第49景:『いってらっしゃい』
――さて、臨死体験。実にテンプレである。
視界が白く染まり、空間がにぶく反響し、意識はどこか遠く。そして走馬燈が始まる。記憶の回廊を一人歩き、過去の美しい思い出やら、己が罪なんかを見せられる。
思えば、ルースカに会ったあたりから、私はこれまで、断固として避けていた"テンプレ”を、次々と歩かされている。有力者とあっさり対面→パーティ加入イベ→徐々に距離が近づく→命を懸けた連携プレイ。
極めつけは、今回の幕引き。
命をかけて少女を守り、走馬燈でストーリーのおさらいをして、悲しい過去も明かされる。そこからの、涙と余韻の中でフェードアウト。
――これぞ、「なろう系テンプレ:とりあえず一旦締め回」。
謎も伏線も放り投げ、ヒロインは泣いて、主人公は倒れ、“それっぽい雰囲気”だけでカーテンを下ろす。
何も回収せず、あの少女の名も明かされないまま、『最終話:過去の罪と、美しき贖い』などとタイトルを付けられる。
"飽きてきたけど、とりあえず締めときたい"というやつだ。
突然ぶつ切りで放置される作品の氾濫する中、締め回を配置するのは非常に親切設計だ。
実にテンプレ、そして……私らしい幕引きだ。
やる気が出れば、続編で再開となるのだろう。まあ、再開にあたっては、おそらく別主人公視点だろうな。
ルースカあたりが適任か。いや、"街の謎"に疑問を持った少年が新キャラとして据えられてもいい。話が進む中で、前作キャラ登場イベでストーリーが合流する系のアレだ。
しかし、『また、やる気が出たら続きを書こう』の“またのやる気”を、私はいまだかつて、見たためしがない。
その辺りを思索しながら、目を瞑って歩く。せん妄の中で目を瞑るというのも、妙な話ではあるが。
だが、さすがにそろそろ飽きてきた。さて、テンプレ通り、くるりと背を向け、光の中に向かって歩き出すとしよう……。
――その時。
突然、スッと足元が抜けた。浮遊感。重力の喪失。歩くという行為が、“地に足をつける事”だったと思い出す。そして、ゆっくりと、私の視界の向こうから影が現れる。そこにいたのは、蒼い翼を持つ女だった。
紺色の髪が、風もないはずの空間でたゆたう。瞳は、紅く、あたたかく、すべてを見透かすように。
額に二本、両側頭部と後頭部。合計五本の角。王冠のように配置されたそれらが、彼女の歩行と共に穏やかに揺れる。
――アジュール。
……あれは“竜”だ。いや、すべてが竜というわけではない。だが、半分ほどは竜の姿が混ざった存在。
その竜女が、私を迎えに来たのだ。
……いや、違うな。彼女は現世で生きている。だから、この場合は"見送り"だ。
「ふっ……キサマか……」
私は小さく嘆息した。
――不本意だ。非常に不本意である。
別に揃い踏みで登場してくれなどとは言わないが、娘の誰かに見送ってもらいたかった。
……あるいは、命を懸けて血反吐を吐いてでも取り戻そうとした“彼女”。
……いや、贅沢は言うまい。末期を、キサマのような母性の権化に見送られるのだ。その胸に抱かれて逝くのも、悪いとまでは言わないでやろう。
私は両手を広げ目を閉じ、その抱擁を――
――ビタァァンッ!!!
「ッ……痛ったあぁああ!!」
世界が、しなるように揺れた。音ではなく、空気ごと持っていかれる。
私が受けたのは、温かな母の抱擁ではなかった。竜の尾による、しなやかかつ筋肉質なスラップである。
――痛い。洒落にならないくらい痛い。
まあ、このスラップを見舞われたのは一度や二度ではない。そろそろ三桁の大台に乗りそうだ。しかし、だからと言って慣れるものでもない。
私はよろめきながら視界を戻す。彼女は静かに、再び尾を巻き上げていた。その顔には"怒り顔"が浮かんでいる。
――いや、違うな。これは“叱り顔”。ふざけて障子を破った子供に向けるような、そんな視線だ。
だがその目には、涙が浮かんでいた。――そして、微笑む。
ああ、なんと優しい笑顔だろう。渾身のビンタをかました相手に、こんな笑顔を向ける女など、世界広しと言えど、この女くらいのものであろう。あるいは――CLANNADの岡崎渚(汐シナリオ)。
――伝わる。意味は、伝わる。「死ぬのはどうかと思うけど、よく頑張ったね」という、母が子に向ける最後の言葉のような眼差しだった。
そして、その微笑みのまま。彼女はそっと私の背後にまわり、肩に手を添える。
……その触れ方が、実にやさしい。強くも弱くもなく、ただ“戻す”ように。
そして、促されるように私は振り向いた。
――そこにいたのは、あの少女だった。
うずくまって、両手で顔を覆って泣いていた。羊のツノが震えていた。細い肩が、嗚咽に揺れていた。
声は聞こえない。だが、伝わってくる。痛みと、混乱と、寂しさと――後悔。
私は、胸の奥が強く引き攣るのを感じた。
私は満足していた。命をかけて娘を守った。それだけで、美しい幕引きになった。その美しさに酔っていた。
――けれど、この子は?もちろん、それを糧に強く育ってくれるなら、それで良い。
だが、あるいは?その十字架は、私の自己満足の結果ではなかったか?
“誰かが自分のために死んだ”という事実は、いつまでも心に巣くう。いくら成長しても、大人になっても、ふとした時に蘇る、『もし、あの時……』という問い。
それを背負わせるのが、父か?
……違う。これは、私の満足であって、彼女の幸せではなかった。
やはり、私はどこまでも愚劣で利己的だ。ここに至るまで、自分が“美しく終われるか”しか見ていなかった。
この子の未来も、痛みも、重さも。少しも見ていなかったのだ。
……別に、"絶対に生き延びねばならない"とまでは言わない。だが……"可能なら、私は生きた方がいい"。その方が、“より良いパパ”だ。
私は、そっと目を伏せた。肩に手を置いたまま、私の背後にいる女に向けて、低く呟く。
「……我ながら、珍しいことではあるがな。キサマに礼を言ってやろう」
肩に置かれた彼女の手に、自分の手を重ねる。
「……ありがとう、アジュール」
足元に、重さが戻る。フワリと、地に足が触れる感触。私はそれを、踏み締めた。
そして、歩き出す。元来た道へと。
アジュールの顔など、振り返らなくても分かる。それは、“息子を送り出す母”の顔だ。
"いってらっしゃい。頑張ってね。今夜はお鍋にしとくから"
そんな顔。
実に腹立たしいが――今回は、我慢するとしよう。
――第50景へ……




