建設ラッシュと白猫の日常
わしの名は、しろ。
白い毛並みに青みがかった瞳。人間どもから見れば、どこからどう見ても愛らしい猫である。
まあ、わし自身は愛らしさなど気にしておらぬがな。
わしは屋敷の縁側で大きく伸びをした。ぽかぽかとした日差しが気持ちいい。こんな日は、縁側でのんびり過ごすに限る。
……と思っていたのに。
「よいしょ! よいしょ!」
「そっちを持ち上げてくれ!」
「柱を立てるぞ! 気をつけろ!」
屋敷の外から、朝から大きな声が聞こえてくる。わしは耳をぴくりと動かした。いったい何事じゃろう。
気になって顔を上げると、目の前では、いつの間にかたくさんの建物が建てられ始めていた。鍛冶場に木工所、倉庫に事務所、それに食堂。あっちでは大工たちが柱を組み立て、こっちでは別の大工たちが木材を運んでいる。地面には建物の位置を示す縄が張られ、木材や石材も種類ごとに分けて置かれていた。
ずいぶんと大がかりな工事じゃな。
「ふにゃ……」
わしは思わず声を漏らした。この前まで、こんなににぎやかではなかったのに。どうやら、正男が織田家との共同事業に向けて、本格的に動き始めたらしい。
わしは縁側から立ち上がり、工事の様子を見に行くことにした。
まず目に入ったのは、建設予定地の中央で話し合っている正男たちだった。正男の隣には五兵衛が立ち、その向かいには桜がいる。三人は大工の棟梁を交えて、何やら相談していた。
「鍛冶場は火を使う場所ですから、ほかの建物とは少し距離を取ったほうがいいですね」
桜が手にした紙を広げる。そこには建設地全体の配置が描かれていた。鍛冶場、木工所、倉庫、事務所、食堂。それぞれの建物の位置だけでなく、材料や製品を運ぶための通路まで記されている。
「そうだな。鍛冶場は火災への備えが必要だ。それに、木工所から木材を運びやすいように、通路も確保しておきたい」
正男が図を指さしながら答えた。
「でしたら、倉庫はこちら側に置いたほうがよいかもしれません。鍛冶場と木工所の両方から、完成した品を運びやすくなります」
「なるほど。材料の搬入と製品の搬出が重ならないように、通路を分けることも考えよう」
「はい。では、そのように配置を修正しますね」
桜はうなずくと、手元の図に印をつけた。
ふむふむ。桜は、ただ正男の隣に立っているわけではないらしい。建物の配置を考え、正男と相談しながら図面を直している。まるで正男の秘書みたいじゃな。……いや、秘書なのだろう。正男が考えたことを形にするために、桜も忙しそうに働いていた。
五兵衛も、大工たちと話しながら建物の位置を確認している。
「棟梁、この柱の間隔は、ほかの建物とそろえられますか?」
「へえ、柱の間隔をですかい?」
「はい。使う木材の寸法をある程度そろえておけば、後で修理するときにも都合がいいと思うんです」
「なるほど。そいつは考えておりませんでしたな」
大工の棟梁が感心したようにうなずいた。五兵衛も、正男からいろいろ教わっているのだろう。
みんな、真面目じゃのう。
わしは、ふわりとあくびをした。もう少し、のんびりできる場所はないじゃろうか。
そう思って歩いていると、鍛冶場の建設現場から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「棟梁! そこの柱、もう少しこっちに寄せたほうがいいんじゃないか?」
なつきじゃ。大工たちに混じって、建設中の鍛冶場を見上げている。
「お嬢ちゃん、こっちかい?」
「そうそう! そこなら、あとで道具を置く場所も確保できるだろ!」
「なるほどな。確かに、そいつは大事だ」
大工が納得したように笑った。なつきは鍛冶場で使う道具や作業場所のことを考えているらしい。自分が使う場所だから、気になるのだろう。
「火を使う場所はこっちにして、道具を置く場所は壁際にまとめたほうがいい!」
「おう、分かった!」
なつきは大工たちと楽しそうに話していた。わしは少しだけその様子を眺めてから、別の場所へ向かった。
すると、今度はいい匂いが漂ってきた。
くんくん。これは……ご飯じゃ!
