奇襲作戦
山へ向かう道を、俺たちは慎重に進んでいた。先頭を歩くのは、木下藤吉郎だ。その後ろに俺、なつき、五兵衛が続き、くろと熊蔵も一緒に進んでいる。さらに後ろには奇襲部隊が続いていた。
今回の目的は、山中に築かれた隠し城への奇襲だった。軍議で決まった作戦は、柴田勝家の部隊が城の正面から攻撃して敵の注意を引きつけ、その隙に俺たちが岩壁の隠し通路から城へ接近するというものだ。丹羽長秀の部隊は勝家隊を支援し、戦況を見極めることになっている。
「正男。この先で間違いないんだな?」
藤吉郎が振り返った。
「ああ。もう少し進めば、岩壁にある隠し通路が見える」
「そこを通れば、敵に見つからず城へ近づけるんだな?」
「そうだ。通常の山道には見張りがいる可能性があるが、隠し通路を使えば見張りを避けて進める」
「よし。ならば、その通路を利用しよう。無用な戦いは避け、城へ近づくことを優先するぞ」
藤吉郎の指示に、俺たちは頷いた。
しばらく進むと、木々の向こうに切り立った岩壁が見えてきた。
「あそこだ」
俺は岩壁の一角を指さした。入口は岩や草木に紛れており、少し離れた場所からでは見つけにくい。
「こんな場所に通路があったとはな」
藤吉郎は感心したように岩壁を見上げた。
「入口は狭いが、通ることはできる。ただ、出口付近の様子までは分からない。最後まで警戒が必要だ」
「分かった。正男、先導を頼む。敵に気づかれぬよう進むぞ」
「ああ」
俺は隠し通路へ足を踏み入れた。中は薄暗く、足元には大小の石が転がっている。俺たちは足音を立てないよう、慎重に進んだ。
「思ったより狭いな……」
藤吉郎が小声でつぶやく。
「大勢で山道を進むより、敵に見つかる危険は少ないはず」
俺は周囲を警戒しながら答えた。
そのとき、くろが通路の先へ顔を向けた。
「どうした、くろ?」
なつきが小さく声をかける。くろはしばらく先を見つめていたが、大きな鳴き声は上げなかった。
「念のため、慎重に進みましょう」
俺がそう言うと、藤吉郎も頷いた。
「急ぐ必要はない。敵に見つからぬことが先決だ」
俺たちは周囲に注意を払いながら、さらに奥へと進んだ。
やがて、通路の先に外の光が見えてきた。
「出口が近い」
俺は声を潜めた。出口の手前で立ち止まり、岩の隙間から外の様子をうかがう。眼前には、山に囲まれた隠し城が広がっていた。木々の間から、建物や柵の一部が見える。敵兵の姿は見当たらなかった。
「よし。出口から出たら岩陰に身を潜めろ。正面の戦いが始まるまでは、こちらから動くな」
藤吉郎が小声で命じた。
俺たちは一人ずつ通路を抜け、近くの岩陰に身を隠した。隠し通路を利用したことで、山道の見張りを避け、敵に気づかれず城の近くまで来ることができた。あとは、柴田隊が攻撃を始めるのを待つだけだ。
しばらくすると、遠くから太鼓の音が響いてきた。
ドン、ドン、ドン。
柴田隊が攻撃を開始した合図だった。城の正面が騒がしくなり、敵兵たちが次々と正面へ向かっていく。
「始まったか……」
藤吉郎が城を見つめた。作戦どおり、敵の注意は正面へ向いている。
「正男、敵の動きはどうだ?」
「正面に兵が集まってる。今なら、こちらに注意を向ける余裕はなさそうだ」
「よし。もう少し様子を見る。焦って動けば、せっかくの奇襲が台無しになるからな」
藤吉郎は落ち着いた声で告げた。
俺は棍棒を握り直し、城の様子を見守った。なつきは両手で金槌を構え、五兵衛も静かに身構えている。くろと熊蔵も、俺たちのそばで待機していた。
やがて、城の正面から大きな怒号が響いた。敵兵たちが対応に追われ、城の周囲も慌ただしくなっている。
藤吉郎はその様子を見極めると、俺たちに向き直った。
「今が好機だ。敵の隙を突き、城へ向かうぞ」
「分かった」
俺たちは頷いた。俺は息を整え、前方を見据えた。岩陰から身を起こした俺たちは、隠し城へ向かって進み始めた。
「正男、この先から城の裏手へ回れるのか?」
藤吉郎が小声で尋ねた。
「ああ。このまま進めば、城壁の近くまで行けるはずだ。ただ、途中に見張りが残っているかもしれない」
「そうか。敵を見つけたら、すぐに知らせてくれ。無駄な戦いは避けたい」
「分かった」
俺は前方を確かめながら、慎重に足を進めた。城へ近づくにつれ、正面から響く怒号や金属音が大きくなっていく。柴田隊と敵兵が激しくぶつかり合っているのだろう。その騒ぎに紛れ、俺たちは木々の間を抜けていった。
すると、くろが突然足を止めた。
「くろ?」
なつきが声を潜めて呼びかける。くろは城壁の脇にある茂みへ顔を向けていた。
俺はすぐに手を上げ、全員に停止を合図した。
「どうした、正男?」
藤吉郎が小声で尋ねた。
「くろが人の気配を感じ取ったみたいだ」
