白猫を飼いたい!
「それじゃあ、しろ。今日からあんたは、あたしの家族だからね!」
あたしはくろに乗って白い猫を抱きかかえながら、村へ続く道を進んでいた。さっきまで、あんなに大きくて恐ろしい化け猫だったのに、今は普通の猫と変わらない大きさだ。真っ白な毛並みに、青みがかった瞳。こうして見ると、なかなか可愛い。
『誰が家族じゃ。わしはお主に負けただけで、飼われると承知した覚えはないぞ』
しろの声が、あたしの頭の中に直接響いた。相変わらず偉そうな猫だ。
「細かいことはいいじゃない。あたしが面倒を見るんだから!」
『勝手な娘じゃな……』
「何か言った?」
『別に何も言っておらん』
しろは、ふいっと顔をそらした。でも、あたしの腕から逃げようとはしない。案外、悪くないと思っているのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、前方から見慣れた人影が近づいてきた。
「あっ、なつきちゃん!」
声をかけてきたのは、お梅だった。あたしを見つけると、いつもの明るい笑顔で駆け寄ってくる。
「梅! ちょうどよかった!」
「どうしたの? そんなに急いで……って、あれ?」
お梅の視線が、あたしの腕の中にいるしろへ向いた。
「猫……?」
「そう! この子、しろっていうの!」
あたしがしろを少し持ち上げると、お梅は目を輝かせた。
「わあ……! 真っ白で可愛い!」
お梅は、そっとしろの顔をのぞき込んだ。
「こんにちは、しろちゃん。あたしはお梅だよ」
しろは、お梅をじっと見つめた。
『ふむ。なかなか愛想のよい娘じゃな』
「えっ?」
あたしは思わず声を上げた。
「どうしたの、なつきちゃん?」
「しろも、梅のこと気に入ったって言ってるよ」
「ほんと?! 嬉しい!」
「それより、梅。この子を家で飼いたいんだけど、正男にお願いするのを手伝ってくれない?」
「えっ、飼うの?」
「うん!」
お梅は、しろをもう一度見つめた。
「でも……さっきまで、なつきちゃんが出かけていた場所って、あの古い屋敷のほうだよね?」
「うん」
「もしかして、化け猫って、この子のこと?」
「そうだよ」
あたしは、隠さずに答えた。
「なんだ! 心配して損しちゃった」
「ふふ。正男にお願いしてみようよ!」
「うん。そうだね」
「こんなに可愛い猫ちゃんだもんね。ちゃんとお世話できるなら、飼えるといいね」
「でしょ!」
あたしは、しろを抱き直した。
「よし、帰ろう!」
こうして、あたしたちは屋敷へ戻ることにした。
「ただいまー!」
屋敷の門をくぐると、庭先から正男の声が聞こえてきた。
「おかえり、なつき。お梅も一緒だったのか」
「うん!」
あたしは、慌ててしろを背中に隠した。正男のそばには五兵衛もいた。そして、屋敷の縁側には初めて見る女性の姿もあった。
「はじめまして、なつきちゃん。正男様の家臣になった桜です。よろしくお願いします」
桜は丁寧に礼をした。
「なつきだよ! よろしく!」
桜は、にこやかに微笑んだ。けれど、あたしは今、正直それどころじゃなかった。正男に、しろを飼ってもいいか聞かなければならないのだ。
あたしは、しろを背中に隠したまま正男の前に立った。
「正男! お願いがあるんだ!」
「お願い?」
正男が不思議そうに首をかしげた。
「どうしたんだ?」
「えっと、その……」
隣にいたお梅も、なぜかあたしと同じように落ち着かない様子で立っている。正男は、あたしたち二人を交互に見た。
「……二人とも、どうした?」
「な、なんでもないよ!」
「そ、そうです!」
「いや、明らかに何かあるだろう……」
正男が眉をひそめる。五兵衛も、不思議そうにあたしたちを見ていた。
もう、隠していても仕方がない。あたしは覚悟を決め、背中に隠していたしろを正男の前に差し出した。
「この子、うちで飼いたいの!」
「……猫?」
正男は、しろを見つめた。しろは何事もないかのように、のんびりと前足をなめている。
「真っ白な猫ですね。どこで見つけたんですか?」
桜が興味深そうに近づいてきた。
「古い屋敷で見つけたんだ!」
「それで、この子を飼いたいんだ!」
正男は、しろとあたしを交互に見た。
「生き物を飼うということは、最後まで面倒を見るということだ。可愛いからという理由だけで、簡単に決めていいことじゃない」
「わかってる!」
あたしは、しっかりとうなずいた。
「ちゃんと面倒を見る! 絶対に途中で投げ出さない!」
お梅も、一歩前に出た。
「なつきちゃんだけじゃなくて、あたしもお世話を手伝います! ご飯の用意なら任せてください。しろちゃんが困らないように、ちゃんとお世話します!」
「お梅もか……」
正男は、少し困ったように笑った。それから、しろの前にしゃがみ込む。しろは、正男をじっと見つめた。
『ふむ。この男が、この家の主か』
しろの声が、あたしの頭の中に響いた。しろは正男の顔を見つめたあと、何事もなかったかのように目を細めた。もちろん、正男にはしろの声は聞こえていない。
「……まあ、たしかに可愛いな。飼いたい気持ちも分かる」
正男は立ち上がると、あたしに向き直った。
「なつき。本当に最後まで面倒を見られるんだな?」
「もちろん!」
「お梅も、手伝ってくれるんだな?」
「はい!」
正男は二人の顔を見比べ、最後に小さく息を吐いた。
「わかった。きちんと世話をすることを条件に、飼ってもいいぞ」
「本当!?」
「ああ。ただし、途中で世話をしなくなったら、そのときは改めて考えるからな」
「やったあ!」
あたしは、しろをぎゅっと抱きしめた。
「聞いた? しろ! 今日からここが、あんたの家だからね!」
『まったく……人間というものは、勝手に物事を決めるのが好きじゃな』
しろは、あきれたように心の中でつぶやいた。けれど、その目はどこか満足そうだった。
「ありがとうございます、正男様!」
お梅も、嬉しそうに頭を下げた。
「これから、しろちゃんのお世話を頑張りますね!」
「頼んだぞ。二人とも」
正男が微笑むと、桜も楽しそうにしろを見つめた。
「賑やかになりそうですね。白い猫なんて、とても素敵です」
「うん! しろは、あたしが名前をつけたんだ!」
「しろ、ですか。可愛らしい名前ですね」
五兵衛も、ほっとしたように笑った。
「これからよろしくな、しろ」
しろは、五兵衛の言葉に返事をすることなく、のんびりとあくびをした。その態度に、あたしは思わず笑ってしまった。
「もう、しろったら!」
『わしは眠いのじゃ。騒がしいのは、あとにせい』
しろの声が、頭の中に響く。どうやら、こいつはかなりのんびり屋らしい。
こうして、化け猫だったしろは、鈴木家の一員になった。これから先、どんな騒動を起こしてくれるのか。今はまだ、誰にもわからなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この話は、子供が親に猫を飼いたいと言うときは、こんな感じなのかなと想像しながら執筆しました。
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