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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ


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14/22

凌雲閣の地下

挿絵(By みてみん)

 ウキヨ英士『写楽』としての日々が始まって、数日が過ぎた。

 とはいえ、俺の日常が劇的に変わったわけじゃない。

 昼間は相変わらず車夫として働き、夜は北斎との過酷な稽古。

 ただ一つだけ変わったことがあるとすれば、仲間たちの俺を見る目が、少しだけ変わったことくらいか。


 そんなある日の朝。

「写楽、組頭がお呼びだ」

 声をかけてきたのは、清長だった。

 その硬い表情は相変わらずだが、以前のようなあからさまな敵意は感じられない。

 言われるがままに政信の旦那の部屋へ行くと、そこには旦那だけでなく、北斎と歌麿の姿もあった。

「よう、来たか写楽」

 政信の旦那が、にやりと笑う。

「てめえも今日から、本格的な訓練に参加してもらう。心して励めよ」

「本格的な訓練、ですか?」

「ああ。——行くぞ」

 俺の問いには答えず、北斎が静かに立ち上がった。

 それに続き、清長と歌麿も部屋を出ていく。

「ちょ、どこへ行くんだよ?」

 俺が慌てて尋ねると、歌麿が優雅に振り返った。

「あら、写楽ちゃん、初めてだったかしら。私たちの秘密の稽古場よ」

「秘密の稽古場?」


 俺たちが向かったのは、なんと、浅草のシンボルとしてそびえ立つ「凌雲閣」だった。

 未来で、半壊した姿を見た、あの十二階建ての塔。

(マジかよ……こんな街のど真ん中が、秘密の稽古場だってのか?)

 あまりに大胆不敵なその事実に、俺はただ呆然とするしかない。

 俺たちは、観光客で賑わう正面入り口を避け、従業員が使う裏口から静かに建物の中へと入った。

 薄暗い通路を抜け、俺たちが乗り込んだのは、文明開化の象徴であるエレベーター。

 モダンな制服に身を包んだ昇降係の女性が、にこやかに階数ボタンを押していく。

 やがて、エレベーターが八階に到着すると、昇降係の女性は「皆様、どうぞごゆっくり」と一礼し、先に降りていった。

 エレベーターの扉が閉まり、箱の中には俺たち四人だけが残される。

 直後、外の表示盤が『点検中』の赤いランプに切り替わったのを、俺は扉の隙間から確かに見た。

「さて、と」

 歌麿が、悪戯っぽく笑う。

 北斎が、運転盤の下にある隠しパネルにすっと右手をかざす。

 手の甲に刻まれた『極印』が淡い光を放ち、龍輝が注がれると、エレベーターが静かに、下降を始めた。

「うおっ!?」

 突然の動きに、俺は思わず声を上げる。

「驚いた? この先が、私たちの秘密基地なのよ」

「まったく、新入りがいると、いちいち説明が必要で手間がかかる」

 清長は、相変わらず苦虫を噛み潰したような顔だ。


 エレベーターは、通常では存在しないはずの地下階へと、静かに、そして深く降りていく。

 やがて、重い音を立てて停止すると、目の前の扉がゆっくりと開かれた。

「……すげえ……。こんな場所が、地下にあったなんてな……」

 扉の先に広がっていたのは、広大な地下空洞。

 壁や天井が、龍輝の力で淡く発光し、まるで星空の中にいるかのような幻想的な光景が広がっていた。

 ここが、浅草龍穴。浮世組が命を懸けて守る、帝都の心臓部。

 俺がその光景に圧倒されていると、清長が厳しい声で言った。

「呆けている暇はないぞ、写楽。——これより、連携訓練を開始する!」

 清長の号令を背に、俺は広大な地下空洞——浅草龍穴へと足を踏み入れた。

 ひんやりと、だが清浄な空気が肌を撫でる。

 龍輝で淡く光る壁や天井は、まるで星空のようだ。

「ここが、俺たちの本当の稽古場だ」

 北斎が、静かに呟く。

 龍穴の中央まで進むと、そこに鎮座していたのは、人間ほどの大きさを持つ、不気味な木製の人形だった。

 能面のような無表情な顔に、幾本もの腕。

 源内さんが作ったという、カラクリ人形だ。

「これより、カラクリ人形を惡魂と想定した連携訓練を開始する!」

 清長の声が木霊した。

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