俺たちは身を低くし、茂みの向こうをうかがった。しばらくすると、二人の敵兵が姿を現した。槍を手にした兵たちは、周囲を見回しながら歩いている。
「正面が騒がしいな。いったい何が起きているんだ?」
「柴田の軍勢が攻めてきたらしい。俺たちまで呼び出されなければいいがな」
二人は不満そうに話しながら、城壁沿いを進んでいった。俺たちの潜む茂みには気づいていない。
敵兵が十分に離れたのを確認してから、藤吉郎が口を開いた。
「今の兵が戻ってくるかもしれん。先を急ごう」
「ああ。見つからないように進もう」
俺たちは再び移動を始めた。なつきは両手で金槌を握り、五兵衛は周囲の様子を警戒している。くろと熊蔵も、俺たちの後ろについてきていた。
やがて、城壁の一角にたどり着いた。そこには、木製の柵が設けられていた。高さはそれほどないが、正面から突破すれば敵に気づかれるだろう。
俺は柵の周囲を調べた。
「藤吉郎、柵の向こうが城の裏手みたいだ。ここを越えれば、城内へ入れる場所があるかもしれない」
「入口は分かるか?」
「いや、まだだ。調べてみよう」
藤吉郎は柵の向こうを見つめた。
「よし。柵の周囲を調べよう。ただし、離れすぎるな。敵の姿を見つけたら、すぐに知らせてくれ」
「ああ、分かった」
俺たちは手分けして、柵の周囲を調べ始めた。
しばらくすると、五兵衛が小さく手を挙げた。
「正男様、こちらを見てください」
俺は五兵衛のそばへ向かった。そこには、柵の一部だけが、ほかの場所とは違う造りになっている箇所があった。よく見ると、木材の隙間に人が通れるほどの幅がある。
「これは……」
「この部分だけ、内側から開けられる造りになっているようです」
五兵衛が周囲を確かめながら言った。
俺は柵に手をかけ、そっと押してみた。柵がわずかに動いた。
「通用口か。物資を運び込むために使っているのかもしれないな」
俺は音を立てないよう、さらに慎重に柵を動かした。
「ここから入れそうだ」
俺が報告すると、藤吉郎は慎重に通用口を調べた。
「今、敵が使っている可能性もある。中の様子を確かめよう」
俺は隙間から城内をのぞいた。近くに兵の姿はない。しかし、少し離れた場所から人の話し声が聞こえてきた。
「すぐそばに敵兵がいるみたいだ」
「そうか。なら、全員で一度に入るのは危険だな」
藤吉郎は少し考えた後、俺に向き直った。
「正男。先に入って、周囲を確かめてくれ。危険がなければ合図を出すんだ」
「ああ、任せてくれ」
俺はこん棒を握り直し、通用口の隙間から身を滑り込ませた。城内に入ると、すぐに壁際へ身を寄せる。正面には倉らしき建物があり、その向こうに兵たちが集まっているのが見えた。正面からの攻撃に対応するため、守備兵が移動しているようだ。
俺は敵兵の動きを観察した。このまま進めば、城の奥へ近づけるかもしれない。だが、敵の本拠地である以上、油断はできない。
俺は通用口の近くまで戻り、藤吉郎たちに手で合図を送った。藤吉郎たちは周囲を警戒しながら、一人ずつ静かに城内へ入ってきた。
全員が入ったことを確認すると、藤吉郎が小声で言った。
「よし。まずは敵の配置を確認しよう。指揮官がどこにいるかも調べたい」
「指揮官を見つければ、城内の状況も分かるはずだ」
俺が答えると、藤吉郎は頷いた。
「そうだな。だが、見つけても無理に攻めるな。こちらの人数は少ない。敵に囲まれれば、逃げるのも難しくなる」
「ああ、気をつけるよ」
俺たちは建物の陰を伝いながら、城の奥へと進んだ。
そのとき、前方から足音が聞こえてきた。
「誰か来るぞ」
俺が囁くと、全員が近くの建物の陰に身を隠した。現れたのは、数人の敵兵だった。その中の一人が、周囲を見回しながら口を開いた。
「正面の守りが持ちこたえられぬなら、城主様にも知らせねばならんな」
「城主様は、奥の建物におられるはずです」
別の兵が答えた。兵たちはそのまま通り過ぎ、城の奥へ向かっていった。
俺は藤吉郎と顔を見合わせた。城主がいる場所の手掛かりを得られた。
「藤吉郎、今の話を聞いたか?」
「ああ。奥の建物に城主がいるらしい」
藤吉郎の目が鋭くなった。
「敵の指揮官を押さえられれば、城を落とすうえで有利になる」
「分かった。進もう」
俺たちは兵たちの後を追い、城の奥へ向かった。正面では、柴田隊と敵兵の戦いが続いている。その騒ぎが、俺たちの存在を隠してくれていた。
しかし、城の奥へ進むほど、敵と遭遇する危険も高まる。俺はこん棒を握り直した。ここから先は、一つの判断が命取りになりかねない。
俺たちは互いに目配せしながら、城主のいる建物を目指して進んでいった。
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