋭い声が飛ぶ。
「右手の極印から龍輝を吸い上げ、龍輝筆刃に注ぎ込むことにだけ集中しろ!」
「写楽ちゃん! 焦りは禁物。美しく、優雅に龍輝の流れを感じるの!」
歌麿の助言に、俺は一度固く目を閉じた。
そうだ、感じるんだ。
右手の甲に宿った、あの熱を。
じわり、と極印が熱を持つ。
その熱を、腕を伝って、龍輝筆刃へと流し込む。
(——光れ!)
ブォン!
俺の龍輝筆刃からも、二人と同じ赤い光の刃が、勢いよく伸び上がった。
緊張が、走る。
清長が、無言で指を三本立て、一本ずつ折り曲げていく。
三、二、一……ゼロ。
その合図と同時に、俺たちは一斉に蔵の中へと突入した!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は5月27日(水)19時に更新予定です。




