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【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第五旅程『Emoška』
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第59幕:『弁明と"なんかこう"』


 公園のベンチ。

 夜風は、ほんのりと冷たい。遠くで、葉が擦れる音がしていた。

 そしてその横で、温かな紅茶の紙カップを両手で包み込む女――仮面は膝に伏せられ、フードを目深にかぶったまま、スウェット姿でうつむいている。

 視線はずっとカップの縁。

 

 「えっとですね……」


 不意に口を開いた彼女の声は、驚くほど素のトーンだった。


 「ラスカヴァさんって、あの子の感情とか、意識とか……特に強く感じ取れるじゃないですか?」


 私は隣で、紅茶をすすりながら頷く。


 「ふむ」


 ちなみにこのカップ、蓋すらない紙コップだ。“何があってもエレガントでいたい私”としては実に遺憾だが、この情緒的状況にはむしろピッタリという点が、また悔しい。


 「……で、わたしも、似たような能力で……」


 彼女はカップを覗き込むようにしながら、小声で続けた。


 「エモツェのみんなの感情とか……意識というか、なんとなく伝わってくるんです」


 言い終えたあと、ふぅ、とカップの湯気を少し吹いた。芝居がかった口調も、演出めいた間もない。


 「なるほど。それで、私の顔や状況。そして性癖も?」

 

 「いやっ! 性癖まではわかりませんし、わかりたくもないです! でもこう……エモツェ側から伝わってくる反応とかで……全体像? みたいな?」


 「ふむ。つまり、彼女たちの“先生像”が、非常に的確だったということだな。……ありがたい話だ」


 「いや、確かにそうなんですけど……ありがたいかどうかは、ちょっと……」


 「……ほう。というと?」


 「……たぶん先生も気づいてると思うんですけど……エモツェの三人って、先生のこと、けっこう好意的に思ってるじゃないですか」

 

 私は静かに頷いた。


 「でもですね、私に伝わってくる印象としては……なんかこう、『え? みんな、騙されてない? たぶらかされてない?』みたいな……?」


 「ふむ。つまり私は、胡散臭い詐欺師だとでも?」


 「端的に言えば、そうです」


 ――詐欺師。また言われた。また、被せ気味だった。

 だが、ここは断固として否定しておきたい。私の物語は、あくまで父と娘の物語である。大人の女性に言い寄られることなど、想定していないし、歓迎もしていない。

 むしろ、『え? こんな綺麗な女の人たちが、オレに?……ロマンス詐欺の実演か何かだろうか……』と思うべき側の人間である。


 「つまり君の感覚では、私が……」


 「そう! 先生が、なんか“雰囲気”とか"印象"が、ズーンと……こう……ズボッ!と……。なんかこう、私の中に入ってくる感じで……」


 その“先生がズボッと私の中に入ってくる”という表現に、一瞬、私の中の倫理委員会が軽く点灯したが、言及は控えた。この“うっかり感”こそ、彼女の持ち味なのだろう。


 「つまり、ラスカヴァと似た性質の能力を持ちつつ、対象が異なる……というわけだな。それで、"6人目が居る"と」


 「はい。私が感じてる……気配っていうか、そういうのは"5つ"あるんです。でも、すごい雑なんです……空気とか…雰囲気みたいなのだけ……」


 「ふむ。“エアリプ感知型感情センサー”というやつか。つまり、カンのいい陰キャだな」

 

 「……いや!! その言い方……は……合ってますけど!!」


 演劇人格とは印象が異なる。ちょっと……いやかなりのポンコツ感だ。“養いたい系”を醸すタイプである。


 「それで……もう結構、真相に近づいてるというか。この街の謎の調査、進んでる感じが伝わってきて……」


 視線は自分の膝のあたり。紅茶をひとくち含んで、うん……と小さく頷いた。


 「劇場のオーナーっていっても、街の運営には全然関われてなくて……。なんか、みんなちゃんと機能してるのに、私だけ……なんにも役に立ててないなぁって」


 「それで、“このままじゃ出番もカットされる!”と焦ったと」

 

 「……はい」


 私は心の中でメモを取った。

 なるほど、要約すると、"他キャラはエピソード回あるのに、自分だけ放置されてるので、強行出演してきた"と。

 “名前だけ先に公開された5人キャラの4番目”としては、無理もない話だ。


 「先生も、あとはパムェトナさんと話できたら、もう謎とか一気に解けちゃうんじゃないかって思って……」


 「ふむ、確かに。明日あたりから図書館の女王と決着をつけるために動き出す予定だった」


 「でしょ……? だから……その、なんか寂しくて……。私、出番ないまま終わっちゃうのかなって……」


 「……だが、キミは十分に印象を残したさ。“胸パッドの中の人”として」


 「いや……それは、むしろ忘れて欲しいです……」


 彼女は顔を背け、カップを両手で包み直した。その指先は、まだほんの少しだけ、震えていた。

 仮面は膝の上。芝居の再開を、まだ待っている。

 エモシュカは、紙カップの紅茶を見つめたまま、小さく息を吐いた。


 「……いや! でも、楽しそうとか、興味本位とかじゃなくてっ」

 

 声だけが先走るように飛び出す。視線はカップの中の紅茶に向けたまま、口元だけが急いで動く。


 「わたしも、“街の謎”……ちゃんと知りたいって思ってて!」

 

 ――うむ。この“知的探究心”の訴え、嫌いではない。

 人類が火を灯し、車輪を転がし、核分裂を制御したのも、すべて「知りたい」という気持ちから始まった。つまり今、私の目の前にいるのはスウェットのガリレオである。


 「なるほど。ということは、キミもまだ“この街の正体”は知らない……と」


 「はい」

 

