鍛冶屋の娘vs化け猫【後編】
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「ふーー」
化け猫は低く唸ると、四肢を床につけた。鋭い爪が床板に食い込む。その姿勢は、獲物に飛びかかる獣そのものだった。なつきも足を開き、金槌を両手で握り直した。
「いいよ……。それなら、あたしも本気でいく!」
二人の視線が交差する。次の瞬間、化け猫が床を蹴った。なつきも正面から踏み込み、金槌を大きく振りかぶってフルスイング!
「いっけえええっ!」
金槌と鋭い爪が、薄暗い廊下で激突した。
ガギィィンッ!
金槌の頭と化け猫の爪がぶつかり、火花が散った。
「ぬうっ!」
化け猫が顔をしかめる。なつきは衝撃に腕を痺れさせながらも、金槌を握る手を緩めなかった。
「まだまだっ!」
「小娘! 調子に乗るな!」
化け猫は前脚を振り払い、なつきを弾き飛ばそうとした。なつきは金槌を引き戻し、床を蹴って後方へ跳んだ。化け猫の爪が目の前をかすめる。そのまま壁を蹴った化け猫は、なつきの頭上を飛び越え、背後に着地した。
「こっちじゃ!」
「速いね!」
なつきは振り返ると同時に金槌を横へ振った。しかし、化け猫は身を低くして攻撃をかわす。金槌が壁にぶつかり、木片が飛び散った。
「そんな大振り、当たらぬわ!」
「だったら、これはどう!」
なつきは金槌を引き戻し、今度は下からすくい上げるように振り上げた。化け猫は後ろへ跳び、金槌は腹の下を通り抜けて空を切る。着地した化け猫が、二本の尾を同時に振るった。
「きゃっ!」
なつきは金槌を盾にして受け止めた。
ドゴンッ!
凄まじい衝撃が腕に伝わり、なつきの体が後ろへ吹き飛ぶ。足が床板を滑り、背中が壁にぶつかった。
「くっ……!」
「どうした、小娘! 先ほどの威勢はどこへ行った!」
化け猫は口元を歪めた。
「その程度では、わしには勝てぬぞ!」
「へえ……」
なつきは壁から背を離し、金槌を構え直した。
「確かに、速いし、身軽だし、力も強いね!」
「今ごろ気づいたか!」
「でもさ!」
なつきは、にっと笑った。
「あたしだって、まだまだいけるよ!」
「小癪な!」
化け猫が床を蹴った。今度は正面からではない。柱を蹴り、壁を蹴り、天井近くまで跳び上がる。そのまま体をひねり、なつきの死角へ回り込んだ。
「そこっ!」
化け猫の爪が、なつきの肩を狙う。なつきは身をひねってかわしたが、爪先が着物の袖をかすめた。
「危なっ!」
なつきは反撃しようと金槌を振り上げた。だが、化け猫はすでに間合いの外へ逃れていた。
「くそっ、ちょこまかと!」
「わははは! わしを捕まえられるものか!」
化け猫は二本の尾を揺らしながら、余裕たっぷりに笑った。
なつきは金槌を握り直した。正面から振るだけでは、素早い化け猫を捉えられない。ならば、相手が攻撃してくる瞬間を狙うしかない。
「よし……」
なつきは、じっと化け猫を見据えた。
「今度は、こっちから行くよ!」
床を蹴り、一気に距離を詰める。化け猫は待ち構えていたように爪を振り下ろした。なつきは金槌の柄で爪を受け流し、そのまま踏み込んだ。
「もらった!」
金槌を横薙ぎに振るう。しかし、化け猫は体をひねってかわした。そのまま、なつきの目の前へ顔を近づける。
「終わりじゃ、小娘」
化け猫の瞳が、怪しく光った。
「えっ……?」
次の瞬間、なつきの体がぴたりと止まった。足が動かない。腕も動かない。金槌を握る指さえ、言うことを聞かなかった。
「な、何これ……!」
「わしの術じゃ。わしの目を見た者は、身体の自由を奪われる」
化け猫は、ゆっくりとなつきの周りを歩いた。
「いかに怪力であろうとも、動けなければ意味はない」
なつきは必死に体を動かそうとした。しかし、見えない縄で全身を縛られたように、指一本動かせない。やがて、握っていた金槌が手から滑り落ちた。
ガランッ!
金槌が床に転がる。
「くっ……!」
「ふふふ。これで終わりじゃな」
化け猫は、余裕を持った足取りでなつきへ近づいた。鋭い爪が、ゆっくりと持ち上がる。
「まずは、その生意気な頭から食ろうてやるわ」
なつきは歯を食いしばった。このままでは、本当にやられてしまう。それでも、ここで負けるつもりはなかった。
(動け……!)
全身に力を込める。
(動け、動け、動けっ!)
足に力を入れようとしても、体は動かない。化け猫は、すぐ目の前まで迫っていた。
「無駄じゃ。わしの術を破ることなど……」
「うるさいっ!」
なつきは腹の底から声を張り上げた。
「こんなもので、あたしを止められると思うなあああっ!」
全身に力を込めた、その瞬間。
ピシッ!
