龍輝筆刃
江戸城からの帰り道。
黒塗りの自動車の中は、重い沈黙に包まれていた。
俺は、膝の上に置かれた白木の箱を、ただじっと見つめている。
中には、ウキヨ英士の魂である『龍輝筆刃』の柄。
右手の甲に刻まれた『極印』が、箱の中身に呼応するように、時折かすかな熱を帯びていた。
隣に座る北斎は瞑想しているのか、目を閉じて微動だにしない。
政信の旦那もまた、腕を組んだまま、窓の外を流れる帝都の景色を無言で眺めている。
やがて車は、見慣れた浅草の町並みへと戻り、浮世組の前に静かに停止した。
俺たちが車を降りると、そのただならぬ雰囲気を察してか、仲間たちが次々と姿を現す。
応為、清長、国芳、広重、そして番頭の清信さん。
誰もが、固唾を呑んで俺たちの帰りを待っていたのだ。
「……おかえりなさい、組頭、兄貴。……それと、あんたも」
応為が、少し気まずそうに、だが真っ直ぐに俺を見て言った。
その視線が、俺の持つ白木の箱に注がれる。
政信の旦那が、仲間たちを見渡し、静かに俺の名を呼んだ。
「写楽」
そして、彼は仲間たちに向き直り、静かに口を開いた。
「てめえら、よく聞け。こいつは今日、江戸城にて将軍輝吉様より、ウキヨ英士として任を与えられた。これより、写楽はてめえたちと同じ、帝都を守る剣となる」
その言葉に、仲間たちの間に走る衝撃。
「なっ……!?」
「新入りが、ウキヨ英士に……!?」
誰もが、信じられないといった表情で俺を見ている。
特に、清長の驚きは大きかった。
「……どういうことです、組頭!」
「これは、お上の御決定だ。てめえに異論を挟む権利はねえ」
政信の旦那の厳しい言葉に、清長はぐっと唇を噛んで押し黙る。
俺は、そんな仲間たちの戸惑いを一身に受けながら、何も言えなかった。
気まずい沈黙を破ったのは、国芳の豪快な笑い声だった。
「がははっ! よくわかんねえが、すげえじゃねえか、新人! やると思ってたぜ!」
その声に、場の空気が少しだけ和らぐ。
俺は、そんな仲間たちに軽く頭を下げると、一人、輪から離れて工房へと向かった。
工房の中では、一人の男が、よれよれの作業着姿で人力車の車輪を黙々と磨いていた。
油の匂いを漂わせたその姿は、江戸城で会った、あの威厳に満ちた姿とは似ても似つかぬ、いつもの源内さんだった。
「……よう、源内さん」
俺が声をかけると、源内は顔も上げずに応えた。
「……おう、帰ってきたか、写楽。どうだった、城は。窮屈だったろ」
「ああ、もう登城は二度とごめんだね」
「でも驚いたぜ、源内さん。……いや、帝都政府が誇る、天下一の科学者様、とでもお呼びした方がいいのかな?」
俺の言葉に、源内さんの手がぴたりと止まった。
彼はゆっくりと顔を上げると、にやりと、人の悪い笑みを浮かべる。
汚れた手ぬぐいで額の汗を拭うと、源内さんは立ち上がった。
「まあ、立ち話もなんだ。こっちへ来な」
源内さんに導かれ、工房の奥にある小さな部屋へと入る。
そこは、表の作業場とは一変していた。
壁には複雑な絡繰の設計図が所狭しと貼られ、机の上には、俺には見当もつかないような、異国の書物や精密な工具が並んでいる。
「驚いたか? こっちが、俺の本業でな」
源内さんは、茶を淹れながら言った。
「あんた、一体何者なんだよ」
「言った通りだよ。帝都政府の技術顧問と、ここのしがない整備士。二足の草鞋ってやつさ」
源内さんは、湯呑みを俺の前に置くと、静かに語り始めた。
「俺の役目は、龍輝の力を応用した、新しい絡繰……技術を開発することだ。そして、お前たちウキヨ英士が使う龍輝筆刃を創り出し、整備するのも、俺の重要な仕事でな。そのためには、戦いの最前線であり、龍穴にも近いここが、一番都合がいい」
(この浮世組の工房は、この国の最新技術が集まる、最先端の研究室でもあるってことか)
「それに……」
源内は、少しだけ寂しそうな目で、工房の外にいる車夫たちを見た。
「城の中は、どうも息が詰まって好かん。俺は、こうして油臭い中で、威勢のいい若ぇ連中の声を聞いてる方が、性に合ってるんでな」
その横顔に、俺は初めて、この人の人間らしい一面を見た気がした。
俺は、懐から龍輝筆刃の柄を取り出し、机の上に置く。
「……こいつのこと、教えてくれよ」
その言葉に、源内さんの眼光がキラリと光る。
「ああ、任せろ。そいつの性能を100%引き出せるかは……」
「引き出せるかは?」
源内さんは、にやりと笑う。
「——使い手である、お前次第だぜ?」




