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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
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其ノ参拾壱 サイボーグ兵を作る村

 奇妙な村だった。


 アメリカ合衆国カリフォルニア州、サンフランシスコ湾に位置する、隔離された人工の島。表向きは、工業用ロボットの生産が主たる業務な某企業の工場村となっているが、その実は我々が所有する施設の1つである。

 名目通りに稼働している工場群が広がる地上部、その一角に従業員たちの暮らす居住エリアが存在する。この偽装集落に、地下研究所へと続く入口が設置してある。

 

 野菜の直売所にカモフラージュされた小屋の中へと進み、奥にある一見すると木製な扉の前に立つ。個人認証の装置に体を近付け、指紋や網膜、虹彩などを読み取らせる。私個人が特定され、ブシュッと音を立ててドアが開いた。中に入るとそこはCTスキャナーになっていて、今度は肉体の構造をチェックされる。


「おおー、来たかい。あけおめ。元気にしてた?」


 2つめの扉が開いた先で、先輩が出迎えてくれていた。オリハルコンのメスを作ってもらって以来になるか。


「樺太での実験は、大変だったみたいだな。工学部門(うち)のサイボーグ部隊も出動準備はしとったよ」


 工学部門と生物学部門の共同プロジェクトとして開発されたサイボーグであるが、基本システムを組み終えて、パーツ素材などのアップデートが中心になってからは、実質的に工学部門の直轄部隊となっている。


「そうだ、ほらこれ。昼飯はまだだろ?」


 流石、私の先輩だ。モントレー・ジャックたっぷりのチーズバーガーとは、味の好みも空腹のタイミングも完全に把握されてるな。

 その場でガブリと噛み付いてランチを開始。ジューシーで厚みのある牛肉パティに、マイルドで食べやすく、コクの強さがたまらないチーズが最強のアシスト。ことチーズバーガーに関しては、これ以上に調和するチーズは存在しないのではなかろうか。


「そこのカフェテリアの人気メニューよ。美味いよな」


 先輩が指差す方を見ると、白衣姿の研究員たちに混じって、2人のサイボーグが食事しているシーンが目に入ってきた。白人男性と黒人女性のペアが、チーズバーガーを片手に談笑している。

 どちらも四肢の全てが機械化されており、向こう側が見えるほどに隙間だらけな人工筋肉の様相から、低出力を可視可された非番の戦闘エージェントだとうかがえる。


「電気弾性エラストマーで内骨格と一体成形してるから、スリークで見た目にも美しいよな。それでいて機能美も素晴らしいときたもんだ」


 確かに、人体の骨格筋を模したデザインは魅力的だし、貝柱のキャッチ収縮を参考にして部分的に剛性を高めるアイディアは秀逸である。

 などと、互いが属する部門の成果アピールを冗談めかして口にし合う。


「あそこの2人、部分サイボーグと全身サイボーグなんだけど、どっちがどっちか分かるか?」


 ふむ。顔の造形から見分けることは出来ないほど精巧な作りだが、黒人女性の方が全身サイボーグだろう。


「当たり。やっぱ、知ってる人間が見ればフレームの出っ張りで分かっちゃうかあ」


 脳以外の全身をサイボーグ化した場合とは異なって、主に四肢のみを機械と置き換える部分サイボーグでは、どうしてもある程度の(いびつ)さが生じてくる。

 機械部と接触する生身の切断面は、電気信号の入出力をするためのコーティングが施されているだけで、一続きに接合されているわけではない。小さな面での固定では強度的に不十分なためであり、腕部ならば肩帯(けんたい)ユニット、脚部であれば腰帯(ようたい)ユニットを介して接続されている。つまり、義手や義足付きのパワードスーツを装着しているような状態なのが、部分サイボーグなのである。


「それにしても、あんな楽しそうに食事してるとこを見ると、味覚用の化学センサーも作り込んで良かったと思うよ」


 そこは本当に私が頑張った。何せ、工学部門が作成していた第一案の仕様書では、食べ物の味は視覚的な情報から類推して擬似的に再現するなどという、「食」に対する冒涜とも言える酷いものであったのだ。


「あの時は、試作中のセンサーを幾つも神経接続させてたよな。異様な光景だったから、よく覚えてるよ」


 あれの開発を先導していた時の私は、無数の鼻と舌を増設した部分サイボーグだったと言っていいだろう。温度や舌触りまで生身と同じく感じられるよう調整したのも、愉快な思い出である。


「食べたものを実際に消化して、発電させるってのも、確かに合理的な判断だったと思うよ」


 当初の仕様では、全身サイボーグ用の消化機はフードプロセッサーを内臓しただけの、単なるゲロ製造装置でしかなかった。

 そこに私が、発電能力を有するシュワネラ菌を主軸とした腸内フローラを設定して、飲食した物質の大半を水と二酸化炭素とアンモニアにまで分解させる上、全身サイボーグの動力源である電気が生じる機構を組んだのだ。


