家臣が出来ました
織田家から屋敷を与えられてから、数日が経った。
正男は織田の家臣に案内され、新しく与えられた屋敷の前に立っていた。
「こちらが鈴木殿の屋敷です」
「広いな……」
屋敷は思っていたよりも広い。
庭も蔵もある。
仕事をする場所としては、十分すぎるほどだ。
家臣が屋敷の中に呼びかける。
「おーい、誰かおらぬか?」
「はーい」
奥から三人の若者が現れた。
一人は、十七歳ほど。
それなのに、立ち姿には妙な落ち着きがあった。
背筋はまっすぐ伸び、肩に余計な力が入っていない。
腰には一振りの刀。
その刀を持つ姿が、妙に様になっていた。
「……美少年剣士だな」
正男は、思わず心の中でそう呟いた。
整った顔立ちだった。
細く整った眉。
涼しげな目元。
すっと通った鼻筋。
肌もきれいで、まだ少年らしいあどけなさが残っている。
その後ろには、二人の下働きと思われる少女が控えていた。
「鈴木正男です。よろしく」
正男が答えると、刀を差した少年が一歩前へ出た。
「お初にお目にかかります」
少年は深く頭を下げた。
「私は五兵衛と申します」
「五兵衛……」
「本日より、鈴木様の護衛兼小姓を務めるよう命じられております」
「護衛兼小姓?」
正男は少し驚いた。
「俺の?」
「はい」
「……護衛って必要なのか?」
「必要だから、私はここにいるのだと思いますが」
「それもそうか」
五兵衛は、少しだけ困った顔をした。
「鈴木様」
「ん?」
「私は護衛です」
「うん」
「ですから、危険な場所へ行かれる際には、必ず私にお声がけください」
「分かった」
「それと、勝手に一人で危険な場所へ行かないでください」
「分かったって」
「五兵衛って、真面目だな」
「護衛ですから」
「なるほど」
正男は五兵衛の姿を改めて見る。
「剣は強いのか?」
「それなりには」
「それなり?」
五兵衛は少し考えてから答えた。
「水輪流を学んでおります」
正男は小さく笑った。
「頼りにしてるよ、五兵衛」
「はい!」
五兵衛は少しだけ表情を緩めた。
その横で、二人の下働きが姿勢を正した。
正男はそちらを見る。
「それで、二人は?」
「私は、お花と申します」
先に名乗った少女は、十六歳ほど。
落ち着いた物腰で、隣に立つ妹を気遣うようにちらりと目を向けた。
「私は、お梅と申します」
続いて名乗った少女は、姉より三つほど年下に見える。
姉のそばに寄り添い、少し緊張した様子で頭を下げた。
「本日より、この屋敷で下働きをさせていただきます」
「よろしく頼む」
「はい!」
二人が揃って頭を下げる。
「ひょっとして二人は姉妹?」
「「はい」」
「そうか、どうりで似てるなと思ったよ」
姉のお花はしっかり者で、妹のお梅は少し恥ずかしがり屋なのかもしれない。
そんなことを思いながら、正男は二人に笑いかけた。
「そんなに緊張しなくていいよ」
「は、はい!」
お梅が返事をすると、お花もほっとしたように微笑んだ。
「これからは正男でいいからね」
「はい、正男様」
「ああ、うん、それでいいや」
「俺にも家臣ができたのか……」
正男は、ふとそんなことを思った。
すると五兵衛が首をかしげる。
「正男様?」
「いや、なんでもない」
正男は三人を見る。
「改めて、これから、よろしく頼む」
「はい!」
お花とお梅が元気よく返事をする。
五兵衛も頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
こうして――。
正男の屋敷で、初めての家臣たちとの生活が始まった。
織田の家臣が去っていき、正男は部屋で考えていた。
「問題は、人手だな」
身の回りの仕事をしてもらうには十分かもしれない。
しかし、戦用の荷車を作るとなると話は別だ。
設計だけなら自分でもできる。
だが、鍛冶仕事には鍛冶職人が必要だ。
そして、記録や計算をしてくれる人間も欲しい。
「五兵衛」
「はい」
「これから、ちょっと付き合ってほしいんだけど」
「どちらに行かれるのでしょうか?」
「まずは与四吉さんのところへ行く」
「そのあとで鍛冶場。最後に商家だ」
「はい」
「「いってらっしゃいませ」」
お花とお梅が見送ってくれる。
正男と五兵衛は与四吉の家に向かった。
山道を歩いていると、突然、前方から男たちが現れた。
全部で四人。
全員が刀や棒を手にしている。
「へへ……」
「荷物を置いていきな」
「逆らうなら、痛い目を見るぞ」
正男は思わず足を止めた。
「……野盗か、分かりやすいな」
隣にいた五兵衛が、一歩前へ出る。
「正男様は、下がっていてください」
「五兵衛?」
「ここは私が」
五兵衛は静かに刀へ手を添えた。
「お前、一人でやるつもりか?」
野盗の一人が笑う。
「こっちは四人だぞ」
「はい」
五兵衛は落ち着いた声で答えた。
「分かっています」
「舐めやがって!」
一人が刀を抜き、五兵衛へ向かって走り出した。
「死ね!」
刀が振り下ろされる。
その瞬間。
五兵衛の身体が、くるりと回った。
「なっ――」
刀は空を切る。
五兵衛は相手の横をすり抜けるようにして攻撃をかわした。
まるで、水が岩を避けて流れるような動きだった。
そのまま身体を回転させる。
回転の勢いを乗せた刀が、男の腕を打った。
ゴキン!
