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【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第三旅程『Instina』
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第30景:『常識の仕入れ違い』


 「はぁ……クニにマジュツに、ヤマとカワ。それに、センソウ……。アンタの世界は、ホンマけったいやなあ」


 インスティナは、そう言って紅茶のカップを指先でなぞった。

 

 「……なんやろな、“根っこ”が見えへん言われても、ワイらからしたら、“アンタの考え方の方がよう分からん”てなるで?」


 まだ、椅子の背にもたれたままだった。さっきまでの契約書類の熱が、まだ机の上に漂っている気がする。

 私はその余韻を断ち切るように、インスティナに向き直った。

 

 「なら更に、妙なことを聞いてもいいかね?」


 「変なこと言わへんアンタの方が、変やけどな。ええよ、言うてみ」


 彼女は書類をまとめる手を止めることなく、気楽に返した。


 「ありがとう。では早速、我が本業の“変”だ」

 

 そして、その後に続く質問に……彼女は少しだけ、指の動きを止めた。

 

 「この街の資源は、どこから来ている?」


 インスティナは、ぴくりと片眉を動かした。


 「……どこから?」


 「そう。食料、素材、電気、水道。すべての供給源だ。畑も鉱山も見当たらない。それどころか、山林や森、河川すらない。もしこの街がネット通販で成り立っているなら別だがな」


 私は真っ直ぐ、インスティナの目を見据える。


 「……不思議ではないか?」


 彼女は、じっとこちらを見たあと、ゆっくりと口を開いた。


 「……ほ〜……ほなアンタの世界やと、違うんやな?」


 「まったく違う。まあ、我々の世界の通信商取引も、まだまだ未熟ではあるが。こちらの世界のAmazonは、まだ発芽すらしていないようだ」


 「やっぱりな。せやけど、ワイらこの街の生まれからしたら、"そういうもんや”としか言われんわ」

 

 インスティナは立ち上がることもなく、椅子をくるりと回して横を向いた。


 「アンタが今並べた単語、ひとっつも聞き覚えあらへん。ハタケ?コウザン?……なんやそれ?」


 「鉱山は鉱石を掘る場所。畑は作物を育てる場所だ。我々の世界では、食料も資材も“そこ”から生まれる。流通の起点とは、すべて一次産業のはずだ」


 「はぁ〜……なるほどなぁ」


 インスティナはあくびのような声を漏らした。


 「一次産業いう言葉はワイらの街にはないけど……アンタの考えでいうたら、ワイらの“流通”の起点は、ギルド傘下の“総合倉庫”」


 「それは……最初から全て倉庫に存在してる、という意味か?」


 「ちゃう。“要るもん”が現れるだけや。だいたい、必要な時に必要な量……。煉瓦、木材、鉄。倉庫の中に出るんや。ほな使う。以上や」


 「どこから?」


 「……知らん。ちゃんと言うと、初めから"そう言う場所”があった。ほんで、ワイらがその上に倉庫を建てた」


 インスティナはためらいなく言い切った。


 「“出てくる”ねん。そんで、なかったら“無いんやろな”で諦める。流通だけは、ワイらが部門別に管理しとる。おかしな値段にならんようにな。嗜好品は特にや」


 「君たちは、“それらが、どこから来たのか”を気にしないのか?」


 「……え、気にするもんなん?」


 「気にしない文化……素晴らしい。ぜひ日本に導入すべきだ」


 私は手帳を閉じたまま、無言で眉をひそめる。

 

 「では、食料は?」


 「店頭に並べるもんは、だいたい“エピカ工房”が作っとるな。個人のパティシエやレストランもある。それで、全部」


 「自家調理の文化はない……か。原材料は?」


 「さっきも言うたやろ。ギルドの倉庫に出てくる。小麦粉なら小麦粉。肉なら肉。塩なら塩。いうて、『食事なんか興味ない』いう奴もおるな。せんでも良えわぁ、って」

 

 「……どういうことだ? 君たちは……食べなくても死なないのか?」


 その問いに、インスティナは首を傾げる。


 「死ぬ?……ほな、アンタらんとこは食べんと死ぬんやな」


 「そうだ。むしろ、食べ過ぎても緩やかに死ぬ。これが文明の進化の末路だ」


 「……めんどくさい生き物やなぁ」


 「よく言われる。だが誇りでもある」


 「まあ、"食べる"いうんは、楽しみやな。“今日は食べようかな”って思ったときに食べる。ほんで、腹は膨れるけど、食べんでも動ける。――あかんか?」


 「……いや、正直に言えば、非常に“あかん”構造だ。自然法則として」

 

 「ワイらにとっては普通や。“食事は嗜好品”、それで話は終わりやで」


 「水は?」


 「蛇口を捻ったら出る」


 「どこから?」


 「知らん。アンタが言うた、"河川"もないな。水路はあるけど、あれと繋がっとるわけやない。でも、止まったことはない」


 「ふむ、羨ましい限りだ。我がラボの水道は、請求書とセットでちょいちょい止まる。

 ――では、電気は?」


 「勝手につく。電線に通ってる。それだけや」


 「発電所も、蓄電池も、何もないのに?」


 「せやな。ぜーんぶ、聞いたこともない単語や」


 私は静かに呼吸を整えた。

 ――この街は、“必要なものが現れる”ことで成立している。

 "人"も"物資"も"ライフライン"もだ。そして、それを“当たり前”として受け入れている。誰もその根拠を求めない。問う必要が無かった世界。


 「ひとつ……最後に訊いていいか」


 「どした?」


 「……キミは、“この街が終わったらどうなるか”を、考えたことは?」


 インスティナの笑顔が、すっと消える。無言のまま、椅子を軋ませて背筋を伸ばした。


 「……ワイらかてアホちゃうで。自分たちがどこから来てるか、仕組みはどうなっとるか、その先になにがあるんか。考えたことが無いわけやない。でもな…結局"そういうもん”。それ以上でも以下でもない。

