江戸城での再会
美与と名乗る令嬢と寡黙な執事が訪れてから、数日が過ぎた。
俺は、あの一件以来、どこか上の空で修行に打ち込んでいた。
脳裏に焼き付いて離れないのは、自分の腕から放たれた、あの得体の知れない力。
そして、俺を見つめていた執事の鋭い眼光。
(……やっぱり、ただもんじゃねえ)
あの二人は、間違いなく俺の何かを見ていた。
(いずれ何らかの接触があるはずだ)
その予感は、良くも悪くも、すぐに現実のものとなる。
その日の稽古が終わり、俺が汗を拭いていると、組頭である政信の旦那が、北斎を伴って静かに現れた。
その真剣な表情に、俺はごくりと唾を飲む。
「写楽」
政信の旦那は、真っ直ぐに俺の目を見て言った。
「江戸城へ行くぞ。ウキヨ英士となるための、試練を受けにな」
その言葉は、唐突でありながら、俺がずっと求めていたものだった。
「……江戸城には、俺と北斎が同行する」
政信の旦那は続ける。
「北斎には、お前を龍穴へ導く役目を担ってもらう。心して臨め」
その言葉に、これまで沈黙を保っていた俺は、静かに頷いた。
翌日。
俺は、いつもの動きやすい車夫姿のまま、政信の旦那、北斎と共に仲間たちに見送られて浮世組の門を出た。
「おい、写楽」
不意に、背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには応為が、腕組みをして立っている。
「……なんだよ」
「……別にあんたのことなんか心配してるわけじゃないからね。ただ、組頭や兄貴に恥をかせるような真似だけは、すんじゃないよ」
そっぽを向きながら、ぶっきらぼうに言い放つ。
それは、彼女らしい、不器用な激励だった。
俺は、思わずにやりと笑う。
「へっ、誰に言ってんだ。任せとけって」
応為の言葉に背中を押され、俺が再び歩き出そうとした時、北斎が、その前に静かに立ちはだかった。
「……忘れるな」
北斎は、ただ一言、そう呟いた。
「お前が、何のためにここに来たのかを」
浮世組の前には黒塗りの自動車が一台待機していた。
乗り込む直前、俺は一度だけ振り返る。
そこには、俺の帰りを待つ、気まずくて、不器用で、それでいてどこか温かい仲間たちがいた。
(……行ってくるぜ)
心の中で呟き、俺は政信の旦那、北斎と共に車に乗り込む。
その先に待つのが希望か、それとも新たな絶望か、まだ誰も知らない。
扉が閉まり、自動車が静かに走り出すと、俺の運命の歯車も、大きく動き始めた。
黒塗りの自動車が、江戸城の大手門を音もなく滑り抜けていく。
車窓から見えるのは、幾重にも連なる巨大な石垣と、天を突く壮麗な天守閣。
俺は、その圧倒的な光景に言葉を失っていた。
自分が今、この国の中心にいるという実感が、じわじわと胸に広がっていく。
やがて車は、城の最も奥まった場所にある、一際大きな御殿の前で静かに停止した。
案内に従い、俺、政信の旦那、北斎の三人が足を踏み入れたのは、百畳はあろうかという広大な謁見の間。
床には深紅の絨毯が敷き詰められ、壁には金箔で描かれた勇壮な龍の襖絵。
そのあまりの豪奢さに、俺は気圧されそうになるのを必死でこらえた。
謁見の間で政信の旦那、北斎と待機していると、
広間の最奥にある、一段高くなった上座に、ひとつの人影が現れた。
それは、この前浅草で会った、高飛車な令嬢——美与。
今日は豪奢な十二単を纏い、その姿はまるで人形のように美しく、そして神々しい。
その直後。
「上様御成ー!!」
謁見の間に声が響き渡る。
「写楽!」
政信の旦那に注意され、急いで頭を下げた。
無音がその場を支配する。
しばらくすると、
「……面を上げよ」
男の、低く、そしてよく通る声が、広間に響き渡った。
頭を上げた俺は目を見開く。
「なっ……」
そこにいたのは、浅草で会ったあの寡黙な執事だった。
しかし、その雰囲気は浅草で会った時とはまるで違う。
軍服のような洋装に豪華に装飾されたマントを纏った彼の瞳には、他人を寄せ付けない力が宿っていた。
「あ、あんた……一体、何者なんだ?」
俺が思わずそう口にすると、隣にいた政信の旦那が、小声で鋭く窘めた。
「馬鹿野郎! 口を慎め! この御方こそ、当代の征夷大将軍、徳川輝吉様にあらせられるぞ!」
「……はあ!?」
政信の旦那の言葉に、俺は今度こそ度肝を抜かれた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
次回は5月6日(水)19時に更新予定です。




