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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ


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16/22

闇に潜む獣、灯せ龍輝の刃

挿絵(By みてみん)

 俺たちは、人力車を走らせ、噂の爆発騒ぎがあったという雷門の近くへと向かった。

 現場に近づくにつれて、鼻をつく焦げ臭い匂いと、野次馬たちのざわめきが聞こえてくる。

「……これか」

 清長が、苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

 現場は、裏路地にある小さな商店だったらしい。

 店の壁が黒く煤け、窓ガラスが粉々に砕け散っている。

 警官たちが周囲に縄を張り、野次馬を制止していた。

「表向きは、ただのガス爆発……といったところか」

 清長が、誰に言うでもなく冷静に分析する。

「……いや、違うな」

 俺にも感じることが出来た。

 ウキヨ英士として覚醒したことで、俺の五感が、これまで感じ取れなかったものを捉え始めているのだ。

 俺は、ごくりと唾を飲み込む。

「……いる。あの化け物と同じ、嫌な匂いがする」

 俺の言葉に、清長と歌麿の視線が鋭くなった。

「あら、写楽ちゃんにも、分かった?」

 歌麿が、扇子で口元を隠しながら、興味深そうに俺を見る。

「大したものね。あなた、本当に面白い子」

「ふん。まぐれ当たりかもしれんがな」

 清長は相変わらず憎まれ口を叩くが、その視線は真剣に現場の隅々までを観察する。


 俺たちは、騒ぎを遠巻きに見物する野次馬に紛れ、警官たちの注意が逸れるのを待っていた。

 やがて、通りの向こうで別の騒ぎが起こり、警官の意識がそちらへ向いた、その一瞬。

「……行くぞ」

 清長の低い声が飛ぶ。俺たちは、その合図で音もなく縄をくぐり、現場へと侵入した。

(……すげえ。慣れてやがる)

 俺と歌麿も、その後に続く。

 清長は、爆心地と思われる場所の前に立つと、地面に残された僅かな痕跡を、鋭い目つきで観察し始めた。

「歌麿、どう思う」

「そうねぇ……。確かに、美しくない残り香がするわ。でも、とても弱い。手練れの仕業じゃないわね。おそらく、まだ成り立ての、力の弱い惡魂の仕業でしょう」

「同感だ」

 二人のプロフェッショナルなやり取りに、俺はただ立ち尽くすことしかできない。

 俺に分かるのは、ここに「何か」がいるということだけ。

 だが、二人はその「何か」の正体や、力量までをも見抜いている。

 これが、経験の差か。

 ウキヨ英士としての、本当の実力差。

 俺は、目を閉じ、改めて全身の感覚を研ぎ澄ませた。

 風の流れ。人々の囁き声。

 焦げ臭い匂いの中に混じる、微かな獣臭。

 それは冷たく、粘つくような邪気の感触。

「……獣の匂いがする」

 俺が、ぽつりと呟いた、その時。

 現場の奥、半壊した蔵の暗がりから、何かがこちらを窺っているような、邪悪な視線を感じた。

「——そこか!」

 清長が叫ぶのと、その影が動くのは、ほぼ同時だった。

 俺たちは、半壊した蔵の暗がりへと、息を潜めて近づいていく。

 焦げ臭い匂いに混じって、あの化け物が放つ、甘ったるくも不快な邪気が、鼻に纏わりつく。

 間違いない、この奥にいる。

「……写楽」

 清長が、氷のように冷たい声で囁いた。

「俺が合図を送るまで、決して動くな。貴様の役目は、俺と歌麿の援護。それだけだ」

「……分かってる」

 俺は短く答えながらも、内心では歯噛みしていた。

 援護。

 つまり、俺はまだ、一人前の戦力として認められていないということだ。

 歌麿が、優雅な手つきで懐から龍輝筆刃を取り出す。

 清長も、音もなくそれに続いた。

 ブォン、という重低音と共に、二人の柄から鮮やかな赤い光の刃が伸び上がる。

(……くそっ!)

 俺も慌てて懐から龍輝筆刃を取り出し、強く念じる。

 だが、何も起こらない。

 焦れば焦るほど、龍輝筆刃はただの鉄の塊のように冷たいままだ。

「写楽! 心を落ち着かせろ!」

 清長の鋭い声が飛ぶ。

「右手の極印から龍輝を吸い上げ、龍輝筆刃に注ぎ込むことにだけ集中しろ!」

「写楽ちゃん! 焦りは禁物。美しく、優雅に龍輝の流れを感じるの!」

 歌麿の助言に、俺は一度固く目を閉じた。

 そうだ、感じるんだ。

 右手の甲に宿った、あの熱を。

 じわり、と極印が熱を持つ。

 その熱を、腕を伝って、龍輝筆刃へと流し込む。

(——光れ!)

 ブォン!

 俺の龍輝筆刃からも、二人と同じ赤い光の刃が、勢いよく伸び上がった。

 緊張が、走る。

 清長が、無言で指を三本立て、一本ずつ折り曲げていく。

 三、二、一……ゼロ。

 その合図と同時に、俺たちは一斉に蔵の中へと突入した!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は5月27日(水)19時に更新予定です。

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