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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
30/67

其ノ参拾 白人の体が液状化する村

 奇妙な村だった。


 東ユーラシア無主地の多来加(たらいか)湾に面して位置する、先住民族ウィルタの集落。漁と狩猟とトナカイの牧畜、そんな昔ながらの生活を彼らが行えているのは、この島の全土がタイプXYZのOOPORGS(オーポーグス)の影響下となったからに他ならない。

 今から20年7ヶ月前、樺太島に住まうコーカソイドが一夜にして消失するという惨劇が発生した。その未曾有(みぞう)の状況を引き起こした()()は現在まで効果を発揮し続けており、先住していたモンゴロイドを除いてはまず近寄らない忌まわしき土地となっている。


 この島の海岸線より内側へと入ったコーカソイドは、全身の細胞がたちまち遊離してしまう。それは細胞外マトリックスを溶かし込んだ体液と合わさって流動性を帯び、他の個体だったものと融合して巨大なアメーバ状の群体へと姿を変えていく。


 「科学」を対象とする我々の組織だけでなく、それぞれ「超能」「神霊」を対象とする彼々の組織もターゲットとして捉え、定期的に情報共有と議論を行っているにも拘わらず、ほとんど何も解明を出来ていない最上位クラスの難問である。

 この現象への単独の組織による干渉は、規定により戦力の15パーセント以上を動員し、組織内での序列12位までの中から選抜した責任者の同行が求められる。不用意に触れないための「(かせ)」であると共に、緊急の事態となった場合に即応するため必要な最低限の「矛」でもある。


 集落の外縁にあたる砂州には、私の他に特殊作戦部隊GReEK(グリーク)の二個分隊と、個人的に馴染みのあるA級エージェント4人に加え、到着は遅れているが最高戦力の一角である妖精級の戦闘エージェントが上陸する。湾内には、ニッスル小隊、バー小隊、カハール小隊が配備され、PML小隊とGem小隊からもコーカソイドでない数名が派遣されている。

 並の小国であれば日に3回は制圧が可能なほどの戦力、その集結は実に壮観である。…対象がタイプXYZでは、安心とはいかないが。


「おっと~?来たようですねぇ、例の双子の兄妹が」


 日本人エージェントの1人が、瞬間移動(テレポーテーション)の前兆を何らかの電磁的な変化から察知したらしい。それから1刹那ほども遅れずにヴゥンッと奇怪な音がすると、もうすぐ14歳になる酷似した外見の男女が現れた。これで規定が満たされる。


「「キョウジュ~! アウの、ホントにヒサシブリっ!!」」


 確かに、少なくとも1年間は会っていないか。治療を終えて以来となるわけだ。私はこのよく懐いてくれている2人を抱き寄せて、お揃いのショートボブごと頭をぽんぽんとしてあげた。


「アタシのチリョウ、オワっテからソレっキリ!」

「チキュウが456回と252゜、マワっタよ!」


 年齢のわりに言動がやや幼く感じられる2人ではあるが、その実力は折り紙付きだ。ペアでなら我々の組織でも最大の破壊力を有する存在の1つで、超能力者としては人類史上でも十指に数えられるほどの精神波を出力する。紛うことなき人類の至宝、レヴェル7の空間干渉能力の使い手なのである。


 科学の根幹である素粒子をエネルギー源と()()()超能力について、我々が把握していることは決して多くない。能力の発現メカニズムについてもその限りだが、生物学的に特異な存在ほど、能力に目覚めた場合に高いポテンシャルを示す傾向は確かである。

 レヴェル7の超能力を持つまでに育ったこの双子は、その最たる例だと言える素晴らしい発生過程を経て出生している。


 それは、受精卵になる前から始まっていた。通常の卵子と精子は性染色体を1本ずつ持ち、受精して2本になった時の組み合わせで性別が決まってくる。しかし、2人の元になった卵子は細胞分裂する際の分配にミスが生じ、X染色体が2本の状態で作られていた。

