新生活スタート
隠し山城での戦いから、数日後。信長様から新たな領地を与えられた俺は、その土地に引っ越すため、五兵衛となつきと一緒に屋敷を出た。もちろん、くろと熊蔵も一緒だ。なつきは巨大な黒牛のくろに乗り、熊蔵はその後ろをのんびりと歩いている。
「正男、この道をまっすぐ行けばいいんだよね?」
「ああ。以前、信長様から場所を教えてもらった。もう少し先だ」
「新しい領地か……。僕たちの暮らすところも変わるんですね」
五兵衛が周囲を見回しながら言った。
「そうだな。先にお花とお梅が俺たちが住む新しい屋敷を準備してくれている」
「二人に会うのも久しぶりだな」
五兵衛は懐かしむように道の先を眺めている。俺が今回の領地で考えているのは、工房の建設だ。これまでのように、必要なものを一つずつ手作りするだけでは限界がある。鍬や荷車を改良し、職人たちに技術を教え、将来的にはまとまった数を生産できる体制を作りたい。そのためにも、まずは土地の状態を確認する必要があった。
しばらく進むと、木々の向こうに屋敷が見えてきた。俺たちの拠点となる屋敷だ。その屋敷では、俺たちが到着する前から、お花とお梅が忙しく働いていた。
「姉さん、こっちの部屋の掃除は終わった?」
「ええ、もう少しで終わるわ。梅は、寝具の準備をお願い」
「うん! 正男様がいつお戻りになってもいいように、きちんと準備しなきゃね」
二人は部屋の掃除を済ませ、床や柱の汚れを丁寧に拭き取っていた。寝具を整え、使いそうな道具をまとめ、食事の支度も進めている。まだ屋敷の中には片づけなければならない場所が残っていたが、二人は手を休めなかった。
「正男様は、これからこの屋敷を拠点にされるんですよね」
お梅が尋ねた。
「ええ。だからこそ、少しでも過ごしやすい場所にしておきたいわね」
お花はそう答え、再び雑巾を手に取った。二人とも、正男の新しい暮らしを支えようと、一生懸命に働いていた。
やがて、屋敷の外から声が聞こえてきた。
「……来られたのでしょうか?」
お花とお梅は顔を見合わせ、急いで玄関へ向かった。そして、屋敷の前に現れた俺たちを見て、二人はそろって頭を下げた。
「正男様、お帰りなさいませ」
「ただいま。二人とも、屋敷の準備をしてくれていたのか?」
「はい。まだ片づいていない場所もありますが、できる限り整えておきました」
お花が答える。
「ありがとう。助かるよ」
俺が礼を言うと、二人は嬉しそうに微笑んだ。しかし、次の瞬間、お花とお梅の表情が固まった。二人の視線は、俺の隣にいるなつきと、そのなつきが乗るくろへ向けられていた。
「えっ……こ、こちらの方は……?」
お花が戸惑いながら尋ねた。
「なつきだ。俺の仲間で、鍛冶仕事も得意なんだ」
「なつきだよ! よろしくね!」
なつきが明るく挨拶すると、お花とお梅も慌てて頭を下げた。
「お花と申します。よろしくお願いいたします」
「お梅です! よろしくお願いします!」
二人は挨拶を返したものの、なつきが乗っている巨大な黒牛のくろを見上げ、目を丸くした。
「こ、こんなに大きな牛がいるんですか!?」
お花が驚きの声を上げる。
「ええっ!? それに……後ろにいるのは、熊ですよね!?」
お梅は驚いて、お花の後ろに隠れるように身を寄せた。お梅の視線の先には、巨大な熊蔵がいた。熊蔵は俺たちの後ろをのんびりと歩いていたが、二人に気づくと立ち止まり、じっと見つめた。
「驚かせて悪い。なつきが乗っている牛がくろで、後ろの熊は熊蔵だ。どちらも俺たちの仲間だから、心配しなくていい」
「仲間……ですか?」
お花はまだ警戒している様子だった。
「ああ。くろも熊蔵も、むやみに人を襲ったりはしない。少しずつ慣れていけば大丈夫だ」
「そうそう。くろは賢いし、熊蔵もおとなしいんだよ」
なつきがくろの首筋を優しく撫でる。くろは気持ちよさそうに鼻を鳴らした。熊蔵もその場に腰を下ろし、大きな体を揺らしながら、のんびりと俺たちを眺めている。
「ほら、こんな感じだよ。怖くないからね」
なつきが笑顔で声をかけた。お花とお梅は顔を見合わせた。
「……本当に、おとなしいんですね」
お梅が恐る恐る近づき、くろの様子をうかがった。くろは動かず、静かにお梅を見つめている。
「さ、触っても大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ」
なつきが答えると、くろはゆっくりと頭を下げた。お梅はそっと手を伸ばし、くろの首筋に触れた。
「わあ……毛並みがつやつやしています!」
お梅の顔に、ぱっと笑みが浮かんだ。
「姉さんも触ってみて! すごく気持ちいいよ!」
それを見て、お花も恐る恐る近づいてくる。一方、熊蔵は二人を怖がらせないようにしているのか、その場に座ったまま動かなかった。
「熊蔵も、こうしている分にはおとなしいぞ」
俺がそう言うと、お花は熊蔵の前にそっと近づいた。熊蔵が鼻をひくひくさせる。
「ひゃっ!」
お花は一瞬びくりとしたが、熊蔵が襲いかかる様子もなく、ただ匂いを確かめているだけだとわかると、ほっと息を吐いた。
「……なんだか、かわいらしいですね」
「そうだろう?」
俺が笑うと、お花も小さく笑った。
「なつきさんも、くろも熊蔵も、最初はびっくりしましたけれど……これから仲良くできそうです」
お花がそう言うと、お梅も笑顔でうなずいた。そして、お梅はなつきに挨拶する。
「なつきちゃん、これからよろしくね!」
「あたしこそ、よろしく!」
なつきは嬉しそうに笑った。こうして、お花とお梅は、なつき、くろ、熊蔵と初めて顔を合わせた。最初こそ驚いていた二人だったが、なつきの明るい人柄と、くろや熊蔵のおとなしい様子に触れ、少しずつ打ち解けていった。
ひとまず挨拶を終えた俺たちは、屋敷の中へ入った。
「お花、お梅。屋敷の準備をしてくれてありがとう。おかげで助かったよ」
「いえ、正男様のお役に立てるのでしたら、これくらいは当然です」
お花が答えた。
「姉さんと一緒に、もっときれいにしていきますね!」
お梅も元気よく言い、部屋の奥を示した。俺は二人の働きに感謝しながら、屋敷の中を見回した。まだ古びた箇所はあるものの、きちんと手入れすれば十分に使えそうだ。ここを拠点にして、領地の整備や工房の準備を進めていこう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この話からお梅とお花の登場回数を増やす予定です。楽しみにしていてください。
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