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【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第四旅程『Růstka』
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第49景:『いってらっしゃい』


 ――さて、臨死体験。実にテンプレである。


 視界が白く染まり、空間がにぶく反響し、意識はどこか遠く。そして走馬燈が始まる。記憶の回廊を一人歩き、過去の美しい思い出やら、己が罪なんかを見せられる。

 思えば、ルースカに会ったあたりから、私はこれまで、断固として避けていた"テンプレ”を、次々と歩かされている。有力者とあっさり対面→パーティ加入イベ→徐々に距離が近づく→命を懸けた連携プレイ。

 極めつけは、今回の幕引き。

 命をかけて少女を守り、走馬燈でストーリーのおさらいをして、悲しい過去も明かされる。そこからの、涙と余韻の中でフェードアウト。


 ――これぞ、「なろう系テンプレ:とりあえず一旦締め回」。

 謎も伏線も放り投げ、ヒロインは泣いて、主人公は倒れ、“それっぽい雰囲気”だけでカーテンを下ろす。

 何も回収せず、あの少女の名も明かされないまま、『最終話:過去の罪と、美しき贖い』などとタイトルを付けられる。

 "飽きてきたけど、とりあえず締めときたい"というやつだ。

 突然ぶつ切りで放置される作品の氾濫する中、締め回を配置するのは非常に親切設計だ。

 

 実にテンプレ、そして……私らしい幕引きだ。

 やる気が出れば、続編で再開となるのだろう。まあ、再開にあたっては、おそらく別主人公視点だろうな。

 ルースカあたりが適任か。いや、"街の謎"に疑問を持った少年が新キャラとして据えられてもいい。話が進む中で、前作キャラ登場イベでストーリーが合流する系のアレだ。

 しかし、『また、やる気が出たら続きを書こう』の“またのやる気”を、私はいまだかつて、見たためしがない。


 その辺りを思索しながら、目を瞑って歩く。せん妄の中で目を瞑るというのも、妙な話ではあるが。

 だが、さすがにそろそろ飽きてきた。さて、テンプレ通り、くるりと背を向け、光の中に向かって歩き出すとしよう……。


 ――その時。


 突然、スッと足元が抜けた。浮遊感。重力の喪失。歩くという行為が、“地に足をつける事”だったと思い出す。そして、ゆっくりと、私の視界の向こうから影が現れる。そこにいたのは、蒼い翼を持つ女だった。

 紺色の髪が、風もないはずの空間でたゆたう。瞳は、紅く、あたたかく、すべてを見透かすように。

 額に二本、両側頭部と後頭部。合計五本の角。王冠のように配置されたそれらが、彼女の歩行と共に穏やかに揺れる。


 ――アジュール。


 ……あれは“竜”だ。いや、すべてが竜というわけではない。だが、半分ほどは竜の姿が混ざった存在。

 その竜女が、私を迎えに来たのだ。


 ……いや、違うな。彼女は現世で生きている。だから、この場合は"見送り"だ。

 

 「ふっ……キサマか……」


 私は小さく嘆息した。


 ――不本意だ。非常に不本意である。


 別に揃い踏みで登場してくれなどとは言わないが、娘の誰かに見送ってもらいたかった。

 ……あるいは、命を懸けて血反吐を吐いてでも取り戻そうとした“彼女”。


 ……いや、贅沢は言うまい。末期を、キサマのような母性の権化に見送られるのだ。その胸に抱かれて逝くのも、悪いとまでは言わないでやろう。

 私は両手を広げ目を閉じ、その抱擁を――


 ――ビタァァンッ!!!


 「ッ……痛ったあぁああ!!」


 世界が、しなるように揺れた。音ではなく、空気ごと持っていかれる。

 私が受けたのは、温かな母の抱擁ではなかった。竜の尾による、しなやかかつ筋肉質なスラップである。

 

 ――痛い。洒落にならないくらい痛い。


 まあ、このスラップを見舞われたのは一度や二度ではない。そろそろ三桁の大台に乗りそうだ。しかし、だからと言って慣れるものでもない。

 私はよろめきながら視界を戻す。彼女は静かに、再び尾を巻き上げていた。その顔には"怒り顔"が浮かんでいる。


 ――いや、違うな。これは“叱り顔”。ふざけて障子を破った子供に向けるような、そんな視線だ。

 だがその目には、涙が浮かんでいた。――そして、微笑む。

 ああ、なんと優しい笑顔だろう。渾身のビンタをかました相手に、こんな笑顔を向ける女など、世界広しと言えど、この女くらいのものであろう。あるいは――CLANNADの岡崎渚(汐シナリオ)。


 ――伝わる。意味は、伝わる。「死ぬのはどうかと思うけど、よく頑張ったね」という、母が子に向ける最後の言葉のような眼差しだった。

 そして、その微笑みのまま。彼女はそっと私の背後にまわり、肩に手を添える。

 ……その触れ方が、実にやさしい。強くも弱くもなく、ただ“戻す”ように。

 そして、促されるように私は振り向いた。

 

 ――そこにいたのは、あの少女だった。

 うずくまって、両手で顔を覆って泣いていた。羊のツノが震えていた。細い肩が、嗚咽に揺れていた。

 声は聞こえない。だが、伝わってくる。痛みと、混乱と、寂しさと――後悔。


 私は、胸の奥が強く引き攣るのを感じた。

 私は満足していた。命をかけて娘を守った。それだけで、美しい幕引きになった。その美しさに酔っていた。

 

 ――けれど、この子は?もちろん、それを糧に強く育ってくれるなら、それで良い。

 だが、あるいは?その十字架は、私の自己満足の結果ではなかったか?


 “誰かが自分のために死んだ”という事実は、いつまでも心に巣くう。いくら成長しても、大人になっても、ふとした時に蘇る、『もし、あの時……』という問い。

 それを背負わせるのが、父か?


 ……違う。これは、私の満足であって、彼女の幸せではなかった。

 やはり、私はどこまでも愚劣で利己的だ。ここに至るまで、自分が“美しく終われるか”しか見ていなかった。

 この子の未来も、痛みも、重さも。少しも見ていなかったのだ。


 ……別に、"絶対に生き延びねばならない"とまでは言わない。だが……"可能なら、私は生きた方がいい"。その方が、“より良いパパ”だ。


 私は、そっと目を伏せた。肩に手を置いたまま、私の背後にいる女に向けて、低く呟く。


 「……我ながら、珍しいことではあるがな。キサマに礼を言ってやろう」


 肩に置かれた彼女の手に、自分の手を重ねる。


 「……ありがとう、アジュール」


 足元に、重さが戻る。フワリと、地に足が触れる感触。私はそれを、踏み締めた。

 そして、歩き出す。元来た道へと。


 アジュールの顔など、振り返らなくても分かる。それは、“息子を送り出す母”の顔だ。

 "いってらっしゃい。頑張ってね。今夜はお鍋にしとくから"

 そんな顔。


 実に腹立たしいが――今回は、我慢するとしよう。



――第50景へ……

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