 ほんで“時計塔が動いてるあいだは、大丈夫”っちゅうのが、この街の“前提”や」


 「ふむ、やはりこの街の"中心"は時計塔か」


 「せや。でも、ほな時計塔がなかったら? 時計塔が消えてしもうたら、何が起きるんやろなって……最近、よぅ考えるんよ」


 「最近?」


 インスティナは頷いた。


 「“あの子”が病気で倒れてから。ほんで、目ぇ覚めてからは特に、や。ワイが見てる時計塔、なんかこう……前と音が違うような気ぃすんねん」


 私はカップに口をつける手を止め、そっと問いかける。


 「……あの子が、目覚めたことを……知っていたのか?」


 インスティナは、まるで“今さら何を”というように、目を細めて笑った。


 「なんとなく、感じるんよ。ワイだけやない。この街の人間、全員やと思う」


 「……あの子が集合意識レベルでバズってるというわけか」


 彼女は、ふっと遠くを見やった。


 「ほんでな。……それを“不思議や”って思ったことが、今まで一度もなかった。いまのいま、あんたに言われるまでな」


 彼女の視線は、おそらく、遠く塔へ向けられている。あるいは、"あの子"。ここからは見えないが、あまりにも自然な"この街の中心"……。


 「気づきを促せたとは。教育者として本望だ……」


 「アンタ、教師やったんか?」


 「いや、失敗がデフォルト設定の研究者だ」

 

 インスティナは呆れ笑いし、カップを持ち上げた。


 「トラムも、街路も、人も、全部が回っとる。でもな……なんか、“芯”がズレとる気がするんよ。うちはギルド長やから、“数字”では問題ないって分かっとる。けどな、心で見てたら、なんか違うねん」


 私は静かに頷いた。


 「ありがたい。君のその“違和感”が、この街を解き明かす鍵になるかもしれない」


 「そんな大層なもんちゃう。ただ、ワイが勝手に引っかかっとるだけや」


 インスティナはカップを持ち上げ、冷めた紅茶に小さく息を吹きかけた。


 「ほんまに、こんな遅ぅまで残業なんかしたなかったけどな……」


 私は笑った。

 彼女は、紅茶の残りを飲み干すと、椅子にもたれたまま、ふいに口を開いた。

 

 「せや!アンタ」


 「なんだね?」


 「アンタのツラは、正直言って好みやないけどな」


 私は、カップを置きかけて止めた。


 「でもな、喋りと度胸は気に入った。今度、個人的に茶ぁしばきにいこうや。なんなら夜も空けとくで?」


 インスティナは口元だけでニヤリと笑い、だが、視線は真っ直ぐこちらを捉えている。

 私は姿勢を正し、すっと眉を上げて訊ねた。


 「ふむ、いわゆる“夜のデート”のお誘いかね?」


 インスティナは笑顔のまま目をつむり、背もたれにドガッと身体を預け、肩をすくめる。


 「なんや、アンタがそう思いたいんやったら、それでもかまへんで?ワイは、気に入った男との距離はとっとと詰める事にしとるんや。"時は金なり"やからな」


 ――ふむ、これは非常に危険な問いである。

 しかし、父性とは防御であり、同時に牽制である。PTAで他所のママさんと、気軽に仲良くなってはいけないのだ。……そう、その末路は、娘たちの冷たい視線。

 私は静かに答えた。


 「残念ながら、夜は娘の寝顔を見つめながらウットリ過ごす予定でね。あと、ランドセルの底でテストの返却用紙がクシャクシャになってないか、確認せねばならない」


 インスティナは目をそらし、フッと笑った。


 「なんや、残念やなぁ……。フられてもたか。ワイ、これでも色気には自信あったんやけどなぁ」


 彼女は左手を掲げ、手首だけで手のひらを振る。


 「後になって、『もったいなかったなぁ』って後悔しても知らんで?」


 「むしろ、その自信が機会損失に直結している可能性すらある」


 「ほらな? そういう言い方するから、モテへんのやで?」


 「私が目指すのはパパであり、大人な女性の好感度など不要だ。だが、問題は“娘たちにはナメクジを見る視線を向けられている”という点だが、それもまた“パパの特権”ではないかと思っている」


 「ようわからんけど……アンタ、だいぶ追い詰められとるな」


 私は紅茶を飲み干して立ち上がった。


 「ありがとう、インスティナ女史。とても貴重な時間だったよ」


 「どういたしまして。ほな次は、アンタの番や。……なんか、でかいネタ持って来そうやな」


 「……目指すのは“世界の真実”だが……。まぁ確率は、10連ガチャSレア二枚抜きくらいに考えておいてくれ」


 それだけ言うと、私は立ち上がり、部屋の扉に手をかけた。



――第31景へ……

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