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【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第六旅程『Pamětná』
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第72景:『街歩き、あるいは昼食への道』


 「じゃあ、先生っ! どこ行きましょうかっ?」


 エモシュカの声は弾んでいた。

 両手は軽く背中に回され、つま先でくるりと半回転。その動きが、彼女のスカートの裾をふわりと揺らす。


 「おや? 行きたい場所があったのではないかね?」

 

 私が問うと、彼女は「ふぇっ」と不意打ちを受けたような声を漏らし、両手をバタつかせながら首を振った。

 

 「……え? いや、別に……。あっ! いやっ、そうなんですけど! その……無理して付き合わせてるわけですし、先生の行きたいところがあれば……!」


 ……ふむ。この反射的な“遠慮→誘導”の流れは、先ほど“ボッチ団長”と評した私に対する心理的反応かもしれない。

 心外である。私はただ事実を述べただけなのだ。


 「では、私に選択権を委ねるということであれば……昼食を取らせてもらえるとありがたい」


 「……なるほど、ごはんっ!」


 「キミたちと違い、私は生理的な意味での食事が必要でね」


 エモシュカは、何かを得心したように顔を上げた。


 「あっ! それ、先生の入院中に、インスティナさんから伝わって来てたかもです!」


 「おや?細かい会話までは伝わらないのではなかったのかね」


 「そうなんですけど、インスティナさんが先生の喉からグイグイと管を突っ込んで……。なんかの液体をブシャーッてやってるのが」


 彼女は両手で謎のジェスチャーをしながら、チューブで何かを送り込むポーズを再現してみせた。


 「それ、本人がやっていたという想定かね?」


 「イメージ的には、そんな感じです。『これせんと、コイツ死ぬらしいんや』、みたいな焦った感じで」


 ふむ、経管による水分と栄養の補給を、インスティナが"手配した"とは聞いていたが。実際に施術していたのが、彼女自身だったとは。長い巻き髪の長身美女が、意識のない男の口をこじ開けて、グイグイ管を押し込む姿は、いささかシュールである。

 ……いや、そんな事を思ってはいけないな。正しい医療手順なのだ。"長い巻き髪の長身美女の看護師"だって世の中には居るだろう。なにも不自然ではない光景だ。


 「じゃあレストラン行って、いっぱい食べましょうねっ!」


 エモシュカは目を輝かせ、手をパチンと合わせた。

 私は無言でうなずきながら、近くの通りに目をやった。

 通りの先には、昼下がりの街。料理店らしき店のパラソル席に、スープ皿の湯気が立ち上っている。

 

 「こっちに、カフェっぽいのがあったような……!」


 エモシュカは路地の先を指差すと、私の許可も待たずに駆け出した。

 私は仕方なくその背を追う。歩幅は小刻み、リズムは速足。軽やかなその足取りが、街並みの石畳に跳ねるように響いていた。

 レトロガーリーなスカートを翻して駆ける姿は、可愛らしいと表現しても差し支えないだろう。くたびれた白衣のポケットに手を突っ込んで、その後ろを歩く男が、"デートの相手"だとは誰も思うまい。

 

 ――そう、我々は“デート”の真っただ中である。

 ……にもかかわらず、不思議と緊張はなかった。それどころか、胸の高鳴りもなければ、ときめきも一切ない。

 たしかに私は、そもそも恋愛感情に乏しい人間ではある。だが、それにしても……である。

 いかにエモシュカが不憫枠とはいえ、あまりにも心が動かなさすぎて、なんだかこちらが申し訳ない気にさえなってくる。


 「せ、先生っ! ありました!」

 

 彼女は角を曲がった先の広場でくるりと振り返り、両手で丸を作って、目元に当てた。

 

