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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ


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15/22

連携訓練

挿絵(By みてみん)

「写楽! 貴様は俺の指示に従い、前衛として人形の攻撃を受け止めろ。北斎は中衛、歌麿は後衛から援護し、隙を見て攻撃に転じる! 陣形を崩すなよ!」

「お、おう!」

 俺が緊張にこわばる拳を握りしめた、その時だった。

「もぉ、清長ったら、相変わらずガチガチなんだから」

 歌麿が、優雅に扇子を広げ、俺にウィンクを寄越す。

「写楽ちゃん、あんな堅物の言うこと、半分だけ聞いておけばいいのよ。大事なのは、美しく舞うこと。そうすれば、相手はあなたに心を奪われ、隙が生まれるわ」

「……はあ」

 正反対すぎる二人の指示に、俺はどうしていいか分からず、ただ曖昧に頷くことしかできない。

「——起動!」

 清長の号令と共に、カラクリ人形の目が、カッと赤く光った。

 次の瞬間、木の人形とは思えないほどの俊敏さで、俺に向かって突進してくる!

「写楽、右だ! 盾になることだけを考えろ!」

「違うわ、写楽ちゃん! 柳のように受け流して、私の懐に誘い込むのよ!」

 右から清長、左から歌麿。

 二人の声が、俺の頭の中で混線する。

(どっちだよ!?)

 迷いが生じた、その一瞬。

 カラクリ人形の腕が、俺の脇腹を強かに打ち据えた。

「ぐっ……!」

 強烈な衝撃に、俺は数メートル吹き飛ばされ、地面に転がる。

「馬鹿者! なぜ指示通りに動けん!」

 清長が、怒声と共に駆け寄ってくる。

「だから言ったでしょう、清長。あなたのやり方じゃ、あの子の良さが死んでしまうわ」

 歌麿も、反論するように言い返した。

「美しく舞うだと? ふざけるな! 戦場は舞踏会ではない!」

「あら、戦場だからこそ、美しさが必要なのよ。あなたのその石頭には、一生理解できないでしょうけどね!」

 俺そっちのけで、二人の言い争いが始まる。

 その時、これまで沈黙を保っていた北斎が、静かに、だが芯の通った声で呟いた。

「……どちらも、違うな」

 その一言に、清長と歌麿の動きがぴたりと止まる。

「カラクリ人形に、心はない。型もない。ただ、目の前の敵を最短で破壊するだけだ。お前たちは、人形ではなく、己の戦い方を見ている」

 北斎の言葉は、まるで俺自身の心を見透かしているかのようだった。

 そうだ。

 俺は、清長の言う「型」にも、歌麿の言う「美しさ」にも、囚われすぎていた。

(……見ろ。敵の本質を)

 俺は、ゆっくりと立ち上がった。

 まだ体は痛む。

 けれど、心の迷いは、少しだけ晴れていた。

「まだまだ!……もう一本!」

 俺のその言葉に、北斎が初めて、ほんのわずかに口の端を上げたように見えた。


 そこからの出来事はよく覚えてない。

 確かなことは、俺の体の痣が確実に増えていたことだけ。

(初日からこんなんで、ほんとついて行けるのかよ……俺)

 龍穴での過酷な連携訓練を終えた俺たちは、再び地上へと戻り、それぞれの持ち場についていた。

 表向きは、浅草の平和な日常に溶け込む、ただの人力車夫。

 だが、その本当の目的は、市中に潜む邪気の痕跡を探る、ウキヨ英士としての初めての警邏任務だ。

 俺は、清長、歌麿と共に、凌雲閣の下で客待ちをしていた。

 さっきまでの、殺意に満ちたカラクリ人形との訓練が嘘のような、穏やかな昼下がり。

 観光客の楽しげな声や、路面電車が通り過ぎる音。

 その平和な空気が、逆に俺を落ち着かなくさせた。

(……本当に、こんな場所にあの化け物がいるのか?)

 俺は、隣で腕を組み、鋭い視線を周囲に配っている清長に、小声で話しかけた。

「なあ、清長。こうやってただ待ってるだけで、本当に敵が見つかるもんなのか?」

 俺の問いに、清長は忌々しげに顔をしかめる。

「貴様はまだ、ウキヨ英士としての基本を理解していないようだな」

「基本?」

「そうだ。我々の任務は、ただ闇雲に敵を探すことではない。この街の空気、人々の流れ、その全てを五感で感じ取り、日常に潜む『違和感』の兆候を掴むことにある。無駄口を叩いている暇があるなら、少しでも感覚を研ぎ澄ませ」

 正論。

 あまりにも正論すぎて、ぐうの音も出ない。

 俺が気まずく黙り込んでいると、反対隣で優雅に扇子を扇いでいた歌麿が、くすくすと笑いながら助け舟を出してくれた。

「あら、写楽ちゃんは真面目ねぇ。清長の言うことも一理あるけど、もっと単純なことよ」

「単純?」

「ええ。邪気っていうのはね、なんていうか……美しくない匂いがするの。空気が澱んで、街の色が褪せて見える感じかしら。そういう『違和感』を辿っていくのよ」

 清長の言う「分析」と、歌麿の言う「感覚」。

 二人のやり方は正反対だが、どちらもウキヨ英士として培ってきた、確かな経験に裏打ちされているのだろう。

 その時だった。

 俺たちの前で客待ちをしていた、別の車屋の男たちが、ひそひそと噂話をしているのが耳に入った。

「おい、聞いたか? 昨日の夜も、雷門の近くであったらしいぜ」

「ああ、またあの爆発騒ぎか。物騒な世の中になったもんだな」

(爆発騒ぎ?)

 俺がその言葉に引っかかっていると、清長と歌麿も、その会話へと意識を向けていた。

 俺は、休憩がてらといった体で、その男たちの輪に近づいた。

「すみません、旦那方。今、爆発って言いましたかい?」

「おう、兄ちゃん。知らないのかい? 昨日の夜、雷門のそばで、原因不明の小さな爆発が起きたのさ。大した被害はないんだが、気味が悪くてな」

 その話を聞いた瞬間、清長の目が鋭く光った。

 歌麿も、扇子をぴたりと止め、その表情から笑みが消える。

「……行くぞ」

 清長が、短く呟いた。

 どうやら、今日の目的地が決まったらしい。

 俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 初めての実戦。

 その予感が、肌をピリピリと刺す。

 俺は、二人の頼もしい先輩の背中を追い、静かに人力車の担ぎ棒を握りしめた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

次回は5月24日(日)19時に更新予定です。

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