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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ四拾弐 魔女が癒してくれる村

 奇妙な村だった。


 ドイツ連邦共和国の黒い森(シュヴァルツヴァルト)に位置する、山中の集落。黒緑色な針状の葉を携えたヨーロッパトウヒが基調を成し、その黒さの合間で風情ある農家の建物が軒を連ねる。藁葺(わらぶ)きの大屋根が低層階まですっぽりと覆う家々は、日本の合掌造りに似ても見え、養蚕スペースでこそないものの、家畜小屋が住居と一体な点にも類似性が感じられる。小規模ながら修道院もあり、そこの女性たちが作るビールは村の特産になっている。


 そして、この村は古くから「白い魔女」が時折に現れる場所として知られてきた。ゴブリンの群れを追い払ったとか、癒やしの霊薬を与えてくれたという伝説が、まことしやかに語り継がれ、今世紀における目撃例についても少なくない。


「Was möchten Sie bestellen?」


 現に私もその1例を担っており、今日は彼女に頼みごとをするため再訪している。なので、ヴァイツェンを注文して待つことにしよう。魔女に行き会うなんてのは、酔ってるくらいに正気じゃない方が都合いいのだ。


「Hier ist ein Bier」


 うん、美味いな。とても美味しい。抜群にフルーティーな香りがグラスから立ち上るし、苦みをほとんど感じない柔らかな味わいが口内に満ちてくる。4-エテニル-2-メトキシフェノールがクローヴの刺激を想起させ、酢酸イソアミルがバナナの風味をもたらしているのだな。小麦麦芽がたっぷりと使われていてタンパク質に富む上に、無濾過タイプを選んだので残存する酵母が相まって、私好みの爽やかな白さで濁っている。心地良い気温の昼間からこれとは、大変に満足である。

 さて、料理は何を頼もうか。この辺りは隣国のフランスやイタリアの影響を受けたものが多いし、内臓を使ったメニューも楽しめる。魔女に会えるまで頑張らねば。


 数時間が経過。


 ……ふーむ、飲んだな。もうすっかり夜になったが、体が温まっていて肌寒さなんかは感じられない。ここまで待っても遭遇を出来ないとなると、夜の森へ足を踏み入れる必要がありそうだ。では、行くか。


 村の外れを5分ほども歩くと、そこはもう、今では数少ない原生林へと移り変わっていく。ヨーロッパブナとヨーロッパモミが優勢を保っている混交林。そして、「迷いの森」だとか「帰らずの森」などと呼ばれる魔境でもある。物理学部門の調査によると、カラビ・ヤウ多様体投影型というタイプに分類されるらしい。

 とは言っても、ここはまだその周縁部に過ぎず、魔女が住んでいる領域へと進むには、まず入口を見付ける必要がある。村の中心地からそう離れていない範囲内でとは言え、絶えず変動するそれの発見は中々の難易度だと思われるが、一度知ってしまえば特定するのはそう難しいことでない。


 高さ50メートルを超すヨーロッパモミの巨木にしがみ付いて登り、枝が密になってからはそれらをはしごの様にして上っていく。眼鏡の暗視機能をフルに稼働させ、星空がわずかに暗くなっている円形のゾーンを探すように見渡し……あった。直径は270メートルくらいと、今回はやや小さめで助かるな。

 足元の安全を確保しながら地面まで降り、視認することの出来た入口まで歩いていく。背の高い木々が枝葉を重ねる林床は、天頂に半月が座していてもなお暗い。


 確認したゾーンの直下に着いたところで、次の動作へと移行する。ほの暗い星空が控えめに照らし出す空間、その円周を踏みしめつつさ迷う行為である。少なくともぐるっと1周しなければならず、大抵は両手で数える程度は周回する必要があるという。こちらとあちらの境界を踏み続けることで、偶発的に跳び越えてしまうのを期待するわけだが、そのメソッドを知らずに成功するにはかなりの運が必要だろう。


 そろそろ2周目に入るかな。今回は朝までかからないといいが…っと! 目の前にオークの巨木が生えていて、ぶつかりそうになってしまった。ん……これは、もう()()()のではなかろうか。


 満天に(きら)めき広がる星々が降り注ぐかの様に辺りを照らし、朝でも昼でも夜でもなく、他に類を見ない幻想的な世界が顕現している。天空の中心に浮かぶのは表裏半々の()()であり、その明るさは今より地球のはるか近くに位置した原始のそれを上回る輝き。時空を超えて光が徴収されてくるこの領域だけで見ることの可能な、世にも奇妙な光景と言えるだろう。

 森を構成する樹種も外界とは異なって、オークやシラカバ、イチョウにセコイアなど、離れた時代のそれぞれに繁栄した木々の子孫がそこらに見られる。


(おやおや、お久しぶりね。探し究めんとする坊やさん)