 「“カフェ発見のポーズ”です!」


 ……知らん。


 「ここっぽいです、たぶん! えーと、看板には……えっと……“ラ・フルール・デュ・ターブル・デ・アミ〜”って書いてあります!」


 「発音が絶望的に不安だな。イントネーションが安定しなさすぎて、今ので店の国籍が三回ぐらい変わった気がする」


 「お、おフランス語って、語尾がふにゃっとしてるじゃないですか!」


 ……この世界に、"おフランス"は存在しない。なのに、“おフランス口調”は伝わる。この世界における言語的オーパーツである

 まあ、駅名や建造物にチェコ語が当て嵌められている時点で、その手の矛盾には目をつぶるべきだろう。


 私は目を細めて看板を確認した。


 「『Fleur de table des amies』……つまり『友人たちのテーブルの花』という意味だよ」


 「おしゃれカフェですねっ!」


 彼女はわくわくした様子で、入り口のメニュー看板に鼻を近づける。


 「えっと……“前菜三種盛り合わせと季節のスープ”……! それから、“豚肉とイチジクの赤ワイン煮込み”……!」


 「ずいぶん本格的だな。カフェと言うより、ビストロのようだ」


 「じゃあ、“ビストロっぽいけどカフェ的な雰囲気もあるやつ”ですね!」


 「そういう形態の店は、"ネオビストロ"、もしくは“カジュアルフレンチ”などと呼ぶ」


 「なるほどっ!」


 ――この女は今、絶対に何もわかっていない顔で、全てをわかったフリをした。

 “経管栄養”の手順を謎ジェスチャーで再現したうえで、『ブシャーッ』とか言っていた女である。

情報の伝達のなかで、大幅になにかを削っている気配がある。

 しかも、それを“自信満々の笑顔”でまとめてくるあたり、タチが悪い。


 「じゃあっ、入ってみましょうか!」


 そう言って扉に手をかけた彼女が、ふと振り返る。


 「……あっ、先生!お先にどうぞ!」


 「ほう、レディファーストではなく、パトリアーキーかね?……」


 「えっと、その、わたしがドア開けたら、“開けた瞬間誰かにドンッ”ってパターン……多いので……」


 「……なるほど。つまり、“突入事故の盾になれ”と」


 「ちがいますぅっ!」


 だが、私が一歩前に出た瞬間――ギィ……という、重いドアの軋み音が響き、


 「「あっ」」


 タイミング悪く、中からウェイターが皿を手に出てきた。思いっきり、鉢合わせる。――が、間一髪、私は寸前で身を翻し、軽やかに回避。

 エモシュカは目を丸くした。


 「す、すごいっ! 今の、スローモーションみたいでした!」


 「当然だ。私はかつて、“蛍光灯の紐をパンチしてから躱す”という謎の修行に、1日2時間を捧げていた人間だ」


 「あっ、でも、先生が回避したら……後ろの私が……!」


 言い終えるより早く、エモシュカは自らの“危機予測”を回避行動に移していた。……が。


 「……いてっ!」


 乾いた音が響いた。

 エモシュカの頭頂部が、開き掛けの外扉にガツンと直撃したのだ。

 ウェイターが、反動でふらつく彼女を改めて避ける。手に持つ皿がグラついたが、なんとか持ち直す。


 「し、失礼いたしましたっ……!」


 ウェイターは急いでテラス席の奥に皿を置くと、深々と頭を下げる。私はその様子を一瞥し、静かに首を横に振った。


 「……キミは悪くない。いまのは避ける必要がなかったルートだ。彼女の完全なる自爆だよ」


 「せ、先生っ! なんでそういう事、聞こえるように言うんですかぁ〜……!」


 私は腕を組み、深く頷いた。あたかも長年の研究成果が実証されたかのような、深い満足感を感じていたのだ。

 

 「うむ、見事な不憫枠ムーブだったよ」


 「ひどくないですかっ!? なにその分類!?」


 「いや、区分としては正しい。スヴェルカくんと会った際には、後輩として挨拶するように」


 「……え、えぇ〜……」


 彼女は頬を膨らませたが、次の瞬間、くすっと笑った。


 「……でも、なんか楽しいですね、こういうの」

 

 「ぶつかったのにか?」


 「はいっ!」


 脳震盪一歩手前で笑っているあたり、この女はなかなかの逸材かもしれない。

 ともあれ、私は扉を押し直し、ふたりで店内へと足を踏み入れた。


 ――モテイベントのド定番。二人でランチの開始である。



――第73景へ……

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