「そうそう、南米だかで発見したっていうキノコを改良したディルド、従来の精子カートリッジ式より評判いいらしいぞ」


 それは良かった。ブラジルで採集してきたマラタケから催淫性を減弱させて、皮膚感覚センサーを塗布しただけのものだが、具合がいいというなら何よりだ。肉々しい質感や、精子がその場で培養されている実感などが、失われた肉体のリビドーを駆り立てるのだろうか。


「QOLが上がったことで、戦闘性能にも有意な向上が見られてるらしい。いやあ、サイボーグも生き物なんだな」


 人間も動物なのだから、欲望を満たしてこその「生」である。脳以外の内分泌腺を失うことで食欲や性欲が減退してしまうのなら、それらを催眠術で叩き起こしてでも「不満」にさせ、自然な手段で「満足」させる。

 サイボーグは、生体パーツを使用したロボットなどでは決してない。あくまで人間だと考えるべきなのだ。…せめて、非番の時くらいは。


 こうして先輩との会話を楽しみつつ、施設の階下へ階下へと進んでいく。研究室や製造ラインなどを見学しながら、もう1時間は経っただろうか。


「見てみろよ。全身サイボーグが、ちょうど戦闘用のボディに換装してるとこだぞ」


 おお、全身サイボーグの()()は久しぶりに見るな。脳と生命維持装置がクリアな疑似体液に浸り、透明なナノダイヤモンドの単結晶で球状に密閉され完結しているその様は、生物圏たる1つの惑星を彷彿とさせる美しさだ。


 脳神経と延髄には、電気信号をサイボーグ体とやり取りするトランスミッターが接続されている。拡張された感覚情報の一次的な処理も、そこで行われる仕様だ。

 生命維持装置の動力源である電力は、非番用ボディでは消化機、戦闘用ボディでは金属水素炉からマイクロ波として送信されてくる。本体単独であっても、フル充電なら常温で24時間は生存を継続させられる省エネさは、脳だけなため心臓代わりのポンプが小型で十分なことに加え、中核を担っている無機触媒ユニットの洗練された設計によるところが大きい。


 全身サイボーグの本体は、物質的に外界から完全に隔離されている。そのため、脳から出てくる老廃物や死細胞などは小さく分解した後、脳が必要とする生体物質の合成に再利用する循環システムが採用されており、その全てが無機触媒ユニットによって効率的に回されている。

 この物質循環の要になるのは電気的な人工光合成に類する反応であり、ユニット内での電力消費の大半がここに集約されている。脳の活動に必須な物質としてグルコースと酸素がまず合成され、他にも必要とされるアミノ酸、脂肪酸、ビタミンなどが二次的に合成される。


 よくある勘違いだが、ホルモンの人工的な合成は必ずしも求められず、フィードバック制御を行っている程度である。無機触媒ユニットによって、体液の組成はオートで最適に保たれるし、そもそも制御すべき肉体のほとんどが無いからだ。


 例えば、戦闘において必要と思われがちなアドレナリンについては、そもそもの役割が心拍数や血糖値の上昇に、瞳孔の拡大などであり、それらは生命維持装置などによって問題なく対応出来ている。

 また、戦闘時には食欲や性欲は抑えられている方が望ましく、わざわざグレリンやテストステロンなどの合成は行わない。

 睡眠欲は、脳の松果体(しょうかたい)から分泌されるメラトニンによる影響を残しているが、血糖値や脳温をコントロールすることで都合よく制御する規律になっている。


 プロトタイプの全身サイボーグでは、造血機ユニットも内蔵することで血液を組み込んだ系であったが、無機触媒ユニットの改良によって、まず赤血球によるガス交換が不要となった。白血球や血小板は医療用ナノマシンで置き換えられていき、今では血球を全く含まない疑似体液を用いた系が採用されている。


 この様に、脳だけが生身である全身サイボーグを開発するにあたっては、個々の臓器の機能をそのまま再現するという思考にはなっていない。新たな生物を創造するような心持ちにて、極限までにコンパクトな単純化が目指されたのだ。


「おいおい、サイボーグ体の方も見てくれよ。色々とアップデートしてるんだぞ」


 そうは言っても、外側連結式の外骨格ベースから変わりないように思えるが。確か、超硬質セラミックスと超耐熱・高靱性合金の複合素材から成る「ウロコ」が、衝撃吸収ゲルへ何層にも埋め込まれていて、高い防御力とある程度の伸縮性を兼ね備えた外殻になってるんだよな。

 内側には人工筋肉の束がみっちり詰め込まれていて、隣接する外骨格の外側で連結する構造。その部位が電磁石によって自在にコントロール可能だから、力点の制御を基幹とするサイボーグ体術が実現されている、という理解でいいはずだ。


