尾張の大商人からの依頼【前編】
朝。
与四吉の家で朝餉を済ませた正男は、いつものように村を見て回ろうとしていた。
「鈴木様!」
外から、聞き慣れない男の声が響いた。
正男が振り返る。
そこには、身なりの整った男が立っていた。
年は三十ほど。
商人らしい着物を着ているが、どこか緊張した様子である。
「どちら様ですか?」
「突然の訪問、失礼いたします」
男は深々と頭を下げた。
「私は尾張で商いをしております者の使いでございます」
「尾張の商人?」
正男は首をかしげた。
「はい。実は……鈴木様にお願いしたいことがございまして」
「俺に?」
「はい」
男は一度、周囲を確認してから口を開いた。
「最近、鈴木様が行っている『改善』について、商人たちの間でも噂になっております」
「噂……?」
正男は少し嫌な予感がした。
「荷車と農具の改良や鍛冶場の作業を早くしたとか……」
「まあ……そういうことはしています」
「その話を聞いた商人がおりまして」
男は正男をまっすぐ見た。
「ぜひ一度、自分の店も見てほしい、と」
「店を?」
「はい」
正男は腕を組んだ。
「俺は商売について詳しいわけじゃありませんよ」
「それでも構わないとのことです」
「なぜ?」
「鈴木様は、仕事そのものを見るのでしょう?」
男の言葉に、正男は黙った。
「商売の経験がなくとも、仕事の流れを見て、無駄を探していただけるなら、それで十分だと」
なるほど。
正男は少し考えた。
確かに、自分がやっていることは商売の知識を教えることではない。
現場を見て、どこに時間がかかっているのか。
どこで人が動き、どこで物が止まっているのか。
そこを探しているだけだ。
「その商家は、どれくらいの規模なんです?」
「尾張でも名の知れた商家でございます」
「かなり大きいんですね」
「はい」
男は苦笑した。
「ですから、私どもだけでは、どこから手を付ければいいのか分からないのです」
「……分かりました」
正男は頷いた。
「一度、見せてもらいましょう」
「ありがとうございます!」
男は嬉しそうに頭を下げた。
「それでは、明日の朝にお迎えに上がります」
「分かりました」
男が帰っていく。
その背中を見送りながら、正男は呟いた。
「商家の改善か……」
物を作るのではなく、物を売る。
人の動きも違えば、仕事の流れも違う。
だが――
「無駄を探すって意味では、同じか」
翌朝。
約束通り、昨日の男が迎えに来た。
正男は一緒に、その商家へ向かうことにした。
しばらく歩くと、目の前に大きな屋敷が見えてきた。
門は広く、出入りする人も多い。
荷車も何台か並んでいる。
「ここです」
使いの男が言った。
正男は門の前で立ち止まった。
「大きいな……」
中へ入ると、さらに驚いた。
広い店先。
積み上げられた商品。
帳簿を片手に動き回る奉公人。
荷物を運ぶ者。
客の応対をする者。
様々な人間が、それぞれの仕事をしている。
だが――
正男は、すぐには口を出さなかった。
まずは見る。
人の動きを、商品の動きを、そして仕事の流れを。
それが改善の第一歩だと、正男は知っていた。
「お待ちしておりました」
奥から、一人の男と娘と思われる女が現れた。
男の年齢は四十代。
少しふくよかな体つきで、柔らかな笑顔を浮かべている。
しかし、その目は鋭い。
人の話を聞き、相手を観察することに慣れている目だった。
女の方は商家の娘らしく、身だしなみはきちんとしている。
長く艶のある黒髪を後ろでまとめ、整った顔立ちに、少し大きめの瞳。
細身で小柄ながら姿勢がよく、派手な美しさというより、清楚で可愛らしく、自然と人の目を引く少女だった。
「初めまして、わたくし伊藤惣十郎と申します」
男が頭を下げる。
「こちらは娘の桜です」
桜は深く礼をした。
「本日は、わたくし共のお願いを聞いていただき、ありがとうございます」
「鈴木正男です。わたしで良ければお手伝いいたします」
「鈴木殿」
「はい」
「桜に店を案内させますので、好きなように見てください」
「分かりました」
「では、こちらでございます」
桜が先に歩き、正男は店の中を歩き始めた。
商品が並んでいる。
だが、種類が多い。
布、調味料、道具、日用品。
遠方から仕入れた品もある。
正男は、一つ一つを確認する。
そして気づいた。
奉公人が商品を取りに行くたびに――
「えっと……どこだったかな」
「確か、あちらだったはず」
「いや、違う。奥じゃないか?」
そんな声が聞こえてくる。
一人だけではない。
何人も同じように商品を探している。
正男は足を止めた。
そして、商品を探している奉公人をしばらく観察した。
桜も足を止め、正男を見守っている。
商品を探し、見つけて、戻ってくる。
また別の商品を取りに行く。
その繰り返し。
【改善対象を確認しました】
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【改善対象:商家の商品管理】
問題点:
・商品の置き場所が決まっていない
・商品を探す時間が長い
・奉公人によって商品の場所の認識が違う
・商品の移動距離が長い
改善難易度:中
改善による効果:
・商品を探す時間の短縮
・商品の取り出し時間の短縮
・作業効率の向上
・作業負担の軽減
・商品の管理がしやすくなる
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「……なるほど」
正男が呟いた。
「何か分かりましたか?」
桜が尋ねる。
「ああ」
正男は店の奥を見た。
「ここで一番大きな無駄は……」
少し間を置いて。
正男は言った。
「商品を探している時間だ」
桜が目を見開く。
「探している時間……」
「そう」
正男は頷いた。
「商品そのものを売る時間より、その前の『探す時間』にかなり取られている」
五兵衛も周囲を見回した。
「確かに……さっきから皆、何か探してますね」
「ああ」
正男は腕を組んだ。
「まずは、ここからだな」
そして正男は、店の中をもう一度見渡した。
「桜さん」
「はい?」
「帳簿を見せてもらえるか?」
「帳簿ですか?」
「そうです」
正男は商品の並びを見ながら言った。
「どの商品が、どれくらい売れているのか知りたい」
桜は頷いた。
「分かりました」
「商品の置き場所を変えるなら、売れる順番も考えた方がいい」
桜は静かに笑った。
「なるほど」
正男は店の奥へ視線を向けた。
「さて……どこに何を置くか」
その答えを探すために、正男たちは帳簿を確認することになった。




