3話
サテマ行きは足がつかないよう徒歩での移動だった。徒歩だと王都ウルヴィスから三日ほどの距離にサテマはある。。騎士団の面々はともかく、リンネは二日目の時点で疲労困憊だった。
「なんね兄貴、もう疲れたんかいな。せやから運動せい言うてんねん。」
陽気に話しかける男はリンネの連れである。名をグレイといった。グレイはもともとサテマに住んでいたため、コーディネーターとして連れてきたのだ。
「グレイさぁ、俺が研究職って事いい加減わかってくれへんか?」
リンネはグレイと話す時は彼の口調に合わせるようにしている。そうしたほうがグレイの機嫌が良いのだ。
「おいリンネ、そいつをいい加減黙らせてくれないか。私たちだって疲れてはいるんだ。うるさくて敵わん。」
「すんません姉御。あっと、すいませんねぇ。」
つられてハンナに対しても口調が変なままになってしまった。リンネの口調がよほど面白いのかダイナがくすくすと笑っている。そうしているダイナは少し幼く見える。いつもこれくらい可愛げがあっても良いだろうと思うリンネだった。
「んで、兄貴。いい加減何しに行くか教えてくれてもええんちゃいます?ワシかて危ない橋渡っとるんですよ。」
「俺にも分からんねん。4日前に言われたばっかりやさかい。団長に聞くのが手っ取り早くてええと思うで。」
リンネは視線でハンナに圧をかける。ハンナはそんなことは歯牙にも掛けないとでも言わんばかりに歩みを進めた。
「なぁ姉御、たのんますわ。な?な?いいですやん。もうワシかてしんどいんですよ。勘弁してくださいや。ほんまかなわんわ。」
ハンナは渋々と言ったように答えた。
「散々言ってるだろう、目的などないと。遺留品があれば拾う。なければそのまま帰る。現場の劣化具合を確認するのも大事な仕事だ。特別な目的などない。」
グレイはわざとらしいため息をついて大きく肩を落とす。
「ほんまでっかいな、、、」
「ほらバカなこと言ってないで、見えてきましたよ。」
ダイナが声をかけて、木々の先にある平地を指差した。そこには指すべき何かはないように見えるが。
「あれがサテマか。本当に消滅しているんだな。」
「ロマニア最大の都市があそこにあったなんて、、、もう想像すらできませんね。」
リンネとダイナは事件後のサテマを目にしたのは初めてだった。それはあまり都市があったとは想像できないような、何もないだだっ広い草原だった。ダイナの腕に鳥肌が立って、目には涙が沁みる。確かに根源的な何かが湧き上がるような感覚があった。
その日はもう少し進んだところで野営をした。皆疲労のためかあまり喋ることもなく寝ついた。
日が明けてさらに少し歩いた。歩き始めて3日が立とうとしている頃だった。一行の目の前には大都市の残滓、広大な草原となって久しい「商業都市サテマ」があった。
「兄貴、ここが旧南門です。ここから少し傾斜を登った先に商業組合がありました。」
少し俯き気味になったグレイの肩をポンと叩いたリンネは、ハンナに魔法院の場所を聞いた。聞かれたハンナはは少し困ったように言葉を詰まらせた。
「、、、こうなってしまってはもうどこに何があったかなどわかりようもないさ。勘で探り当てるしかない。」
「なんね姉御、ワシがおりまんがな。道案内なら任せといてください。ちょうどええことに舗装路は多少残ってるっぽいんでなんとかなりますで。」
グレイはハンナにグッと近寄ってそう語りかける。肩と肩がぶつかる距離だった。しかしハンナはかなり小柄なため、細長いグレイはかなりかがみ込む形になっている。ハンナはグレイの距離感に珍しく目を白黒させて答えた。
「あぁ、ありがとう。では、魔法院まで案内してくれ。」
遠目で見ていたダイナがリンネに声をかける。
「グレイさんって何者なんですか?信頼できるんでしょうね。」
リンネがその問いかけに少し驚いたように目を丸くしてすぐに失笑した。ダイナはそれを見て何が面白いのかと不服そうに顔を顰める。
「あの怪しさだから疑われても仕方ないな。まぁ少なくとも今回は信頼できるよ。あいつは商人だから貸し借りにはうるさいんだ。とは言っても今は遊び歩いてるだけの無職なんだけどな。」
「なんですのん、ワシの悪口ですかいな。そう言うのはワシのいる前でやってくださいや。」
ハンナと話していたはずのグレイが飛んできて突っ込みを入れた。グレイの耳の良さは相変わらずなようだ。
「そんなことより、もう着きまっせ。」
「、、、お前、優秀だな。」
ハンナが素直に褒めた。ダイナもリンネもその驚きの光景に口が開いて閉じない様子だ。およそ天変地異が起きたような衝撃が2人を襲う。
「なんだその顔は。私は感情で人の評価を曇らせるような愚行は犯さないぞ。まぁいい、ともかく調査だ。」
調査といっても地味なものだった。中腰になって草むらをかき分けるだけの作業。建物の基礎が時折顔を出しては消えて、それらしい遺物も見当たらない。グレイがいるから場所は絞れたが、だからといってやることは変わらなかった。そのような作業を続けて1、2時間もすれば、リンネの限界がくる。
