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ばいおろじぃ的な村の奇譚  作者: ノラ博士
32/67

其ノ参拾弐 女が宝石を体に宿す村

 奇妙な村だった。


 インドネシア共和国のメラトゥス山脈に位置する、密林の大地。一年を通して高温多湿な環境に、多様な動植物が生息している。各所で損なわれていたこの生物相が広く復活を果たしたのは、焼畑や森林伐採が抑制されてきた故であるが、そういった営みとはそもそも無縁な最奥部に、狩猟と採集の暮らしを今も続ける人々の村があった。


 私がこの地を訪れたのは、マレーシアのサラワク州で目にした、世にも美しい頭蓋骨に興味を持ったからである。冠婚葬祭に際して首狩りを行っていた先住民への対策として設立され、髑髏(どくろ)を貸し出す業務を担っていた王立の銀行。その流れを組む人体蒐集(しゅうしゅう)家から、本当に見るだけという条件で観察させてもらった人骨だ。

 その歯は何か青い鉱物で覆われており、額の中心にはオレンジ色の半球が癒合していた。直径1センチメートル、形はマベガイの作る真珠に似ているが、色と輝きはメロパールのそれに近い。調査を依頼したA級諜報員からの報告によると、その髑髏の出所がこの辺りだということだ。


「キッキ キィーーヤ」


 オランウータンの鳴き声だなと思いながら、3日目となるウォッチングを開始した。朝食は持参したゼリー食と、()ぎたての野生バナナである。小ぶりだが甘味が強くて実に美味しい。

 目的の村から川を隔てた高台にて、テントの中から望遠鏡を用いての観察にしているのは、村人たちが非常に排他的とのことだからだ。好戦的というよりは専守防衛っぽいそうなので、こうして離れて見ている分には問題ないと思われる。


 この場所から村全体を見渡すことまでは無理だが、人々の生活を垣間見るくらいは出来る。今はあちらも朝食中で、メニューはバナナにイチジク、それとスターフルーツだ。情報のアップデートは無いが、昨日までの理解と反することも無いな。

 今のところ判明していること、理解が進んでいることは、大きく分けて3つである。


 まず、マレーシアで見た頭蓋骨と同様の特徴が、第二次性徴を迎えて以降くらいの女性に例外なく見られている。


 歯の色は年齢が進むほど濃くなる傾向にあり、思春期くらいでは薄いグリーンだが、妙齢の女性では鮮やかな青となり、濃い緑や褐色などを経て、老女では紫がかった黒にまで至るようだ。例の蒐集品も形からして女体の骨であり、縫合線の癒合した程度から20代くらいの時に狩られたものと思われ、矛盾していない。

 真珠の様に見える構造については、歳を重ねると数を増していくようで、どちらの特徴も時間と共に変化があるらしい。


 次に、歯が色変わりする理屈についての推論であるが、これはエナメル質を(らん)鉄鉱に置換したのだと考えられる。


 藍鉄鉱は、酸化によって変色していく性質があり、そのプロセスは観察された歯色の世代間差と一致する。また、モース硬度が2程度とかなり軟らかい鉱物で、彼女たちがソフトな食感、完熟した果物やヒゲイノシシの脳みそなどを好むのとも調和的だ。

 中でも、やや膨らんた星形の見慣れないスターフルーツがよく食べられているが、男性や小さな子供はこれを決して食べない。そこにピンときて、同種と思われる実を採って成分分析にかけたところ、ビタミンCと鉄分が極めて豊富であり、鉄イオンが2価の形で大量に存在していた。これが、果汁中の有機酸の影響で歯から溶け出すリン酸イオンと反応し、歯の表面を藍鉄鉱に変えている可能性が高い。


 最後に、真珠の様に見える構造についてだが、こちらについては分からない点が多い。見た目通りに真珠なのかも不明である。


 とは言え、おそらく真珠などを埋め込んでいるのではなく、皮下で生成されるのだとは推察している。真珠の様な構造が隠れていそうなコブが散見されることは、その根拠の1つとして挙げられよう。

 また、これらの構造・コブの位置はランダムであるらしく、人間の意図を介していないように思える。見栄えする額の中心などというのは珍しく、人によって顔や頭のあちこちに生じているし、他にも両脚の(けい)骨や膝蓋(しつがい)骨なんかで多く見られる。皮膚の近くに骨が平たい面を配置させる部位で作られやすいのだろう。


「ザザァァァーーーーッッッ」


 追加の理解が得られないまま時間は過ぎていき、昼過ぎになるとスコールが降ってきた。今時期は本当に雨が多い。

 今日の夜までに真珠の様な構造についての考察材料が増えなければ、村人との接触を試みようか。私はそう考えながら、雨が激しさを弱めるのを待っていた。


「ぴちゃんっ」「ぴちゃんっ」


 空間を満たしていた雨粒の密度が下がり、雲間からは光が差し込んできた。それと共に村人たちが活動を再開したので、私も観察へと注力していく。


 んん、何やら女性たちが集まってるな。その中心に立っているのは1人の女の子で、左目の下にあるコブは炎症を起こしたのか、熟れた実の様な赤さを呈している。

 彼女たちは、そのコブを代わる代わる指先でぐりぐりと撫で始めた。その行為は次第に出血を伴うようになり、それがイベントを更に盛況なものへと変えていく。

 血が出てから3巡ほど撫でられた頃には、女の子の目元でオレンジ色の半球が輝いていた。やはり、コブの下には真珠の様な構造があったのだ。


 この観察結果から、1つの有力な仮説を立てられた。それの妥当性を確かめるには、あの村まで直に足を運ぶしかない。


 日が暮れて、夜になり、村人たちが1日の活動を停止した後に、私は村の近くまで移動した。近紫外線を照射して……見付けた。あの女の子のだと思われる血液が、地面にて蛍光を発している。

