第26景:『パパ、社長になる』
「まあ、聞きたまえ。ちょうど素晴らしい話があったのだよ」
私はティーカップの縁を、指先でコツコツと叩きながら続けた。
「“財務処理のため名簿上の臨時役員が必要。短期契約で報酬あり”だ。で、色々誤魔化してあったが、その“役員”というのは、どう見てもその会社の社長だ」
スヴェルカの目が、さらに大きくなる。
「ええ!? そんな上手い話なんて……」
私は、薄く笑みを浮かべる。
「あるわけないな。いわゆる名義借り詐欺だ。哀れなカモに負債を押し付け、計画倒産を狙うやつだよ」
紅茶を一口すする。
「ちなみにその会社というのは“投資信託”。利回りなんと5%。投資実績の偽造すらしていない、実に雑なやつだ」
「いや、確かに社長の肩書きは手に入りますけど!! 名義はオルローグさんなんでしょ!? 絶対にダメです!!」
スヴェルカは尾を細かく揺らしながら、半ば泣きそうな声で震えていた。
「ふふふ、すでに役員の書類にはサイン済みだ。私はすでに“一端の社長”というわけだ。巧遅は拙速に如かずだよ」
「なに笑ってるんです!“拙”が過ぎますよ!! オルローグさんが破滅しちゃうじゃないですか!!」
カフェの空気が震えるようなスヴェルカの悲鳴。私はどこ吹く風とばかりに、空のティーカップを指で弾いた。
「その辺は上手くやるさ。その会社はすでにギルドに目をつけられて、調査が入ってる。尻に火がついてる連中が、大慌てで“逃げ切り用のスケープゴート”を探していたところに、白衣の山羊がノコノコやってきたというわけだ」
私は涼しい顔で続ける。紅茶はとっくに飲み終わっていた。この街にもドリンクバーがあれば良いのだが――いや、それは本筋と関係ない。
「で、奴らは“塩の先物取引”とやらで資金を持ち逃げしようとしてる。帳簿上に数字はあるのに、現物の流れがどこにもない。完全なる架空取引だ」
「……難しいことはよくわかりませんが、なんでそんなに詳しく?」
「私は“社長”だ。会社の書類は、ギルドで全て閲覧できる。それと――」
私は指先で、テーブルの上の小さな金具を弾いた。
カチリ、と音を立ててそれが跳ねる。翅が、微かに震えた。
「こいつだよ」
スヴェルカは、きょとんとした顔で機体を見つめ、そして眉をひそめる。
「……なんですか? このハエ……じゃない? 機械?」
「ロッカス・ホース・フライ。情報収集用の微型ゴーレムだ。無数に放ったから、回収は大変だがね」
「経済の世界では、情報こそが最大のチート能力だ。それさえあれば、俺TUEEEの無双が簡単にできる」
「……たぶん、それできるの先生だけです」
ホース・フライは細い脚を動かしてソーサーの上に乗り、翅も足も収納し、金属片のように丸く沈黙した。
「これ……すごいですね」
スヴェルカの声に、少しだけ興奮が混じっていた。ついさっきまで義憤に震えていたというのに……。
――それで良いのかスヴェルカ。
「で、スヴェルカくんは銀行で融資を受けて、この投資信託にお金を預けたまえ」
私の言葉は、さらっと冗談の皮を被って放られた。
「なんでですか! 詐欺なんでしょ!?」
スヴェルカの浮遊する体が震える。彼は行為の重さを言葉にしてしまうタイプだ。
私はティーカップの縁に指を当て、ニヤリと笑う。
「私の人柄を信じろとは言わない。だが、狡賢さは信じるに値するだろう? それに、あの子の命の恩人である私の“帰還”への協力は?」
スヴェルカの目が、わずかに潤んで見えた。小さな尾がふるふると震える。
「い、命を掛けるとは、確かに言いましたけど……」
その声には、震える覚悟と戸惑いが混じっていた。――いい反応だ。愛すべき従者である。
「だが注意点だ。契約書はしっかり作成。預け金は後日振込。通帳だけ持って、間違っても現金は持っていかないこと」
「……は、はい……?」
困惑と動揺がにじむ返事。私は微笑み、背筋を伸ばした。
――あくまで合法の範囲で、法の網を“編み直す”。それこそが、“教育的パパ”の正しいやり方というものだ。
さあ、ここからは――経済学の授業だ。
――第27景へ……