何かが砕けるような感覚が、なつきの身体を駆け抜けた。
「なにっ!?」
化け猫の目が見開かれる。なつきの指が動いた。続いて腕が動き、足が床を踏みしめる。見えない拘束が、解けた!
「馬鹿な……! わしの術を、気合だけで破ったというのか!」
床に落ちた金槌には目もくれず、なつきは一気に踏み込んだ。
「まずは一発!」
ドスッ!
拳が化け猫の腹にめり込む。
「ぐふっ!」
化け猫の巨体が折れ曲がった。
「もう一発!」
ドゴッ!
反対の拳が腹に叩き込まれる。
「まっ、まて小娘……!」
「まだまだあっ!」
ドスッ! ドゴッ! バキッ!
なつきは左右の拳を次々と繰り出した。腹へ、脇腹へ、再び腹へ。化け猫が後ろへ下がろうとするたび、なつきは素早く踏み込み、逃げる隙を与えずに拳を叩き込んだ。
「ぐおおっ! や、やめんか!」
「さっきまでの余裕はどうしたの!」
「調子に乗るでないわ!」
化け猫が爪を振り上げる。なつきは体を沈めてかわし、踏み込む勢いのまま拳を突き出した。
ドゴォッ!
「ぐはあっ!」
化け猫の体が大きくよろめいた。なつきは追撃をかけようとしたが、化け猫は二本の尾を振り回し、距離を取った。
「はあっ、はあっ……!」
化け猫は腹を押さえ、荒い息を吐いた。
「まさか……術を破ったうえ、素手でここまで打ち込んでくるとは……」
「まだ終わってないよ!」
なつきは拳を握り、足を踏み出した。
「ならば、ここで決着をつけてくれる!」
二本の尾を広げ、なつきへ向かって突進する。なつきは真正面から迎え撃つと見せかけ、直前で横へ跳んだ。化け猫の巨体が通り過ぎる。その隙を逃さず、なつきは身体をひねり、化け猫の横腹を蹴りつけた。
「そこっ!」
ドゴッ!
「ふぎゃっ!」
化け猫は戸を突き破り、庭へと転がり出た。なつきもすぐさま後を追う。
屋敷の外には、枝を大きく広げた古い大木が立っていた。化け猫は地面に爪を立て、体勢を立て直そうとした。しかし、腹に受けた連続攻撃のダメージが大きく、足元がふらついてうまく立ち上がれない。
「小娘……! ここまでわしを追い詰めるとは……!」
なつきは、化け猫を正面に見据えたまま、その化け猫ではなく大木の方へと向かって走った。
「何をするつもりじゃ!」
なつきは大木の幹を蹴った。
ドンッ!
その反動で、体が空高く跳び上がる。化け猫が驚いて顔を上げた。なつきは空中で身体を大きくひねった。上半身から腰へとひねりを連動させ、その勢いを全身の回転へとつなげていく。
「これで、決めるっ!」
回転の勢いを脚へと乗せ、なつきは化け猫へ向かって急降下した。
「でええええいっ!」
全身の力と回転の勢いを乗せた蹴りが、化け猫の胴体に直撃した。
ドゴォォォンッ!
「ぐおおおおっ!」
化け猫の巨体が地面を転がり、庭の端まで吹き飛んだ。土煙が舞い上がる。やがて、庭に静けさが戻った。
なつきは着地すると、息を整えながら化け猫のもとへ歩いていった。
「どう? まだやる?」
化け猫は地面に横たわったまま、しばらく動かなかった。やがて、観念したように目を閉じた。
「……完敗じゃ」
その言葉とともに、巨大な身体がぐにゃりと縮み始めた。太い前脚は細くなり、二本の尾は一本に戻っていく。鋭い爪と牙が消え、やがて白い毛並みの小さな猫の姿に戻った。
そこにいたのは、先ほど廊下で見かけた白猫だった。
なつきはしゃがみ込み、白猫を両手で持ち上げた。
「へえ……。こんなに小さくなっちゃうんだ」
「好きにせい」
白猫は、ふてくされたように顔を背けた。なつきは白猫の顔をじっと見つめた。白い毛並み、青みがかった瞳、そして、どこか偉そうな態度。
「よし、あんたの名前は『しろ』!」
「……ん? わしを飼うつもりか?」
「うん! 屋敷に連れて帰る!」
「勝手に決めるでないわ!」
しろは不満そうに尻尾を振った。しかし、なつきの腕から逃げようとはしなかった。
「まあ、悪くはない」
「でしょ!」
なつきは嬉しそうに笑った。
「人間に飼われるのも久方ぶりじゃ」
しろは、懐かしむように目を細めた。
「それじゃ、しろ。帰ろう!」
「待て。わしは歩けるぞ」
「いいから、いいから!」
なつきはしろを抱えたまま、屋敷の門へと向かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
猫は可愛いですよね。作者の名前が表す通り、猫は好きです。肉球が特に。もちろん犬も好きです。しろは、今後も引き続き活躍する予定です。楽しみにしていてください。
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余裕が出来たので、本日と明日は朝6時と夕方5時に更新予定です。




