其ノ四拾壱 神の化身が生まれる村
「我らは更なる力を外に求めるが、あの者たちは己の内に求めておる。幾星霜の年月の中で、たった一人の化身にのう」
奇妙な村だった。
チベットの伯舒拉山脈に位置する、辺境の土地。真っ青な空と土色の山肌に不思議と調和して、多様な家屋が緩やかな斜面を密に覆う。土壁や石積みにレンガ積み、ログハウス風から瓦屋根のものまで、その造りは実に様々である。住人の大半をチベット民族が占めるようだが、見たところ彼らのルーツは一様でないらしく、それがこの雑然さを生み出す一因となっているのだろう。
「བོད་ཇ」
村人たちが大釜で作っていたバター茶が、私にも振る舞われた。まだ夕方なので涼しい程度の寒さなものの、標高が四千メートルを超すこの地では、夏であっても夜は氷点下に達してくる。今の内に、ありがたく温まらせてもらうとしよう。
うん、お茶としては薄めだけども、塩気とヤク乳のギーの風味がいい感じだ。体に染み渡り、ほっと一息つける。ヤクの糞を燃料にして沸かされた点も趣深い。
それにしても、近隣の村ですらバスも通わない最果ての地に、茶葉を運んでくる人間が本当に居るのだな。穀物も野菜も綿花も育たないような土地であるが、それらの物資にしても質素な生活が出来るくらいには入ってくるようだ。少なくとも、子を成して育てるのに足るだけの環境ではあるらしく、子供の姿はそれなりに見られる。
先日に独立を宣言したばかりの政府から、この村に足を踏み入れる許可状をもらった時に聞いた話では、チベットの人々はここをある種の聖地として捉えているそうだ。寺院などは皆無であり、住人たちは僧侶というわけでもないのに、彼らへの献上品を持って遠路はるばる訪れるらしい。なお、人数限定で許されていた外部からの移住は、20年くらい前から受け入れ停止になっているという。
どうやら、中国による民主改革・文化大革命の影響もほとんど受けておらず、その異様なまでの特別視には、「戦闘を生業とする一族の王」に聞いた情報を抜きにしても興味をそそられる。
「ヴゥンッ」
む。
「キョウジュ~! アウの、ヒサシブリっ!」
虚空から奇怪な音がしたかと思うと、空間干渉能力を繰る双子、その兄の方だけが現れた。瞬間移動とは本当に便利なものだな。
私のとこまで駆け寄ってきたので、頭をわしわしと撫でてやる。妹の方も元気にしているだろうか。
「ゲンキにシテルよ! モウ、ニンシン5カゲツ!」
それは良かった。異性一卵性双生児の間で生まれた子供たちが交配を重ね、老若男女を問わずに似通った肉体・精神の人々から成る村が新たに生じる。その第一歩なのかと思うと感慨深いな。
「ソウダ、コノヘンのサンプルをアツメルね」
物体引寄で村人たちから血液サンプルを次々と採取して、アナライザーに送ってくれている。これで解析をどんどん進めていける。やはり便利だ。
とは言え、妹との共鳴をせずとも1人でレヴェル6強の超能力を駆使する人材、妖精級の戦闘エージェントの片割れを、そんな雑用で呼んだわけではない。
今や盟友となったあの少年王の話をそのまま信じれば、この村は「神の化身」を生み出すための装置なのだと考えられる。そしてそれは、想定される生物学的な特異さも考慮すると、かなり強力な超能力の使い手を成立させる可能性が高い。そうした相手と敵対的に遭遇した場合の備え、としての同行なのである。