「無理だ、もう動けん。」
「貴方いい加減にしなさいよ。まだそれほど時間も経っていないでしょうに。」
ダイナが腰に手をついて叱る。地面に仰向けに寝転がるリンネの視界に、黒髪が乱入してきた。
「これ、俺たち来た意味あるか?」
「あるに決まっているだろう。」
ハンナが声を張り上げてそう言う。曰く、近くにランドマークになりうる瓦礫が無い場所は探されていない可能性が高いそうだ。だから物量作戦でやるのが良いらしい。
「そんなもんかねぇ。」
一息ついて1時間ほど経って、ようやくリンネが動き出す。気合を入れて両の頬を叩いてみせた矢先のことだった。グレイが遠くから金切り声をあげて近づいてきた。
「やばい!第五騎士団だ!見つかったら即豚箱や!」
だけれども、誰もその言葉に反応しなかった。ダイナは少し動揺したようだが、リンネとハンナの様子を見て大丈夫だと判断したのだろう、すぐに落ち着きを取り戻した。
「あんたら何落ち着いてんねん。はよ逃げなまずいで!許可とってへんのやろ?!」
「まぁ落ち着けよグレイ。」
リンネはグレイの肩になれなれしく腕をかけて動きを制する。グレイはすぐに振り解いて、怒声と言えるほどの声をあげた。
「あんたら何ぼけっとしとんじゃ!ワシは捕まりたないからな!先逃げるで!ええんやな?!ほんまに逃げるからな!!知らんで、もう!」
「はやく逃げたらええやん。」
ハンナがグレイの口調を真似てそう言う。ダイナがあまりのおかしさに吹き出してしまった。リンネも思わず振り返る。
一行はガヤガヤと時間を無駄にしつつ、しかし絶対に余裕を失わなかった。遂に騎士団の騎兵の一隊が到着し詰問を始める。
「貴様らここで何をしている!!」
「ちょっとね、ピクニックをしてました。」
リンネがおちゃらけた調子で返す。
「そんな不謹慎なことをするやつがあるか!そこの3人、しゃがみ込んで何をしている!」
「落とし物を探していたまでだ。」
「もういい!貴様ら、手をあげてこっちに来い。都市法に則って拘束させてもらう。」
「へいへい。」
リンネは静かに騎兵の元へと歩み寄った。おそらく騎兵隊の隊長だろうと思われる人物と数十秒睨み合う。騎兵の顔は鎧で隠れて見えないが、確かに殺意のこもった視線を感じ取ることができる。確実に敵意を持たれている。しかしそうしているうちに、その殺意はみるみる鳴りを潜め、騎兵隊は目的を失ったかのようにリンネと間を開け始めた。
「さようなら」
リンネが一言そう言うと騎兵隊は反転してどこかへ行ってしまう。リンネの足元にさらさらと砂が流れた。
「、、、何が起こったんや。」
グレイが鬼の形相で騎兵隊の方を見つめて純粋な疑問をぶつけた。
「飽きたんじゃない?それともめんどくさくなったか。」
「そんなわけあるかぁ!ボケェ!兄貴今何したんじゃ?!」
「何もしてないってホントホント。」
ヘラヘラしたリンネの態度に半ば諦めたかのようなため息をついてくるりと背を向ける。
「兄貴に秘密が多いんは知っとる。ただ隠す努力はしたほうがええで。ほんまに。」
「ご忠告どうも」と応答するリンネ。一行には沈黙が流れる。ハンナが潮時だと言って撤退を決定するまでは冷たい空気が場を支配していた。
帰ってきた一行はリンネの執務室に集まった。グレイは早々に帰ってしまったのでいつもの三人だ。
「で、何かわかったやつはいるか?」
リンネとダイナは顔を見合わせる。ただ原っぱを中腰になってモゾモゾしただけでしょ、という共通認識を確認した。
「私はこれを持って帰ってきた。」
当然のようにリンネの机に座るハンナは執務机に玉虫色に輝く板を置いた。それは表面に規則正しいパターンが記してある。ほぼ真円の鏡のようなそれは金属でできていた。
「これは、、、なんですか?」
ダイナが問うと待ってましたと言わんばかり喋り出す。
「これはおそらく魔法実験によってできた失敗作だ。なんの効果もない綺麗なものが出来たと言うだけなんだが、今までで一番大きくやけに人工的だ。」
リンネにも話の筋が見えた。
「なるほど、これが落ちていたと言うことは、あそこでかなり大きい実験があったと言うことですね。」
「そうだ。ここまでのパターンを刻むのはどこの工房に頼んでも無理だろう。かなり高度な魔法だ。」
つまりは、事件以前に発生した遺留品が事件後も残っている。これを魔法的に解析すれば、どれほどの規模でどれほどの実験があったのかわかるし、おおよそだが誰が関わっていたのかもわかる。場所に間違いは無かった。ならば今度は議会に許可を取って大人数で行けば良い。
「それで、リンネ君。君に頼みがあるんだが。」
発見に興奮していた顔が即座に凍りつく。ダイナが肩を叩いた。その顔はなんとも言えない微笑を浮かべていた。