 一方で、精子の形成過程ではX染色体とY染色体がその一部を異常に交換してしまい、男性化に機能するSRY遺伝子を含むX染色体がセットされていた。


 これらの卵子と精子が受精することで、3本のX染色体を持ち、その内の1本がSRY遺伝子を含むという、極めて特異な受精卵が生じたのだ。


 この受精卵が分裂して2細胞になる時にもミラクルは重なった。性染色体が1本だけ脱落するという偶然が、両方の細胞で起こったのだ。そして、その片方では通常のX染色体が、もう片方ではSRY遺伝子を含むX染色体が失われたことにより、それぞれ男性と女性へと通じる2本セットになったのである。

 更にはその直後、2細胞が分離して別々に発生を進めていくようになり、互いにモザイク状の細胞分布を持たない、しかも片方はXX男性という、異性一卵性双生児としても極めて珍しい様相を呈することになった。


 この様に、性染色体の構成の変化や、細胞が分離するタイミングが恐ろしく奇跡的な偶然のもと進んだ2人は、妹において内臓逆位が生じてミラー・ツインにもなっており、その生物学的な特異度は神話の域に達するものだろう。


「ボク、ツイにセイツウがキタよ!」

「アタシも、ショチョウがキタっ!」


 それは良かった。XX男性は生殖細胞の形成に不具合があるため不妊となるが、私の治療によって正常な精子が作られる状態にまでなっている。これで準備は万端だろう。

 妹の方は健康上などの問題は無かったが、不活性化するX染色体を揃えたり、活性化するX染色体についてSRY遺伝子の有無以外を兄と同一にする処置を行っていた。それによる副作用的な問題も特に無いようである。


「「コレで、コドモがツクレルね!!」」


 この双子が超能を対象とする組織から移籍してきた理由、その究極の目的が声高に発せられた。自分たちが生物学的により等しい存在になること、その上で自然な営みで2人の間に子を成すこと。これらに対する異常なまでの執念に、私も心を打たれたものだ。

 是非、この兄弟が始祖となる一族を自分の目で見てみたいものである。


「博士、そろそろ0202(マルフタマルフタ)です」


 今回のアシスタントを兼ねる日本人エージェントが、実験の開始まで間もない旨を告げてきた。東の空に浮かぶ更待月(ふけまちづき)も高さを増しているな。それでは、実験体を乗せたボートが接岸するまでの間、集中力のギアを上げておくとしよう。

 ……精神を徐々に高めていく。タイプXYZの調査という貴重な機会は、決して無駄にすることが出来ない。何せ、本当に微々たることしか分かっていないのだ。


 ホモ・サピエンスのコーカソイドに作用する。


 ゲノムの4分の1以上がコーカソイド由来の場合に作用する。


 特定の遺伝子・染色体・細胞小器官によらず作用する。


 受精卵の時点から作用する。


 培養細胞には作用しない。


 大脳辺縁系と大脳基底核に接続している肉体に作用する。


 脳のみが生身のサイボーグにも作用する。


 体温が氷点下では作用しない。


 樺太島の海岸線より内側の大気圏内・水中・地下で作用する。ただし、地下は海抜マイナス7.2キロメートルまでの検証。


 脳波に特定の反応が生じてから肉体の残渣のみになるまで誤差なく1分間となる。


 アメーバ状の群体になった後は水中へ移動する。移動後の追跡は現在まで成功していない。


 アメーバ状の群体の移動を制限すると誤差なく1分間で自然発火する。


 はっきり言って、クォーターな混血までが液状化したという惨劇の第一報から、大した情報のアップデートが為されていない。あくまで個体群的な偏りに過ぎないコーカソイドを対象とし、ジャスト1分間という条件が付与されていることからも、何らかの意思が介在していることは確からしく思えるが……。

 我々の物理学部門では素粒子やエネルギーによる影響をいっさい検知していないし、精神波や素霊子についても同様とのことだ。どうにか、


「博士、間もなく実験体が接岸します」


 おっと、もうそんな時間か。双子の方を見ると、月光を受けて励起するかの様な幻想さで、波打ち際に(たたず)んでいた。鏡合わせに両手を絡めながら、遠隔透視(リモートヴューイング)を発動させているのだろう。自分たちを中心とした半径40キロメートルの空間内における全てを五感で知覚が可能な、通称「十里眼」で周囲を監視するのが2人の主な任務である。