「ウエのホウに、ターゲットがイルンダよ。ハヤク〜イコウっ!」
……可能性は極めて低いが、万が一にでもレヴェル7と相対するケースを考えるなら、それはもう身の毛がよだつ。思い出されるのは、私が新人の頃に遭遇した2顔4腕4脚の異形、歴史上で唯一、日本列島にて存在が確認されている最高位の超能力者、「両面宿儺」との戦いである。
飛騨の山奥にて廃寺から発見されたその即身仏は、それは見事にシンメトリーな背面結合の双生児にして、神話さながらの一頭二顔体だった。ひかがみとかかとを欠くと伝承されていた身体的な特徴は、中足骨が異常に長く発達することで趾行性の動物が如くの脚部を呈していたからとも判明し、心躍ったのも束の間。「動く死体」系統の妖怪として復活を果たし、未曾有の超常戦が勃発した。
その強大な念動力は天を裂き、地を砕いた。両面の顔に死角は乏しく、放射状に配された獣脚の機動性は人外の疾さ。我々も彼々も一体となり総力を結集し、多くの貴重な戦力を失いつつも、どうにか封印を果たした大戦であった。
「アレ〜、フインキがカワッタね」
山の斜面を横切る川を渡ったところで、確かに村の雰囲気がガラッと変わった。ここまで臭ってきそうな鳥葬場が見下ろせるとか、そういった程度の話ではない。
建ち並ぶのはどれも古びた石造りの住居であり、下の村と比べて明らかに寂れた感じがする。人々の年齢層は有意に高く、子供は1人として見当たらない。見た目はより均質的なイメージを受ける一方で、両眼接近や低い鼻に人中の低形成など、特徴的な相貌の者もちらほら見受けられる。
「コッチも、サンプルをアツメルよ」
政府の担当官は、川から先のことを外部の者は立ち入れない場所くらいに話していたが、内外どころか村の上下でも分断が為されているようだ。
上の村では近親交配を常として遺伝子変異を多重にしていき、下の村では外部からの血を取り入れて健康体のストックにしている感じだろうか。そして今は、後者でも閉鎖的な環境を形成していると。
…A級諜報員が報告してきた文献の内容を思い起こすと、生殖的にクローズな状況が数百年に1回くらいのペースであった、と推測するのは可能だな。その数字は、あの王の話と符合するところもある。
んむ、下の村人たちのゲノム解析は終わってきてるか。ほーう、これはまた、特徴的な遺伝子について変異が見られるな。SHH、ZIC2、TGIF1、SIX3といった、その障害が大脳半球の不分離に寄与し得る遺伝子について、幾つかで変異を持っている人が多い。
選択的スプライシングで生じる未知のミオシンを発現する者も居るが、シミュレーション結果によると、これはそれらの変異による影響をリカバーするよう働くとなっていて、関連性が興味深い。
ああ…どれも子供だな。それと、父母から受け継がれる遺伝子の片方だけで変異が確認される。父親が共通している可能性が高いか。
なるほど、おそらくは上の村における成果物を掛け合わせたのだろう。そして、それはこの地の王だと
「キョウジュ! キをツケテっ!!」
「ゴパギャシャァァ!!」
何の攻撃かは分からなかったが、空間を歪めることでガードが成功したようだ。仕掛けてきた者の姿はもうもうとした土煙に隠れているものの、それも少しずつ晴れてくるので目視に傾注する。……おお、これは素晴らしい!!
