第27景:『異世界転移したら島耕作だった件』
銀行の重い扉が開く音がした。いや、普通にガラス張りの開き戸なのだが、雰囲気的に。
空は相変わらずの薄曇り。光源は既に傾き、街は夕暮れの光に満たされつつある。
「先生の言う通りにして来ました……。その会社に信託を申し込んで、銀行でお金を借りて、振り込みも済ませました……」
スヴェルカの顔には、不安と罪悪感と、あと私への恨みがにじんでいた。しっぽをションボリと引きずりながら、彼と共に私は再びカフェへ戻る。
「契約書類は?」
「はい……ここに……」
テーブルに書類を広げながら、スヴェルカはもう泣きそうな目で私を見上げた。
「これで……どうなるんですか……?」
「……確かに、お金は先生……というか、オルローグさんの口座に振り込まれたから……盗られてはない、ですけど……」
いや、正確に言えば彼は債務を負っているから、既に”お金は盗られてる”んだが、ややこしくなるから言わない。
「簡単な話だ」
まあ、“簡単な話”という前置きほど信用できないものは少ない。――だが、私は言う。
「私の会社は、倒産したい。だが――」
「……したい?」
「そう、“したい”。ところがだ。会社の資産の一部が“社長個人”の名義になってしまっている。つまり現時点で私は、“会社の金を持ってる社長”というわけだ」
「……え、ええ……?」
「その状態で倒産申請してみたまえ。どうなるか? “債権放棄の形を取りつつ、社長が金を持ち逃げするつもりでは?”と疑われて却下される。税務調査に引っかかって――破産できない会社の完成だ」
「じゃあ先生……なにやってるんですか……?」
「私は“社長”であり、“資産の受取人”であり、“契約解除の責任者”でもある」
「……意味が……」
私は一枚の帳簿の写しを、スヴェルカの前に差し出す。
「見たまえ。これは“架空の塩の先物取引”だ。金額だけは大きいが、取引そのものが存在しない。つまり“契約不履行”。ならば――」
私は指をパチンと鳴らした。
「さきほど商業ギルドに赴き、社長権限で“履行可能性無につき契約破棄”を申請してきた。詐欺か? 違う。“そもそも不可能な契約だった”のだから、解除は正当だ」
「そ、それで先生……つまり……?」
私は右手を上げ、左手で胸元を指し、胸を張る。
「名実共に、私が社長だよ!」
風が吹いた。スヴェルカの尾が、ふるふると揺れる。
「まったく意味がわかりません……でも、なんか……悪いことしてないような……気もしてきました……」
彼の声は、きっと自分を納得させるためのものだ。私は、優しく微笑んだ。
「重要なのは、“何をしたか”ではない。“何を救ったか”だ。私は少女を救い、君は私を支え、結果、私は肩書きを得た。あと、ついでに悪徳詐欺会社も潰せる。完璧だろう?」
スヴェルカは、頭を抱える。
「……つまり、先生が社長で、会社が倒産できなくて、お金は動いてないけど動いたように見えて、結局先生が偉くなったってことですか?」
「うむ、その通りだ。……まあ、名義上はオルローグくんだがね」
「で、でもオルローグさんはどうなっちゃうんですか!? 詐欺会社の社長になっちゃったのは変わらないですよね!?」
「会社の実情は、当たり前のようにボロボロだ。帳簿は粉飾、現金は流出済み。だが、繰上償還で被害者への返金は可能だ。“赤字しかない綺麗な会社”に整えてから、きっちり合法的に倒産させよう」
スヴェルカの目が、大きく見開かれる。
「その辺の後始末も、私がやっておこう。ジェバンニには遠く及ばないが、私も一晩でそこそこ色々できるタイプだ」
「で……でも、それで本当に大丈夫なんですか……?」
私はティーカップを持ち、ニヤリと笑う。
「オルローグくんが、今後ベンチャー企業を立ち上げる予定があるなら困るがね。どうしてもと言うなら、私が帰ったあとで身分証の盗難届を出してもらえばいい。どうせ、犯人は異界の彼方だ」
私は指先で、小さなスイッチを弾く。
カチリという微かな音と共に、テーブルの上の“ロッカス・ホース・フライ”たちが羽を震わせた。
「詐欺の首謀者たちは、すでに全員こいつでマーキング済みだ。資金の流れ、会話、脱税の兆候。すべて記録済み。適当なタイミングで街の治安機構に流せばいい。……いっそ、インスティナ氏への手土産にしても良いな。まあ、どちらでも構わん。そのあたりは流れだ」
スヴェルカが固まった。目が、うっすら涙ぐんでいるようにも見える。
「め、面会を断られてから……まだ半日ですよね……!? それなのに社長になって、資金の流れ押さえて、証拠集めて……え、えっと……」
彼は、ぐるぐると頭の上に“?”を浮かべながら、やっとのことで言葉を絞り出した。
「先生って……一体、何者なんですか……?」
私は椅子の背にもたれ、視線を落とす。
「……うむ。これまで幾度となく問われてきた質問だ。答えよう」
――そして、満を持して顔を上げた。
「――パパだよ」
「おかしいでしょ!!」
スヴェルカの絶叫が、商業区の空にこだました。
――第28景へ……