 お出ましになったか。この「水月の森」の主にして、白魔術の祖とも言われる大いなる魔女。ねじれ渦巻く念話(テレパシー)の様な声が頭に響く。かつて2顔4腕4脚の魔人が世界を滅ぼそうとした時に、数千年ぶりで現世(うつしよ)へ出てきたとされる彼女は、その戦いで示した力によって今や裏の世界ではトップクラスの有名人だ。

 その姿は、若く美しい淑女にも見えるし、わし鼻の目立った老女にも見えてくる。声も形も年齢すらも定まることはなく、揺らぎ揺れる生きたトリックアートの様な存在だと言えよう。


(くすくす、薬が欲しいのよね。精神力をとびっきり良く回復させる霊薬が)


 流石というか当然というか、私の要件はお見通しのようである。そう、四日四晩もの間をレヴェル6強の超能力でもって闘い続け、精神波の出力が著しく低下中な妖精級の戦闘エージェントのため、特別な回復薬が欲しいのだ。「超能」を対象とはしない我々には理解の外な分野だが、偉大なる魔女であれば対応可能な範疇(はんちゅう)であろう。


(ではでは、出迎えてあげもしたのだし、材料集めくらいは手伝ってもらおうねえ)


 それは願ったり叶ったりだ。この森は、言ってみれば天然の結界の内側に生じた、極めて特異な隔離空間である。来るもの拒まず去るもの逃さずなルールで成り立っており、一方通行な環境に加えて異質な時間の流れが故に、数多くの絶滅種が昔のまま生き続け、また、多くの生物が独自の進化を遂げている。

 こうして歩いているだけでも、古代ローマ人が食べ尽くしたとされるシルフィウムや、花を咲かせるに至った伝説上のシダ植物の類いに、体高2メートルに達する特大のオーロックスなど、驚異的な動植物が見かけられる。今回は手伝いという名目で、その一部の調査を許されたと理解していいはずだ。


(ほらほら、洞から薬草が生えているでしょう? あれを採ってきてくださいな)


 グリム童話に出てきそうな形状の(いびつ)なオーク…これはヨーロッパナラか。ゴツゴツとしたその樹表に手足をかけて、ひょいひょいと登っていく。魔女が指差していた地上22メートルほどの高さまで上がり、そこにある木の洞を覗き込むと、確かに何やら草が生えている。スペインカンゾウ、つまりリコリスに似ているが、全体的な雰囲気はやや違っている。


(ねえねえ、根も残さずに丸ごと採ってね)


 指示された通りに全草を採取して、その際に手に付着させたエキスをアナライザーで解析にかける。まあ霊薬としての薬効は、生育中に霊子を受けたことによる変質の寄与するところが大きいわけだが、私の知りたい生物学的な情報に関しては十分に理解が可能だろう。


 残念ながらこの後は、容易に採れることもあってか私が触れる機会は無かったものの、他にも色々な薬草などを集めながらの道中だった。ドクニンジン、ミント、クルミ、オトギリソウ、ベニテングタケ…どれもこれも既知の種類とは少しずつ違って興味深くはあったが、無理に調べることなど出来るはずもない。鎮静作用を期待しての原料なのだとは、外の世界における種からの類推で察せられはしたが。


(さあさあ、さっと作ってしまいましょうね。お家にお入りなさい)


 森の小道を進んでいった先は少し開けたスポットになっていて、ややサイケデリックな印象の建物が、星明かりと月明かりに照らし出され(たたず)んでいた。(いざな)われるままに、その魔女の館へと足を踏み入れる。

 ……!! これは、もしかして……!!


(あらあら、あなたが言ったのでしょう? 魔女と言えばこうだって。朝から急いで作ったんだから)


 扉の向こう側から漂う甘い香りは、この家の中のほとんどをスイーツが構成していると雄弁に物語っていた。いやまさか、魔女の住む森という本場で「お菓子の家」を訪れることが出来るとは。


(くすくす、薬はすぐに作りますからね。お菓子でも食べて、ちょいと待っててくださいな)


 それでは、お言葉に甘えて。ジンジャービスケット製の椅子に腰を下ろしつつ、それを少しだけかじる。うん、カルダモンとシナモンの香りが特徴的だ。お次は、机の上部そのものであるサクランボ酒のココアケーキ、シュヴァルツヴェルダーキルシュトルテを頂こう。…う〜ん、チョコとお酒とホイップクリームがとってもいい。もう豪快に食べてしまおう。

 ああ、壁はシュトロイゼルクーヘン、柱はバウムクーヘンだな。どのくらい食べても倒壊しないのだろうか。ダンプフヌーデルもあるのかな…お、あのランプがそうか。いやはや、これはほんと楽しいぞ。


(うふうふ、嬉しいねえ。それだけ喜んでもらえると)


 私はケーゼトルテの時計も半分ほど食べ進めながら、その声なき声に笑顔で返した。いやあ、ヨーグルト感のあるフレッシュなチーズケーキで好きだなあ。

 お、薬作りはもう結構進んでいるようだ。厳選した薬草の全体あるいは特定の部位を、おそらくは定められた順番とタイミングで投入し、乳鉢の中で摺り合わせている。投げかけられる怪し気な呪文も、パフォーマンスではなく意味があるのだろう。


