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【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第三旅程『Instina』
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第25景:『理想的で非情で健全な壁』


 ギルド前のカフェは、ほどよく風通しが良かった。

 ラタン編みの椅子と、白い日除け布のついたパラソル。テーブルの上には、ずっと前に冷めた紅茶が一杯。

 その向こう――スヴェルカが、椅子に座っていた。

 器用に尾を巻きつけてティーカップを支え、頭部は胴体からふわふわと浮いたまま、所在なげに雲を眺めていた。


 私は静かに椅子を引いて、腰を下ろした。


 「遅かったかな?」


 「……もうお昼、過ぎてますよ」


 スヴェルカは恨めしそうな声で言った。


 「だが今回は、外のベンチではない。ちゃんとしたカフェだ。日陰で座れて、椅子もあった。快適だったろう?」


 「紅茶一杯で、4時間いました。店員さんの視線が……。20回くらい“追加のご注文は?”って聞かれました……。もう、外の方がマシでした……」


 「それは君が“注文しないタイプ”だと見抜かれたからだ。市場原理とは、需要と供給の演算にすぎん。視線は請求書だ。払いたまえ」


 「こっちが支払ったのは、羞恥心と自己肯定感ですっ」


 私は頷き、話題を切り替えた。

 

 「で? アポ取りの成果は?」


 スヴェルカは、力なく項垂れた。


 「ダメでした……」

 

 ――まあ、だろうな。


 「“インスティナ代表と会いたい”って伝えたら、受付の人に“ギルドに登録された会社の役員の方じゃないと無理です”って返されました。“個人の方は、実績ある方のみです”って……」


 「ふむ。非常に正常な防衛線だ」


 私は、カップの紅茶をくるくると回した。もう、ぬるさすら通り越して常温だった。


 「それで、どうしたのかね?」


 「“先生はたしかに変人だけど、ものすごく頭が良くて、娘思いで、あの子の命の恩人で……”って……なんとか、伝えようとしたんですけど……」


 「“娘思い”で押したのか。なかなか挑戦的だな」


 「“なにかの勧誘ですか?”って聞かれました……」


 「良い反応だ。誤解を含む会話は、“関心を持たれた”という点で成果である」


 「敗北を誤魔化さないでくださいっ……!」


 私は一息ついて、背もたれに体を預けた。

 ――社会構造は“理想的に非情”であるべきだ。そして、それはとても健全なことだ。


 少し調べただけではあるが、この街の経済的な法律や制度は“第二基底”に酷似している。この小さな世界で、独自に発展したとは考えにくい。まるでパッチワークのように貼り付けた、借り物の経済構造……。

 また、謎がひとつ。いや、考察の材料がひとつ増えたと言ったところか。


 「で、先生は何をして来たんですか?」


 スヴェルカが率直に尋ねる。

 

 「ん? ああ、まあ情報収集みたいなものだ。ついでに銀行口座も作って来た。口座開設だけならすぐだったよ。ありがたい」

 

 私はカップを傾ける手を止め、くるくると回す。


 「え? 先生、身分証もなにもないですよね? 作れたんですか?」

 

 彼はじろりとこちらを見る。目の奥に、あからさまな不信感が灯っている。


 ――ふむ、スヴェルカのくせに生意気だ。


 「これを借りて来た。オルローグくんの身分証だ。この街では顔写真なしで良いらしい。詐称も余裕だよ」

 

 スヴェルカの顔が、漫画のように真っ白になる。


 「え!? それって犯罪……」


 と叫びかけて、慌てて両手で口を押さえた。そして、小声で続ける。


 「というか……この街で銀行口座なんか作って意味が?」


 「――あんまりないな」


 私がぽつりと答えると、スヴェルカは目を泳がせた。


 「なんですか?それ?……悪い予感するんですけど……」


 私が肩をすくめて見せると、彼はもう一度首を振った。尾が小さくまとわりつく。


 「でも、どうしましょう……今回も何も手がないですよ?」


 彼は肩を落とす。言い淀む子供みたいな落胆が、なんかかわいい。


 「社長になれば良い。社長か取締役なら会えるのだろう?」


 私は無邪気に言ってみせた。


 「……え? 社長って、そんなに簡単になれるんですか?」


 「この街の制度を確認したが、ギルド公認の企業になるためには、ある程度の取引実績と資本金、さらには担保金が必要だそうだ」


 「じゃあ無理じゃないですか……。わたし、そんなにお金持ちじゃないですよ? ……なんか、詐欺でもしないと……」


 スヴェルカの口から、思わず“禁句”がこぼれた。良識人の彼にしては、珍しい――というか、初めての本音の濁りだ。


 「詐欺などと簡単には言うが、キミは、私に詐欺師の才能があるように見えるかね?」


 間髪入れず、スヴェルカが答える。


 「見えます」


 しかも、わずかに被せ気味に。


 「……うむ。まぁ……その通りだな」


 私は頷いた。やけにすんなり。


 ――これは、よく言われる。

 なぜだろう? 昔はともかく、今はこんなに真面目に生きているというのに。

 少しだけ、ションボリした。

 ……まあ、自分でもそう思ってる時点で否定できないのだが。


 だが、ここからは私の本領発揮である。合法(スレスレ)の健全な方法で、私は島耕作を超える出世速度を得るのである。

 いや、すでに身分詐称はやっちゃったのだが、今後は違法な方法など一切使わない。


 ――否……なるべく使わない!



――第26景へ……

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