「基本のとこは、そりゃ変わらんよ。表面から説明すると、各種の耐食性素材による多層真空コーティングが、12層プラスになってる」


 へえ。


「あと、マイクロ鱗状シールドの小型化が進んでるな。特に関節部ガードでは、面積比で23%ダウンに成功しとるんよ」


 おお、アップデートだ。外側連結式には、人工筋肉が関節部で露出してしまうデメリットが存在するため、動きに合わせて重なるようウロコが配置された装甲で関節部を覆ってある。その各パーツの小型化は、少なからず動作のスムーズさに寄与するだろう。


「本当に凄いのは、中身の方だぞ。人工筋肉を一新、カーボンナノチューブと気相ER流体のハイブリッド式を実装。出力はそのままに、重量は74%ダウンに成功したんだ」


 おおお、それは本当に素晴らしい。どれほどの高速戦闘が可能になったのか、是非に見てみたいものだ。


「これから換装後の動作試験があるから、それも見ていこうか」


 図られたかの様な流れだなと思いつつも、私は先輩と共に試験場へと向かっていった。


「グァオオオオオ!!!」


 そこにいたのは、体重500キログラムには達するであろう巨大なハイイログマであった。1人の全身サイボーグがそれと対峙する様子を、私と先輩は安全なところから眺めている。


「このグリズリーを1分間で停止させるのが、動作試験だよ」


「グァオオッ!!」「ズンッッ………」


 ほう。野生の腕力から放たれた爪撃を、ことも無げに受け止めるか。通常の人体ではあり得ない可動性による手(さば)きは、サイボーグならではの戦闘といった趣だ。


「今から、スタートだな」


「バシュウウウウ!!!」


 !! 速い…! 全身サイボーグが、凄まじいスピードでハイイログマの周りを旋回し始めた。これは…最高速度は、亜音速に達してるのではないか?


「秒速102メートル! 亜音速と言って差し支えないな!」


「パパパパァンッ!!!」「ババァンッッッ!!!」「パパバァンッッ!!!」


「グァオオオオオ!!?」


 ……高速で動き回りながら、多様な打撃をハイイログマに叩き込んでいる。人工筋肉の束を近位に連結することでスピード重視に、遠位にすることでパワー重視としているだけではない。関節部の「曲げ」と「伸ばし」に用いる人工筋肉の配分が、抜群に上手いな。強弱と遅速を織り混ぜたその連打は、一流のピアニストが演奏しているかの様な優雅さすら感じさせる。

 サイボーグ体術の基礎となる技術に過ぎないが…基礎を極めると奥義になるとは、こういうことか。


「彼はベテランでね。全方位知覚でも()()()()これだけ動けるまでには、結構なトレーニングが必要なんだよ」

 

 球形の頭部に敷き詰められた、電磁波センサー、化学センサー、物理センサー。それらを通常の人体よりも拡張させた範囲で用いること自体は珍しくないが、それが全方位ともなると話は違ってくる。

 なるほど、真っ先に新型のサイボーグ体に換装されただけはある人材というわけだ。


「グァオ、グァッ、グマッ!」


 そろそろ1分間か。対象を仕留めるタイミングの調整に入ったな。


「バァンンンンンッッッ!!!!!!」「ビシャアッッ!!」


 おおっ、強烈な右ストレートだ。ハイイログマの頑丈な頭部が一撃でミンチとなり、実験場に大きな赤いラインが描かれた。ズズンッと音を立てて倒れる首から下も、あちこちで開放骨折をした痛々しい様相を呈している。

 フィニッシュは、おそらく引き手などをいっさい考慮せずに力点をフルに偏らせた、最高出力の一撃なのだろう。


「ジャスト1分間。おーし、新型のボディは上々だな」


 ここまで至るのにトレーニングが必要とは言え、基本的にはこのスペックのA級エージェントを量産出来るのだから恐ろしい。我々の組織における戦力の50%をサイボーグ大隊が占めるのも、当然であろう。


「うーん、それなんだけどさ。品質が安定し過ぎてるってのも、問題だと思うんだよな」


 ああ、確かに。全身サイボーグは、ほぼ例外なくA級エージェントの中でも上位の実力であり、規格化された強さは大規模な部隊編成において重宝されてもいる。

 しかし、脳だけになることが原因らしいのだが、肉体が重要な要素である氣はほとんど使えなくなるし、超能力のレヴェルにしても著しく減弱してしまう。そのため、現在までに妖精級の戦闘エージェントとなった全身サイボーグは皆無である。


「それでな、外骨格の全てをオリハルコンにしたら、面白いと思うんだが」


 なーるほど。今回の用件は、私の研究室で育てているオリハルコンガイを多めに配分して欲しい、ということか。どうりで、いつもより有意に優しい感じだったわけだ。

 霊子吸蔵合金であるオリハルコンで装甲を固めたなら、何か予想もつかない面白いことが起こっても不思議ではない。是非やりましょうと肯定の返事をする。問題は、あの貝の成長が著しく遅いことか。先輩に別れのあいさつを告げ、促成飼育についての解決策をあれこれ思案しながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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