(ひぇひぇ、秘伝のレシピじゃよ。練れば練るほど、色が変わって……)


 濃緑色だった練り物が、だんだんとその色味を変えていく。クロロフィルがフェオフィチンに変化しているのか? いや、それにしては黄葉していくかの様な鮮やかさを呈している。不思議なものだ。おそらくは物質的な変化ではないのだろうし、その道の専門家が見ても分からない可能性は十分にある。

 アナライザーの解析結果を見てるくらいが、私にはちょうどいいだろう。…ふむ、やはりあの洞の草はスペインカンゾウに由来していたか。そして、メラニン細胞刺激ホルモンの合成を高める効果を得ているようだな。これも精神力の回復に役立つのだろうか…?


 こうして思索を挟みながらも、私はお菓子で作られた家をこれでもかと堪能していった。ぎっしり詰まった質感なモーンクーヘンの天井も、フィリングがケシの実のプチプチした食感と同時に楽しめて、とても良い。


(よしよし、良い出来の薬になったね。ご覧なさいな)


 おお。真球である可能性すら十分に感じられる丸薬が1粒、黄金と見紛ってもおかしくない輝きを放っている。実際のところ、然るべきマーケットで売れば、同じ大きさの純金どころではない値がつくだろう。しかし、そんなことはしないからこそ、こうして作ってもらえているのだ。

 では、ありがたく頂戴するとしよう。これで、我々の最高戦力の一角が早期に復活することが可能となる。


(そうそう、その前に。あなたに伝えておくことがあるの)


 出来たての霊薬に手を伸ばそうとしたところ、魔女がほんのりと妖しさを忍ばせた声を響かせてきた。


(うふうふ、占いをしに池に潜ってきたの。その結果を、あなたには伝えておきましょう)


 この領域でそういった儀式を行う池と言えば、1つしか思い当たらない。場所は森の中央部。神霊的な事象や季節によって組成の変わる大気中の霊子、それがゆっくりと底へ積もり成された「霊子年縞」が特筆すべき、唯一無二、他に類を見ない凄さの水溜まりだ。タルタロスに通じるとも言われるその深淵まで潜れるのは彼女くらいのはずであり、そこに蓄積された情報を得られるのも同様であろう。

 その池には流れ入る川が無いため撹拌をされず、外界から隔たれた空間のため風雨が水面を荒げることすら無い。闇に暮らす魔物も生物もある程度の深さにまでしか行きはせず、池底は静かに保たれる。そのため、外界からふわりと入り込んだ霊子の成す層が、実に7万年にも及ぶ時の記録を重ねているのだ。


 そんな奇跡的なデータベースと、彼女の知識と技術が組み合わされば、神話の時代を読み解くことも、遠い未来についての知見を得ることも可能となるらしい。


(いよいよ、インドラが顕現する兆しが見えてきてるの。とても重要な法具が、世に出てきたようね)


 ん……それは、もしかしたら、ヴァジュラのことだろうか……?


(そうそう、それよ。あらあら、あなたが今の所有者になっているの?)


 確かに、インドの北東部でとある神事に参加したところ、そういった運びになるアクシデントがあった。そんなことまで分かるのだな。


(ふむふむ、不足している条件についても、あなたが鍵を握っているようね。手を増やすのが良いそうよ)


 …なるほど。バラモン教の神々の王にふさわしい肉体を持つ男が生まれ、その者が雷霆(らいてい)神に値する力を手にした時、かの強大な神がそれを依り(しろ)()()してくれるということか。

 私の個人的な趣味で開発した四足動物を4本腕にする技術が、まさかここまで重要になってくるとはな。何が役に立つかなど、本当に分からないものだ。


(まだまだ、間に合うと思って良さそうね。西暦2353年のその時まで)


 そう言って霊薬を差し出してきた魔女の手に、私は手を伸ばした。そうだな。我々にも誰であっても、相対的には微力を確保していく以外に無いわけであるが、塵も積もれば山となる。まだまだ、足掻ける時間は残っているのだ。


「Hier ist ein Bier」


 気が付くと、私はもう何杯目になるかも覚えていないヴァイツェンを飲んでいた。その温度は、絶妙に香り立つ適温。日本ではキンキンに冷えたビールがありがたがられるが、それが統一的な最適解などではないことが実感される芳醇さだな。

 ……ふと右手を開くと、黄金色にまばゆき輝く真球かとすら思わされる、直径2.5センチメートルちょっとの丸薬を持っていた。ふむ、もう十分に飲んだか。村の酒場の賑やかさに名残惜しさを感じつつ、椅子から立ち上がる。手にした霊薬を回収してもらえるように手配しながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] お菓子の家の表現が良かったです。 美味しそうだと思いました。 お菓子を食べている主人公が可愛いと思ってしまいました。
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