匂いをたどっていくと、そこにはお梅とお花がいた。二人は大工たちのために食事の準備をしている。大きな鍋からは湯気が立ち上り、近くには料理を盛りつけるための器が並べられていた。
「梅、お椀は足りてる?」
「大丈夫! 姉さん、そっちの鍋お願い」
「はい!」
二人は休む間もなく動き回っていた。料理を運び、器を並べ、次の食事の準備をする。建物を作る大工たちも大変そうじゃが、食事を用意する二人も負けずに忙しそうじゃ。
わしは、そっとお梅の足元に近づいた。そして、すりすり。
「にゃあん」
甘えた声を出してみる。お梅なら、わしの気持ちを分かってくれるはずじゃ。いつもなら頭を撫でてくれたり、優しく声をかけてくれたりする。今日も、少しくらい構ってくれてもいいではないか。
ところが。
「あら、しろちゃん。ごめんね、今は忙しいの。またあとでね」
お梅はそう言って、わしの頭を一度だけ撫でると、すぐに鍋のほうへ戻ってしまった。
「にゃ……」
「あとで」じゃと。わしは知っておる。「あとで」ほど当てにならぬ言葉はない。
わしは絶望し、その場に立ち尽くした。お花も料理を運ぶのに忙しく、こちらを気にかける余裕はなさそうじゃ。
むう。つまらん!
みんな、仕事ばかり。わしだって、たまには構ってほしいのじゃ。
仕方がない。こうなったら、あやつのところへ行こう。
わしは尻尾を揺らしながら、建設地の外れへ向かった。そこには予想どおり、くろがいた。くろは地面に生えた草を、もしゃもしゃと食べている。そのすぐ横では、熊蔵が気持ちよさそうに寝転がっていた。
ぐうぐう。
大きな体を横たえ、まったく起きる気配がない。
……平和じゃな。
わしは、くろの隣にちょこんと座った。
『のう、くろよ』
くろは草を食べるのをやめず、わしに返事をした。
『なんだ、しろ』
『みんな忙しそうじゃのう』
『そうだな』
『酷いと話だと思わんか? お梅もお花も、わしを構ってくれなかったのじゃ』
『飯の支度をしているのだろう。人間は忙しいと、周りが見えなくなるものだ』
『むう……』
わしは頬を膨らませた。
『正男も、五兵衛も、桜も、なつきも、みんな仕事ばかりじゃ』
『お前も何か手伝えばよいではないか』
『馬鹿を言うでない! なんでわしが手伝わねばならんのじゃ?』
くろが、ちらりとこちらを見た。
『暇なのだろう?』
『たしかに暇じゃが……わしは猫じゃぞ!』
『猫なら、寝ていればよい』
『……それもそうじゃな』
わしは、くるりと体を丸めた。なんだか、くろの言うとおりな気がしてきた。
人間たちは、これから使う建物を作るために頑張っている。鍛冶場ができれば、なつきも仕事がしやすくなるじゃろう。木工所ができれば、正男たちもいろいろな道具を作れるようになる。倉庫があれば、材料や完成した品を置いておける。事務所ができれば、桜も書類をまとめやすくなるに違いない。
つまり、みんなが頑張っているのは、これからのためなのじゃ。
『……まあ、少しくらいは応援してやってもよいかのう』
『ほう。珍しいことを言うな』
『わしだって、それくらい分かるわい!』
くろは、また草を食べ始めた。その隣では、熊蔵が大きないびきをかいている。
わしは二匹を眺めながら、ゆっくりと目を閉じた。大工たちの掛け声が聞こえる。木材を打ちつける音が響く。人間たちが忙しそうに動き回る気配が伝わってくる。それでも、この場所だけはのんびりしていた。
……うむ。やはり、こういう時間も大切じゃな。
わしは、くろの隣で丸くなった。新しい工房ができあがるまで、まだしばらくかかりそうじゃ。その間くらい、わしはここで昼寝をしていてもよいじゃろう。
熊蔵のいびきを子守歌に、わしは再び眠りについた。もちろん、みんなの仕事が終わったら、たっぷり甘えてやるつもりじゃ。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
「白猫の日常」第2弾です。当初は大きな工場を建てようかとも思ったのですが、現実的ではないと思いやめました。各工房ごとに建物を分けることにしました。
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