 素直な返事だった。だが、その後に続く言葉の歯切れが、どうにも悪い。


 「……ただ、普通に会いに行っても、こう……なんかこう、ですね……」

 

 「“なんかこう”ほど意味のない一節も珍しい。助詞が不安定な上に主語と述語が消滅している。読解力のリスニング試験かね?」


 「いや!あの……わたし、キャラ薄いじゃないですかぁ!」

 

 突如、爆弾のような自己申告が飛び出した。

 

 「ほら、他の子たちみたいに個性っていうか、設定っていうか、なんかこう、“分かりやすいフック”が……!」

 

 「ふむ、ふむ。つまり、アピールのために“仮面芸”を編み出したと」

 

 「はい! 最初はせめて“ビジュアルだけでも”って思って……。ちょっと仮面だけかぶって、こう、ミステリアスな雰囲気をっ……!服は、普通にトラムとか乗れる範囲でビシッと決まるヤツで……。ビ、ビジネススーツくらいの……」


 勢いだけはあるが、指先は完全に“混乱モード”で、カップのフチをスリスリ撫で回している。

 この“静寂”こそ、言葉では伝えきれない敗北の証。つまり、ここがツッコミの“句点”である。だが、私はここでは一旦泳がせる。

 

 そして、彼女の唇がもう一度動いた。


 「……でも……この前、ラスカヴァさんと駅でたまたま会った時、聞いたんです」


 私は返事の代わりに、片眉を上げて“続けろ”のサイン。


 「ラスカヴァさんが帽子を取って、先生が角を見ただけで、すぐに"エモツェ"って気づいたって……」


 「まあ、言葉としては知らなかったがな。キミたちの名前から、仮説は立てていたよ」


 「そう、それです……! なんか、いいなぁ、そういうの……って。正体隠して出てきて、で、見抜かれて、『ふふ……あなた賢いのね……』みたいな展開……」


 完全に目がとろんとしていた。どうやら、仮面演出=変身願望だったらしい。


 「だから、私も……角を隠してみようって。そういう“雰囲気”やってみたかったんです」


 私はカップを見下ろし、小さくひと息。

 

 ――ふむ、これは想定より切ない。だが、ここで甘い顔をすれば“師の威厳”が損なわれる。

 私は、彼女を"演出過多なボケの押し売り"から、スヴェルカに次ぐ"不憫枠のツッコミ"として育てる決意を固めつつあった。


 彼女は、紅茶のカップを抱えたまま、うつむき気味にぽつりと呟いた。


 「……それで……なんか、角を隠せるものないかな?って思って」

 

 私は無言で頷いた。彼女の中では、まだ何かが進行していた。

 

 「……いろいろ試してたんですけど……」


 目を伏せたまま、彼女の口元がふわりとさがる。


 「手元にジェスターハット、しかなくて」


 「……なるほど。“角を隠す演出”という発想自体には一定の理解は示そう。だが……よりにもよって、なぜジェスターハットなのかね?」


 「いや、あのっ、わたしの角、ちょっと大きめで! 普通の帽子だと、全然入らないんですっ!」


 確かに彼女の角は、少し上の方に伸びた"ヤギ"寄りの螺旋角だ。大きめのフードなのに、その上からでも角があることがわかる。


 「確かに。他のエモツェの角はアクセサリーにも見えるサイズのアモン角だが……」

 

 「そうなんですっ……!……あと、ストールとかも考えたんですけど……オシャレなの新しく買うの、ちょっともったいなくて……。あ、あの、ウチの劇場、そんな儲かってはなくて……」


 「財政事情のせいで、ビジュアルコンセプトが破綻したわけか。文化支援金の不備を嘆くべきだな」


 「で、劇場の衣装室にあった、あのジェスターハットを被ってみたら……これ、意外といけるかな!……って」

 

 「ふむ。“そこにビジネススーツを合わせた”あたりから、悲劇が幕を開けたのだな」

 

 「ですよね!? あの感じ……“社会人が忘年会ではりきってる感”がすごくて! でっ、あんまりにもバランス悪いから、試しにサルエルパンツ履いてみたんです。ほんとに、ものは試しって感じで!」


 彼女の手が、カップの縁をそわそわとなぞる。

 

 「そしたら気づいちゃって。“あっ、これ隠れる!”って!」


 「……ふむ。“股下が"……か」


 「はいっ!! “足が短いのもカバーできる!”って!」


 私は紅茶を、そっと置いた。

 

 「ほら、私って……見ての通り、容姿っていうか、体形っていうかが、なんかこう……」

 

 この場において、私が“女性の容姿に言及する”ことがいかに危険であるかは、理解している。その資格がないことも、自覚している。


 ――だが、それを踏まえた上で、あえて言おう。

 私は科学者であり、真理の探究者であり、そしてなにより、“道徳の境界をうっかり越える系パパ”である。

 ここは一人の分類学者として、誠実に“観察”しようではないか。


 ラスカヴァ。気品と妖艶、かつ優美。脚線美も申し分ない。

 インスティナ。完璧なボディライン、戦闘対応のグラマラス。

 ルースカ。引き締まった健康美と、小柄さのバランスが絶妙。

 対して、エモシュカ・ヴラーナ。骨格、面差し、肉付き。スタイルや佇まいまでもが、なんかこう……。


 ――そう。“なんかこう”なのだ。


 決して醜くはない……。だが、華も覇気も全体的に、なんか……。――いや、私はもう逃げない。ごまかさずに言おう。


 「そうだな。正直言って、"ものたりない"」


 「うわああああああん!!」


 紅茶を抱きしめてうずくまる姿が、もはやウーパールーパーのようである。

  

 ――ふむ、私の勝利だな。


 だがあえて、それ以上は声をかけなかった。いまの彼女には、“不憫”という最高の調味料が加わっているのだから……。



――第60幕へ……

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