「ぐあっ!」
刀を落とした男が膝をつく。
腕があらぬ方向に曲がっている。
「な、なんだこいつ!」
別の男が背後から襲いかかる。
五兵衛は振り返らない。
気配だけを感じ取ったように、身体を半回転させる。
刀が頭上を通り過ぎた。
そのままさらに身体を回転させる。
「はっ!」
鋭い一閃。
男の手から刀が弾き飛ばされた。
「ぐっ!」
五兵衛は止まらない。
一人目との距離を詰めながら、身体を回す。
斬る、かわす、回る、また斬る。
動きに無駄がない。
正男には、五兵衛が一人で四人を相手にしているというより――。
四人の間を、一本の水流が流れているように見えた。
「くそっ!」
三人目が横から斬りかかる。
五兵衛は刀を受けない。
身体を回転させ、紙一重でかわす。
そして、その回転を止めることなく刀を振る。
「ぐあっ!」
男の肩を打ち、地面へ転がす。
残る一人が怯んだ。
「な、なんなんだ……こいつ……」
五兵衛はゆっくりと刀を構え直す。
「まだ、やりますか?」
その声は静かだった。
怒っているわけでもない。
ただ、淡々としている。
男は仲間を見る。
三人とも地面に倒れている。
「ひっ……」
男は刀を捨てた。
「逃げろ!」
四人は一目散に山道を駆けていった。
五兵衛は追わなかった。
刀を鞘に収める。
「……終わりました」
正男は、しばらく言葉が出なかった。
「五兵衛……」
「はい」
「おまえって……すごいな」
「そうでしょうか」
「四人だぞ?」
「四人なら、まだ何とか」
「まだ何とかって……」
正男は苦笑する。
「お前、本当に十七か?」
「十七歳です」
「そういう意味じゃないんだけどな……」
五兵衛は少しだけ首を傾げた。
正男は倒れている野盗たちを見た。
そして、五兵衛を見る。
「五兵衛がいてくれて助かったよ」
「護衛ですから」
五兵衛はそう言って、何事もなかったように歩き始めた。
正男も慌てて後を追う。
「なあ、五兵衛」
「はい」
「さっきの剣術って、何ていう流派だっけ?」
五兵衛は少しだけ振り返った。
「水輪流です」
「水輪流」
「はい」
「水みたいに動いてたけど……それが特徴なのか?」
「水のように流れ、輪のように回る」
五兵衛は静かに答えた。
「敵の攻撃を受けず、流してかわす。そして――」
五兵衛が腰の刀に手を添える。
「回転の勢いを、そのまま斬撃に乗せます」
正男は納得したように頷いた。
「なるほど……」
五兵衛は再び前を向く。
「それが、水輪流です」
その背中を見ながら、正男は思った。
――こいつ、本当に頼りになるな。
そして同時に。
――敵には絶対にしたくない。
そう思った。
読んで頂き、ありがとうございます。
五兵衛は水輪流という変わった剣術を使うキャラクターです。
正男の相棒のように、この先もずっと活躍させようと思っています。
応援していただけると幸いです。




