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浮世英伝 ―大正ウキヨ英士伝―  作者: 本堂ポンタ


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12/22

ウキヨ英士、写楽誕生

挿絵(By みてみん)

「無事成し遂げたようだな」

 龍穴から帰還した俺を、輝吉様と美与様、そして政信の旦那と北斎が静かに出迎えた。

 休みなく次に向かったのは、謁見の間とは別の、城内に設けられた神聖な祭壇の間。

 部屋の中央には清められた白木の祭壇が置かれ、そこには巫女としての装束——純白の千早と緋色の袴に身を包んだ美与様が、静かに座している。

 浅草で見せた高飛車な令嬢の姿も、謁見の間での慈愛に満ちた姿とも違う、人を寄せ付けないほどに神聖で、荘厳な空気。

「これより、ウキヨ英士を成すための『初摺の儀』を執り行う」

 輝吉様の厳かな宣言と共に、部屋の空気が一層張り詰める。

 美与様が、俺に静かに手招きをした。俺は促されるままに祭壇の前へと進み、膝をつく。

「龍輝晶を、こちらへ」

 美与様の透き通るような声に、俺は龍輝晶を恭しく差し出した。

 美与様は、その龍輝晶を受け取ると、俺の右手を取り、その甲の上にそっと置いた。

 ひんやりとした鉱石の感触。

 次の瞬間、美与様が目を閉じ、凛とした祝詞を唱え始める。

「——龍脈の源流に坐す、大いなる御霊よ。今ここに、帝都を守る新たな剣の誕生を寿ぎ、御霊の御力を乞い願う……」

 その声に呼応するように、龍輝晶がまばゆい光を放ち始める。

 美与様の手を通じて、龍脈の巨大なエネルギーが、龍輝晶を介して俺の体へと流れ込んでくるのが分かった。

「ぐっ……うおおおっ!」

 体が内側から焼き尽くされるような、凄まじい熱量。

 だが、それは苦痛ではなかった。

 魂が、より高次の存在へと生まれ変わっていくような、歓喜にも似た感覚。

 光が最高潮に達した、その時。

 俺の右手の甲に、灼けつくような痛みが走った。

「——極印、ここに顕現せり!」

 美与様の宣言と共に、光が収束していく。

 俺が恐る恐る自分の右手を見ると、その甲には、これまでなかったはずの複雑な紋様——ウキヨ英士の証である『極印』が、淡い光を放ちながら浮かび上がっていた。

「……これが……」

 極印に触れると、自分の半身を取り戻したかのような、不思議な感覚が俺を包んだ。

 儀式を終え、美与様はそっと息をつく。

 すると、控えていた侍女が静かに祭壇へと進み出て、美与様の前で深々と頭を下げる。

 美与様は無言で頷くと、祭壇に残された龍輝晶を、その侍女へと手渡した。

 侍女は、龍輝晶を白絹の布で丁寧に包むと、恭しく一礼し、静かに祭壇の間を後にする。

 俺はただ、己の右手に刻まれた極印を、万感の思いで見つめていた。


 祭壇の間から再び謁見の間へと戻ると、上座の玉座に輝吉様が座し、その隣に美与様が立つ。

 そして下座には政信の旦那と北斎が控えていた。

 俺は一人、広間の中央に膝をつく。

「——写楽」

 輝吉様の、将軍としての威厳に満ちた声が響く。

「そなたは龍穴の試練を乗り越え、巫女の祝福を受け、ウキヨ英士としての証である『極印』を得た。よって、これよりそなたに、帝都を守る剣、『ウキヨ英士』の職を与えるものとする!」

 その高らかな宣言に、俺は深々と頭を下げた。

 輝吉様が厳かに合図をすると、謁見の間の巨大な襖が、静かに開かれた。

 そこに立っていたのは、普段の油臭い作業着姿とは似ても似つかぬ、黒紋付羽織袴を隙なく着こなした、精悍な顔つきの——。

「げ、源内さん!?」

 浅草浮世組で、人力車の整備士をしている平賀源内その人だった。

 なぜ、彼が江戸城の、こんな場所に。

 当の源内さんは、俺の驚きなど意にも介さず、厳粛な面持ちで広間を静かに歩き、輝吉様の前で恭しく片膝をついた。

 その手には、白木でできた豪奢な箱が、捧げられている。

「写楽、驚いたか?」

 輝吉様が、静かに言う。

「この平賀源内こそ、帝都政府が誇る技術顧問にして、そなたたちウキヨ英士の武具を創り出す、天下一の科学者よ」

 つまり、浮世組の整備士というのは、世を忍ぶ仮の姿。

 その正体は、この国の科学技術の頂点に立つ、とんでもない人物だったのだ。

 源内さんは、輝吉様の前に捧げていた箱を、静かに開いた。

 中に納められていたのは、刀の『持ち手』の部分だけ。

 黒檀のような艶のある黒を基調とし、所々に精緻な銀細工が施されている。

 それ自体が美術品のような洗練された美しさを持っていた。

「そなたが龍穴から持ち帰った龍輝晶は、その中に組み込まれている。源内が、そなたのためだけに創り上げた、そなただけの刃だ」

 輝吉様は、その持ち手を手に取ると、ゆっくりと立ち上がり、俺の前まで歩みを進める。

 そして、それを俺へと差し出した。

「受け取れ。これが、そなたが振るう力。ウキヨ英士の魂——『龍輝筆刃』だ」

 俺は、震える手で、その持ち手を受け取った。

 ひんやりとした金属の感触。

 だが、手の甲にある極印が、持ち手に込められた龍輝晶に呼応するように、じわりと熱を帯びる。

 まるで、己の半身を取り戻したかのような、不思議な感覚だった。

「さて、写楽」

 輝吉様は、満足そうに頷くと、再び上座へと戻った。

「これで、そなたはウキヨ英士となった。……最後に、ウキヨ英士としてのお主の名を与えねばな」

「名、ですか?」

「うむ。ここにいる北斎の名も、かつて我が与えたものだ」

「へぇ~~。そうなんだ」

 驚いている俺を尻目に、輝吉様は続ける。

「うむ。……しかし、そなたの魂の形を思うに、もっとこう、勇ましい名が良いやもしれんな。例えば、『獅子王ししおう』などはどうだ?」

 あまりに大層な名前に、俺がどう反応すべきか戸惑っていると、下座から政信の旦那が、たまらずといった様子で口を挟んだ。

「恐れながら、輝吉様。そいつはちいとばかし、この男には立派すぎやしませんか? それに、こいつは俺たちの前で最初から『写楽』と名乗って、その名で戦ってきた。今更変えちまうのは、野暮ってもんでしょう」

 輝吉様は、政信の旦那のその言葉に、楽しげに口の端を上げた。

「ふむ、政信の言うことにも一理あるか。確かに、『写楽』という名は、そなたの得体の知れなさをよく表している気もするな。……よし、ならば決めだ!」

 輝吉様は、玉座からすっくと立ち上がると、その威厳に満ちた声で、高らかに宣言した。

「聞けい! お前は今日から、ウキヨ英士『写楽』だ!」

 その言葉が、広大な謁見の間に響き渡る。

(結局そのままかよ……)

 内心で毒づきながらも、俺は込み上げてくる熱い何かをこらえ、深々と頭を下げた。


 こうして、未来を変えるという使命を背負った、一人のウキヨ英士が、帝都に誕生した。

 その名は、写楽。

 これは、後に帝都の運命を大きく揺るがすことになる男の物語である。

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