 即座にサンプリングして、アナライザーでゲノム解析を開始する。私の考えが正しければ、これで理解が進むはずだ。


 ついでに、テントからでは死角になっている場所などを調べようと、辺りを見渡す。すると、村の外れから腐敗臭が漂ってくるのが感じられた。

 嗅覚をより刺激される方向へ進んでいくと、小高く土が盛られた上に丸太が置かれており、くり抜かれた幹の中にこの村の女性であろう死体が安置されていた。舟葬というやつだろう。


 ふむ、成人女性のものだな。体表にはハエの幼虫が多く見られ、腐敗性の水疱も増えてきている。顔と腹部は腐敗ガスによって膨らんでおり、下腹部は硫化メトヘモグロビンが生じて暗緑色となっている。この辺りの気温や湿度を考慮すると、死後3日といったところか。

 もう少し早く来ていれば、もっとフレッシュな状態で観察を出来たのか。まあ、これでも特に問題は無い。直に調べないと分からない情報を得ていくとしよう。


 歯の色はやや濃いめのブルー。爪で擦った時の傷付きやすさから、モース硬度は1と2の間のようだ。噛み合わせ部位は乳白色や薄緑色とのマーブル模様みたいになっており、やはり表面だけが藍鉄鉱となっていそうだ。念のため組成も分析しておくとする。


 真珠の様な構造は、右耳の上、後頭部の中ほど、左の肩甲骨に1つずつと、左の脛骨に並んだ3つが確認された。携帯型のCTスキャナーで内部構造を見たところ、ドーム状の核の周りが層状になっている。

 この核は…巻貝のようだな。なるほど、寄生性の貝によって真珠が作られているのかとは予想していたが、どうやら中々に珍しい生態であるようだ。この真珠と、その核になっている貝からも、少しだけサンプルを取らせてもらう。

 これらの分析と解析を行っている間に、間もなく終わる血液の方の解析結果を見ておこう。


 結果は……よし、期待した通りだ。あの血液中には、皮下に真珠を作り出す能力を持った寄生虫、その卵が含まれていた。

 メロパールの母貝であるハルカゼヤシガイに近縁な巻貝。仮にヒトシンジュガイと呼ぶことにするが、その生態のシミュレーション結果は、やはり大変に興味深いものであった。


 ヒトシンジュガイの卵から孵化した幼体は、すぐさま人間に寄生しようと泳ぎだすようだ。人間の皮膚を感知すると突き破って体内へと侵入し、血流に乗って定着する場所を探し始める。皮膚の近くで骨が平らなところが目的地であり、到着すると直下の骨を侵食してがっちり固着し、丸みを帯びた2ミリメートルほどの貝殻を持つまで成長していくと推定される。

 ただし、後半の行動を行うのはオスだけで、メスは貝殻を作らないなど挙動が大きく異なるらしい。固着したオスを見付けて覆い被さり、さっと精子を受け取った後は、貝殻ごと炭酸カルシウムで塗り固めてしまうようである。つまり、オス貝を人間の骨に定着するための足場として利用しつつ、真珠を作るための核にしてしまうわけだ。


 真珠の大きさが1センチメートルに達すると、メスはタンパク質を分解する酵素を分泌して、コブ状になった皮下組織を攻撃し始める。細胞が破壊され、炎症は進んでいき、皮膚は脆弱になって、やがて出血に至るという流れのようだ。わざわざ作られる真珠には、おそらく、何かの拍子にぶつけた時などに出血させやすくする役割があるのだろう。

 血が流れるのと共にヒトシンジュガイは産卵を行い、その卵や幼体に触れた人間に感染する、というサイクルであるらしい。


 …ふーむ、人間の女性にしか寄生を出来ないわけではなさそうだな。本来は老若男女を問わず、流れの弱い汽水域で感染するのがメインの戦略みたいだが、感染者であった村人たちの先祖がこの山奥へ移り住んで、事情が変わったのだと想像する。この村の周辺には汽水の環境など無く、川の流速はそこそこのスピードである。そのため、感染者の血液による媒介だけで保たれてきたものと考えられる。

 そして、感染する・しないが経験則で制御可能になり、女性だけのオシャレとして利用されるようになった、ということか。なお、ヒトシンジュガイの幼体は、人体に入った後に定着し損なうと長生き出来ないらしく、交配を成立させるには繰り返し感染する必要があるようだ。


 念のため調べていた組成も思った通りだし、核になっていた貝はヒトシンジュガイのオスで間違いなかった。この次々に理解が進んでいく感じ…やはり、直接の観察というのは非常に大切であると改めて実感する。

 それにしても、一般的な真珠よりも価値の高いメロパールに似たものが、確実に作ることが可能な上に、人骨と一体化して生成されるという事実。世の人体蒐集家たちには秘匿せねばならないと思いながら、私は次の村へと歩みを進めた。

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