鍛冶屋の娘からの依頼【前編】
翌朝。
俺は与四吉の家で朝飯を食べていた。
「鈴木さんは、よく見てるね」
「つい、気になってね」
与四吉とそんな話をしていると――。
「すみません!」
突然、外から声が聞こえた。
俺と与四吉が顔を見合わせる。
「あの……正男さんはいますか?」
「俺ならここにいるが」
俺が答える。
すると、戸口から一人の少女が入ってきた。
十五歳くらいだろうか。
身長は百六十センチほど。
日焼けした肌に、細身の体。
健康的で、活発そうな少女だった。
だが――。
今の彼女には、そんな明るさはなかった。
とても深刻な表情をしている。
少女は俺の前まで来ると、深々と頭を下げた。
「突然、すみません」
「いや、大丈夫だ。それより、どうした?」
少女は顔を上げた。
そして、俺をまっすぐ見つめる。
「お願いがあります」
「俺に?」
「はい」
少女は両手を強く握りしめた。
「親父を……助けてください」
「お父さんを?」
「はい」
声が少し震えている。
「なつきちゃんじゃないか。中に入りなさい」
与四吉が家の中に招き入れる。
俺はなつきの話を聞くことにした。
「親父は鍛冶屋をしています」
「鍛冶屋か」
「毎日、朝早くから夜遅くまで仕事をしています」
なつきは俯いた。
「最近は、夜になっても仕事をやめません」
「それは心配だな」
「はい」
なつきは唇を噛んだ。
「親父は大丈夫だと言います。でも……」
なつきは顔を上げる。
「あたしは、大丈夫だとは思えません!」
その表情から、本気で父親を心配していることが伝わってきた。
「正男さんが、仕事を楽にしてくれる人だと聞きました」
「誰から聞いた?」
「村の人がみんな言ってます」
「仕事を楽にしてくれる人だと」
与四吉が笑った。
「小さい村だからな。すぐ噂が広まる」
「そうなんですか……」
なつきの表情が、ほんの少しだけ明るくなった。
「だから……お願いします」
「親父の仕事を、少しでも楽にしてください」
俺は少し考えた。
鍛冶仕事そのものを俺ができるわけではない。
だが、仕事のやり方を見れば、改善できるところがあるかもしれない。
「わかった」
俺は立ち上がった。
「まずは、その鍛冶屋を見せてもらおう」
「本当ですか?」
「ああ」
なつきの顔に、初めて笑顔が浮かんだ。
とても笑顔が似合う女の子だった。
「ありがとうございます!」
さっきまでの深刻な表情が嘘のように明るくなる。
「……ずいぶん表情が変わるな」
「え?」
「いや、何でもない」
俺は苦笑した。
こうして俺は、なつきの案内で鍛冶屋へ向かうことになった。
しばらく歩くと、大きな音が聞こえてきた。
カンッ! カンッ! カンッ!
鉄を叩く音だ。
「ここです」
なつきが足を止める。
そこには、小さな鍛冶場があった。
中から熱気が流れてくる。
火床では、赤く熱せられた鉄が燃えていた。
「親父!」
なつきが大声で呼びかける。
「おう。どうした?」
叩くのを止め、男が奥から出てきた。
五十歳くらいだろうか。
大柄な体つきで、腕は太い。
額には汗が浮かんでいる。
「こちら、正男さん」
「正男?」
父親が俺を見る。
「荷車を直した人だよ」
「ああ、あんたが……」
男は俺をじっと見た。
「俺は鍛冶職人の源蔵だ」
「正男です。よろしくお願いします」
「それで、何の用だ?」
俺が答える前に、なつきが口を開いた。
「親父の仕事を見てほしいとお願いしたんだ」
「俺の仕事を?」
「うん」
源蔵は少し困った顔をした。
「別に困ってないぞ」
「困ってるじゃない」
「困ってない」
「昨日も夜遅くまで仕事してたじゃない」
「仕事だからな」
「一昨日も」
「……」
なつきが父親を睨む。
源蔵は黙って鉄を見た。
俺は鍛冶場の中を見回した。
「なるほど……」
俺は鍛冶場の中を歩く。
その瞬間。
頭の中に、無機質な声が響いた。
【改善対象を確認しました】
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【改善対象:鍛冶場】
問題点:
・工具の置き場所が決まっていない
・材料が整理されていない
・完成品と作業途中の品が混在している
・通路に物が置かれている
・不要な物が作業場所を圧迫している
改善難易度:低
改善による効果:
・工具を探す時間の短縮
・材料を取り出す時間の短縮
・作業スペースの確保
・作業効率の向上
・作業負担の軽減
・安全性の向上
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「何か分かりました?」
なつきが聞く。
「ああ」
俺は作業台の上を見た。
「この鍛冶場、物を探す時間がかなり多いんじゃないか?」
源蔵が驚いた顔をする。
「……よく分かったな」
「工具を見れば分かる」
俺は金槌を手に取った。
「これを使った後、どこに戻す?」
「その辺だ」
源蔵が指を差す。
「その辺、か……」
俺は苦笑した。
「それじゃ、次に使うときに探すことになる」
「確かに……」
なつきが周囲を見る。
「そういえば、父さん。よく工具を探してるよね」
「……」
「鉄材も探してる」
「……」
「ヤットコも」
「なつき」
「はい」
「少し黙ってろ」
「はい」
なつきが素直に口を閉じた。
俺は思わず笑ってしまった。
だが、笑っている場合ではない。
俺は改めて鍛冶場を見渡した。
前の世界でも、こういう無駄は何度も見てきた。
「まずは、整理整頓から始めよう」
「整理整頓?」
源蔵が首を傾げる。
「ああ」
俺は鍛冶場を見回した。
「鍛冶仕事を変えるんじゃない」
「仕事をする環境を変えるんだ」
これは改善できる。
だが――。
今回は、今までとは少し違う。
道具を新しく作る必要はない、鍛冶の技術を教える必要もない。
ただ、今ある物を整理するだけだ。
それだけで、本当に仕事は楽になるのか。
俺は源蔵を見る。
「源蔵さん」
「なんだ?」
「少し、鍛冶場を整理してもいいですか?」
源蔵は鍛冶場を見て、次になつきを見た。
そして、苦笑する。
「好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
俺は袖をまくった。
「なつきも手伝ってくれるか?」
「もちろん!」
なつきが元気よく答えた。
「じゃあ、まずは不要な物を分けよう」
「はい!」
俺たちは、鍛冶場の整理を始めた。
まずは、目の前の無駄をなくす。
それが今回の改善の第一歩だった。