単眼。顔中央に1つ目の人間。成体としては、私も初めてお目にかかる。
ギリシャ神話のキュクロープスを始めとして、多くの神話や伝承にて語られる異形の代表格ではあるが、それを生物学的に成立させることの難易度は著しく高い。
発生において眼球の元となる眼胞は、前脳の一部から突起状の構造として2つ作られ、それらが側方に伸長していくのが正常である。単眼症はそのメカニズムの不具合によって生じてくるものであり、これには顔面の奇形と脳機能の深刻な障害が伴われる。そのため、大多数の胎児は生存しない。眼球の形成が脳の初期発生の一部だという事実から、この運命より逃れることは非常に厳しい。
しかし、この村ではそれを可能にしたのだ! 実物とゲノムを見ればその手があったかとなるが、SHHに関する2種類の変異型を組み合わせた軽度の奇形となる程度の全前脳胞症をベースとして、それ単体では特に効果の無いZIC2、TGIF1、SIX3のヘテロ接合を調整的に上乗せすることで、比較的マイルドな様相の単眼症が出来上がるのだろう。
マイルドとは言っても生後間もなく死んでしまう程度のはずだが、これらの変異による影響を掻い潜れる特殊なミオシンの作用によって、眼胞は伸長を抑制されて融合の末に単眼となりつつも、脳の大部分では左右の分離が正常に進んでいるとしか思えない。
「ゴガガガガガガッ!!」
特に、このミオシンの発現にはかなり玄妙な制御が求められてくるはずだが、私の脳内シミュレーションによると、このゲノム配列であれば確かに可能だろう。こういう出会いがあるから、フィールドワークは止められない。
「ズギャギャギャッ!!」
5種類の遺伝子について、特定の組み合わせとなった場合にだけ単眼が成立し、そうでなければ特に形質は現れなかったり、両眼接近などの奇形に留まったり、あるいは調整されていない単眼として死んでしまうのだろう。
「キュドドドドドッ!!」
人口や出生率などに幾つかの仮定をすると、「単眼の王」が生まれるのは確率的に数百年に1人といったところか。一説によると、生物学的に特異な存在を得るための過程、そこに至るまでの数多の犠牲が生贄の儀式として機能することで、強大な超能力の源が呼び込まれるという。
「ゴガラガラガラッッ!!」「ドドドドンッッ!!」
おや、気が付くと場所を移動されてたか。私に危害が加わらないように、観察は出来つつ安全な場所へと物体送信で飛ばしてくれたようだ。
ふむ、単眼の胎児や赤ちゃんの髑髏を積み上げ成した宮殿か。生を得られなかった単眼が、彼らの王の居城となって在り続けている。異形が必ずしも超能力に目覚めるわけではないが、この辺が呪術的なスポットとなって蓋然性を高めているのかも知れない。
それにしても……こんな落雷までも繰り出すほどの電子操作能力とはまた、凄まじいな。暗雲と雷雨という今時期の夜の風物詩がブーストしているとは思うが、そもそもレヴェル6に達する出力の精神波がなければ無理な芸当だとも思われる。
双子の兄はポテンシャルでこそ負けていないが、経験と技術の面でやや劣ってはいるだろうか。遠距離からの攻撃を得手とする相手に対し、こちらはどうしても近距離での防御に偏ってしまう感じで相性もよくない。妹が居ないと空間の断裂は作れず、瞬間移動での接近は全方位への放電を警戒すべきで悪手となるのだ。この闘い、長引きそうだな。
私は絶縁性のポンチョに身を包んで、これを見届けることにした。出来るだけ早く、成体の単眼をCTスキャンで観察してみたいところだが、焦ってはいけない。その機は訪れる。兄であり父となる男の力を、私は信じている。
…見れば見るほど、顕著な単眼だなあ。鼻には穴もなくて目の上に肉の塊としてあるし。これで前脳分離の不全くらいのはずなのだがら、興味を抱くなというのが無理だ。
――ともかく。空間を震い渡らせ、雷鳴の轟き広がる長い長い時間がここに始まった。
まばゆい太陽と四日月が昇り、沈み、
雷光と重なって五日月が昇り、沈み、
歪む空間の先に六日月が昇り、沈み、
晴れ渡る青空に七日月が昇り、沈み、
そうして、四日四晩と続いた天変地異にも等しい争いは、5日目にしてついに終わりを迎えた。2人の間には熱い友情が芽生えたらしく、力強く握手を交わしている。その隙に頭部のCTスキャンを済ませてもらったが、前頭葉と視床の分離不全が見られる他は、概ね正常な所見であった。素晴らしい。いや、素晴らしい。
近親交配の末に生まれた奇跡の存在は、下の村にて自身の子を成し続けている最中で、その子孫の中から、また新たな奇跡が悠久の時を経て結実するのだな。そんなサイクルの節目に来られたことに満足しながら、私は次の村へと歩みを進めた。




