↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第四旅程『Růstka』
PR
41/86

第41景:『問いと、歪みのはじまり』


 「風力ポンプとして建てられる……はずの施設よ。でも、いまだに完成してないの」


 外には、建設用仮設足場も残っている。だが、工具や資材などは見当たらない。"残している"と言うよりは"解体してない"が、より正しい表現だろう。


 「ルースカ女史、これは"これ以上作れない"というより、単に"作りかけ"と言うように見えるが」


 「てっぺんに登ってみたらわかるよ。行ってみな」


 その言葉に促され、私は少女を彼女に預けてから、無言で階段を上がる。最上段まで登りきり、周囲の街を見渡した。

 ……やはり、この辺りも同じだ。いや、風車塔から見渡した場所よりさらに酷い。

 陸橋は、これ以上伸ばせば明らかに建築物にぶつかってしまう。玄関は三方を建物に囲まれており、街路に出る術がない。建物の外壁からは、唐突に階段が突き出している。


 私は、視線を巡らせながら、ふと腕を持ち上げた。空に向かって、右手を伸ばしてみる。


 ――けれど。指先が、途中で止まった。


 「……なんだと?」


 頭上には、何もない。空が広がるだけ。だというのに、私の腕は、ある地点から先へ進まなかった。押し返されるわけでもない。ぶつかるわけでもない。――ただ、“止まった”。

 ただ、神経がふっと消えたように、意志が先へ届かない。まるで、その先には"意味がない"と告げられたかのように……。

 私は、しばらく手をそのままにして、ゆっくりと肩を下ろした。

 

 「……まるで、オープンワールドのフィールド端だな」


 境界線が可視化されているわけではない。それでも、ここから先はないと身体が理解してしまう感覚。

 私は再び、街へと視線を巡らせる。


 「誰も止めてない。でも、進まない。街が止まりたいから、止まった……か」

 

 足場を下りながら、私は都市全体に漂う静けさを意識した。地上に戻ると、ルースカが腕を組んで待っていた。


 「ね? アタシが言った意味、わかった?」


 「……この街は、これ以上大きくなるのを拒んでいる。横にも縦にも……だ。この街の営みが終わるのが嫌なのか、住人が消えてしまうことを憂いているのか。……あるいは、完成してしまうことで“生まれ落ちる”ことを恐れているのか……」

 

 そのとき、少女がそっと袖を掴んだ。


 「せんせい……。ここにいると、なんか……怖いの」


 少女は、そう言いながら少し俯いた。


 「……ううん、違う。こわいっていうより……」

 

 言葉を探すように唇が動き、それでも出てこなくて。しばらくして、かすれるように続けた。


 「……不安なの」


 私はその手を包み込むように握り返した。


 「キミがそう感じたのなら、きっとそれは大切な“この街の気配”なんだろう」

 

 私はそう告げ、もう一度塔を見上げる。――この街は、完成……いや、"誕生"を望んでいない。ならば、私は"その理由"を探らねばならない。


 しばしの静寂ののち。


 「……せんせい。

 先生って、この街を調べて、“元の世界に戻る方法”を探してるんだよね?」

 

 少女の声は、風よりも静かだった。私の思考は、完全に途切れた。――たった一言。それだけで……。

 返答しようと口を開きかけたが、音にならないまま、喉の奥で詰まった。


 「……そしたら、せんせいは……」


 少女が顔を上げた。その視線に、いつもの無垢な透明感はなかった。

 袖を握る手。小さな指が、さっきよりもずっと強く白衣を掴んでいる。感情というものが、物理的に表出する。まさにその感覚。

 

 「……あたしを、おいて……帰っちゃうの?」

 

 私は言葉を探した。……が、見つからなかった。私の中に、答えが存在するのだとしたら、それはどこかに隠れていて、まだ見えていない。

 彼女は、泣かなかった。泣く代わりに、笑おうとした。けれど、その笑みは頬の途中でほどけた。瞬きを我慢するように、瞳がかすかに光っていた。

 ……他人の気持ちを察することが得意とは言えない私だが、その意味くらいはわかる。

 私はそっと手を伸ばす。肩に触れた瞬間、彼女は何も言わず、すっと胸元に身を預けてきた。拒むでも逃げるでもなく――ただ、そこにあるべき形のように。


 そのぬくもりは軽くてやわらかく、そして、どうしようもなく重かった。白衣の裾を掴む小さな手は離れず、わずかに震えていた。眉は下がりながらも、口元だけが笑おうとしていた。

 その歪みが、なにより痛かった。


 「……そのときが来たら、ちゃんと君に、聞くよ」


 それは、どうしようもなくあいまいな答えだった。だが、私の口から出せる限界だった。

 少女は、胸の中でひとつ頷いた。呼吸が合う。私と彼女の、心臓の音が重なる。ただ、それだけのことが、痛かった。

 

 ――私は、科学と論理を重んじる科学者だ。だが、この瞬間において論理など何ひとつ役に立たない。

 だから、空を見上げた。陽は相変わらず柔らい、塔の構造にも影はさしていない。どこからくるのか曖昧な光が、街を包んでいる。


 帰還手段は見つける。それは変わらない。――だが見つけたとして、その先は?

 心のどこかに小さく芽生えていたその思考を、いま、強く意識していた。



――第42景へ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。