 さて。これまでの知見を振り返りながら、私の脳も活性化されたものと思う。観察を開始しよう。


 …8人の実験体を乗せたボートがやって来た。昨日に生まれたばかりの新生児、コーカソイドのクローンたちである。彼らの肉体が、海岸線から先へと侵入する。


「OOPORGS; Type: XYZの作用時に特有の脳波を検出しました」


 少なからず手足などを動かしていた実験体たちが、皆同時におとなしくなった。一見すると虚ろな目になり脱力しているだけにも思えるが、既に全身の細胞が接着の解除を進めているはずであり、粘膜や神経に筋肉など、柔らかい組織は早々にゼリーの様な脆弱さとなっている。

 これと同時に、血液やリンパ液といった体液が混ざり合いながら、結合組織からコラーゲンやリン酸カルシウムなどを溶かし混み、とろっとした粘性を帯びていく。


 20秒ほど経ったところで、目・鼻・口・肛門などから橙赤色の流動物が流れ出してきた。遊離した細胞を取り込んで粘性を更に増した体液が、赤血球の破裂によって色付いたものである。この時点になると、スライムを引き裂くような何とも言えない音が皮下より聞こえてくる。

 45秒が経過する頃には、脆弱になった皮膚がヘソなど薄いところから破れてきて、液状化した肉体がどんどん噴き出してくる。もう、皮と骨の残渣が目立つ。


「博士、液状化コーカソイドが流出し終えました。1番から8番まで、全ての実験体で誤差なく1分間です」


 60秒を過ぎると、8人分の流動物が次々と融合していき、スライムが流れるような独特な動きで多来加湖へと潜っていった。今回の追跡は、あの双子に実施してもらう。あと127回、用意した1024人の全てで観察を終えてから聞いてみるとしよう。


 1時間が経過。


「博士、337番から344番まで、全ての実験体で誤差なく1分間です」


 2時間が経過。


「博士、673番から680番まで、全ての実験体で誤差なく1分間です」


 3時間が経過。


「博士、1009番から1016番まで、全ての実験体で誤差なく1分間です」


 次で最終ターンの8人だ。私は、ここまでで確定させてもいいだろう考えをぐっと飲み込んで、次の実験体へと意識を向けた。ボートに乗せられ流れてくる新生児たち、彼らが海岸線を越えてから起こる現象、その全てを余すことなく私の網膜へと映し込む。

 1分間が経過……。


「博士、1017番から1022番まで、誤差なく1分間です。1023番と1024番、57ミリ秒の超過です」


 よし!! これで、十分に再現性があると言える。肉体が液状化するに際して内在性の酵素を利用するという仮説が、見事に証明されたのだ。

 1024人の実験体は、全て同一の研究員から作ったクローンであるが、それぞれ異なる組み合わせで遺伝子を破壊してあった。その中で、コラゲナーゼの遺伝子を壊した場合だけ、1分57ミリ秒の時間を要したことから、このプロセスには元から持っていたコラゲナーゼが寄与している、ということが示された。

 OOPORGSに本来の設計思想と異なる挙動をさせるなど、中々やれることではない。


 実際のところ、全貌の解明という意味では大したことのない知見であるが、我々はこうして1つずつ事実を積み上げていくしかないのだ。この1ピースはあまり重要でないかも知れないし、あるいは思いがけない進展に繋がるかも知れないのだから。


 さて、あの双子に追跡の結果を聞いてみるか。…いや、実験の全てが終わるまで待つとしよう。見るからに凄まじく専心している。十里眼によって得られる膨大な情報を処理するには、2人が共鳴することで能力を飛躍的に向上させてすら、かなりの負荷がかかるようだ。

 残る実験は急ごしらえで用意した1人の実験体だけで済むし、それくらい待つのは構わない。お、もうボートに乗せられ移送されている。


「博士、間もなく実験体が接岸します」


 最後の実験体は、液状化に際して活性化する遺伝子や細胞小器官を探ることを目的に用意した。少ない準備期間の中、成人男性を可能な限り透明化し、それなりの種類の発光レポーターを導入してある。

 透明化にあたっては、赤い色素であるヘモグロビンとミオグロビンを分解の上で新たな合成も抑制し、全身のタンパク質を適度に分解して密度を下げ、光の透過性が悪い皮膚や脂肪などは外科的に取り除いてある。化学部門が開発したガス交換を代替する液体を投与してあり、これによって都合良く全身の透明度が底上げされてもいる。


