第53景:『つながる街と、開かれた問い』
「――ほぉん。つまり、ワイらの世界は……アンタの言う“外の世界”の一部やったっちゅうわけか?」
インスティナが組んだ脚を軽く揺らしながら、顎に手をやった。
「初めからそうだったのかは不明だ。だが、“現在はそうである”という仮説には、根拠が揃ってきている」
私はベッドの上で、慎重にポータルの反応をなぞる。魔力場の干渉波や、空間定位の基点は確認できない。だが、“確かにそこにある”という存在の反射応答。
「以前までこの街においては、ポータルを用いた空間転移はおろか、座標捕捉すら不能だった。だが、いま現在、この街は確かに我がラボと同じ空間座標系を共有している」
私は円盤を指先でクルクルと回しながら、部屋を見渡す。ラスカヴァが、小さく頷いた。
「……なるほどね。……それは、いつから?」
「最後に"途切れていること"を確認したのは、ルースカ女史と街を調査した際。そこから、空間の収縮に巻き込まれ、先ほど目覚めて再確認。時間軸としては、その間だ」
ルースカが、それに応えた。
「アタシたちが巻き込まれた、あの街が縮む現象。実は、他のどの地域でも起こってなかった。あの場所、あの時間だけ」
「ほう……?」
私は静かに頷き、言葉を足した。
「……空間的にも時間的にも局所的事象。我々の調査と、無関係とするには偶然が過ぎるな。そして、以降は街自体にも大きな変化はないと?」
問いかけた先はルースカだったが、応えたのはインスティナだった。
「せや。なんや変わったいう報告はない。人の動き、銭の動き、全部いつもどおり。伸びていくはずの区画も、あいかわらず未完成」
「ふむ」
私は軽く唸って、手元のポータルを閉じた。
――つながっている。だが、それは「開かれている」という意味ではない。あくまで、接続されただけ。通路はできた。だが扉は、まだ閉じられたままだ。
この街が“世界に繋がっていた”のではなく、“世界の一部として、再接続された”――それが、この奇妙な街の“今”だとしたら。この続きには、当然ながらさらなる仮説が必要だ。
私は、再び全員の顔を見渡す。――この街で、なぜそんなことが起こったのか。どうして、我々が巻き込まれたのか。何が引き金となったのか。
それを探るには、まだ足りない。――あと、もう一手。私は、そう結論づけて、口を開いた。
「……では、次に確認すべきは――」
——そして、しばらく。
議論はひと通りまとまった。私の推論を元に、街と世界の接続状態を確認し、現状を共有し合う。
やがて、ふと時計を見るオルローグの仕草を皮切りに。
「そろそろ、戻らないといけませんね」
真っ直ぐに立ち上がったオルローグの声に、インスティナが伸びをしながら頷いた。
「ま、名残惜しないとは言わんといたるけどな。ウチらかて、この街を回すのに働かんとあかんのや」
「私もね。そろそろ駅員たちが悲鳴を上げてるはずよ」
ラスカヴァは口元に微笑を浮かべると、こちらに視線を向けて続けた。
「……この街の調査は続けるんでしょ? 応援してるわ。……あの子のことも、ちゃんと頼んだわよ」
「ふむ。任せたまえ」
ルースカも、静かにベッドの足元へと歩み寄る。
「アタシは、ギルド本部の方に戻るね。……もうしばらくで、次の資材の輸送ルートの整備もあるし」
私は、ふと息をついた。――どうやら私は、ようやく“テンプレ”から抜け出せたようだ。
テンプレ通りなら、ここでルースカが「アタシもついていくわ!」とかなんとか、勢いで参戦宣言をする。代替人員のアサインも、仕事の引き継ぎも、ご近所さんへの挨拶すらなく、ノリだけで同行し始める。
だが、今回は違った。誰もが淡々と、自らの役割に戻っていく。
……なんか、寂しい。
だが、テンプレ回避のためには致し方ない。“メインストーリーにあまり関係ないハーレム要員”の量産には、私は断固として異を唱えたい。
……そう……物語においてキャラクターの活躍の場は、決して無限ではない。ひとつの会話シーンで、明確に配置できる役割は、せいぜい三つ。
"語り手"、"聞き手"、そして"補足とフォロー"。この三つのパイを、全員で奪い合うことになる。
――特に、3番目あたりで加入のキャラは、悲惨だ。
キャラの掘り下げがひと段落した頃には、シーン中で一言も発さず、『あれ? いたの?』となる場面も多くなる。存在意義はキャラ紹介ページと挿絵だけ。性格も役割も、後半加入キャラと見事に被る。ラスボス戦ですら、弓矢を一発撃って『弾かれた!?』のあと、セリフ2つでエンディング。――私は、そんな“記号の墓場”を築きたくない。
ラスカヴァとインスティナが扉を開け、軽く会釈して退室する。続いて、オルローグとスヴェルカも静かに後を追う。
個室に残ったのは、ルースカと、私。そして、私のベッドの傍で、疲れて眠っている少女。
すると、ルースカがぽつりと口を開いた。
「そういえば前、“吊り橋効果”がどうの言ってたじゃない?」
「うむ。いわゆる錯誤帰属現象。命の危機と性的興奮を混同して――」
「その説明はいいってば」
彼女は笑って手を振った。
「似たようなやつでさ、“別に大事じゃなかったけど、失くしかけたら急に惜しくなる”って現象。あれ、なんて名前か知ってる?」
「ふむ。……損失回避バイアス、だろう?」
「残念! はずれぇ!」
「なんだと?」
「正解、教えたげる。……耳、貸して?」
ルースカは少し身を乗り出し、私の顔に近づく。私も半ば習慣で前屈みになりかけたが――
すぐさま手元の診断書を引き寄せ、ピシャッと顔の間に差し込んだ。
ルースカの顔が、その紙にぶつかる。
テンプレ中のテンプレ、"耳打ちと見せかけてのほっぺチュー"。見事に回避である。
「ふっ……キサマのテンプレ行動など、読んでいたぞ。もう流されるのはゴメンだ」
「なによ、つまらない男ね」
唇を尖らせながらも、どこか楽しそうな目だった。
「……ま、いっか。じゃあせめて廊下で、みんなを見送りなさい。忙しい中、お見舞いに来てくれたんだから。ほら、手貸してあげるから、立って」
彼女が手を差し出す。私は苦笑いしながら、スっとその手を取った。――その瞬間。
「――ふんっ!」
彼女の腕に引き寄せられる。不意打ちで、ぐいっと引っ張られたかと思えば――
……唇に、柔らかな感触が触れた。
「……ッ!」
驚いて後ずさると、ルースカは自分の唇を押さえながら言った。
「はいっ、アタシの勝ち!」
口元は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「……最後までテンプレな女だな、キミは」
私は唇を押さえながら、ため息混じりに呟いた。
――第五旅程『Emoška』へ……