 本当は、皮膚においてケラチンを分解の上で新たな合成も抑制して、魚類や両生類では自然下でも見られる感じの透明さにしたかった。外科的な処置は個人的な流儀に反するのだが、この件は年内が期限だというのに担当になったのが先月末で、これが限界であった。研究室のメンバーも、よく頑張ってくれたと思う。

 …実験体を乗せたボートが接岸する。気を抜かずに観察しよう。


 そう思った次の瞬間、実験体が強烈な照度でヤヌスグリーンに輝いた。体の深部までは透けていないので推測になるが、おそらくほぼ全ての細胞が反応したのだろう。これはつまり…


「…ズズズ……ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴオォッッ!!!!!!!!!」


「博士! マグニチュード9.2の地震が発生しました! 震源は…ここ、多来加湖の直下、海抜マイナス100キロメートルほどです!」


「「キョウジュ! ナニカが、ジメンのシタにイルっ!」」


 !! まさか、タイプXYZの根源である()()を刺激してしまったのか!? これは第七の……いや、それは無いはずだ。しかし、それでも人類が不可逆的に死滅する可能性は十分に考えられる。

 この場の戦力で食い止める? 何を? 考える、考えろ、考え尽くせ。この世界は私の楽しい実験場、まだ退場する気はさらさら無いし、それが破壊されることも断じて許容など出来ない。この手で作り上げた自慢の兵士たちを死なせるのだって言語道断だ…ッ!


「震源が高速で移動…こちらに向けて上昇しています! マグニチュード…9.5まで上昇!」


「……ナニコレ……!? アタシ、コワイよ……」


 十里眼のテリトリー内にまで到達したか…ッ! 上部マントルを音速超えで移動してくるとは、…流石である。


「ボクが、クウカンのダンレツでヤっツケルよ! オニイチャンにマカセロっ」


 確かに、()()は空間に存在する全てを切断すると結論付けられ、中位の神にすら有効であった攻撃手段だ。宇宙空間を秒速370キロメートルを超える速度で移動する地球では、そのスピードで放たれる不可避の斬撃と同義である。この場で最も有効性が期待されることは間違いない。

 しかし、相手は我々の常識がいっさい通用しない存在だ。果たして……


「マグニチュード9.6…いえ、9.7まで上昇! 震源がモホロビチッチ不連続面に到達します!」


 ……まあ、命は賭けねばならないが、試してみる価値のある手段なら幾つか思い付いた。ひとまずは、目視で観察をしようじゃないか。人智が及ばないなどと言われている存在を。


「ズズズ……ズン…………………」


「!? 博士、マグニチュード3.0、2.7、2.1……地震が完全に停止しました」


「「ナニカが……キエタっ!」」


 ……鎮まったのか? いや、まだ安心など出来るはずもない。各隊には引き続き臨戦態勢をとらせ、双子には監視を継続させる。先ほどの観測データの解析は本部に任せて、こちらは現場で拾える情報を取りこぼさないよう努める。

 …ふぅ~っ。しかし、おそらくはこの場の危機は乗り越えたのだろう。静かに南中していく月の輝きを眺めながら、私はゆっくりと心を緩めていった。


 1週間後、今回の実験と観察結果についてのレポートを書き上げた。タイプXYZが引き起こす現象において、内在性のコラゲナーゼが利用されていたことのみならず、作用の最初期にミトコンドリアが活性化されていると判明したことは、大きな前進である。メカニズムの解明に迫る手段の方向性を定めるのに、大いに役立つだろう。

 これまでは脳に注目したアプローチが主流であったので、この転換は我々の理解を加速し得る。


 そして、遠隔透視によって追加の調査を行い得られた結果は、それ以上の成果であろう。樺太島の全土において、海抜マイナス5キロメートルほどの深さまで、液状化コーカソイドで構成される巨大なネットワークが確認されたのだ。その体積は、これまでアメーバ状の群体となった総量よりもやや多く、緩やかに成長しているものと考えられる。

 超巨大地震を誘発した()()の存在も鑑みて、あの地の底には強い興味が抱かれる。次回は地学部門にも力を借りるべきだと強く認識しながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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