↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第二旅程『Láskavá』
PR
21/86

第21景:『目覚めた少女』


 我々は、再びスルドツェへ戻ってきた。

 塔の上階へと続く石の階段を踏みしめながら、私は胸中にて自らに問いを重ねる。


 ――彼女は、“目覚めた”のだ。ならば、今から私は、彼女と会話をする。そして、見極めねばならない。


 まず第一に、彼女が信用に足るかどうか。


 私は娘を愛している。どのような姿であれ、魂の所在がいずれであれ、それは揺るがない。

 だが――愛することと、信じることは別だ。「今日は宿題なかったよ」と言いながら、ランドセルを不自然に膨らませる娘。「彼氏? そんなの居ないよー」と言いながら、急にデコネイルに目覚め、スマホ通知を裏返して置くようになった娘。

 ――それらを無条件に信じる者は、パパとは言えない。いや、正しく言えば、“良いパパ”とは言えない。

 誕生日の前夜だけ「パパ大好き♡」と囁かれ、感涙に咽ぶ。そして、翌日には財布の紐がユルユル。娘に愛される喜びを噛み締めながらも、心の奥では一抹の不信を抱く。――それが、パパという生き物だ。


 私は少女の父であろうとしている。だからこそ、見極める義務がある。盲信する者は、やがて破滅する。それは愛情ではなく、責任の問題だ。


 ――つまり、これは父としての宿題検査である。


――――――


 私は、“父性と懐疑の天秤”を携えて、扉の前に立つ。


 ――ギィ……。


 オルローグが、扉を開き静かに迎えた。


 「……先生、よくぞお戻りになられました」


 「すまない、遅れてしまったな」


 そして、彼の背後を見遣る。


 「……おかえりなさい」


 ――ベッドの上、彼女は起きていた。

 正確には、上半身をベッドヘッドにもたれさせるようにして、穏やかにこちらを見ていた。

 手には、飲みかけの水の入ったガラスカップ。オルローグが、慎重に口まで運んだのだろう。

 私は一歩だけ室内に入る。


 「……驚いたな。目覚めた上に、もう体を起こしているとは」


 熱は、もう引いているようだ。頬に血色が戻り、唇にも乾きの色はない。視線もまっすぐで、言語認知も問題なし。

 少女はふわっと微笑み、胸の前で手を重ねて、ぺこりと頭を下げた。


 「……うん。あのね、目が覚めて、それからだんだん体がふわってしてきたの。ほんとに……ありがとう……」


 「……それは、良かった」


 私は胸ポケットからノートを取り出し、ペンを走らせる。


 「体温回復、視点定着、筋肉の協調性問題なし……よい兆候だ」


 背後で、スヴェルカが小声で言った。


 「ねぇ先生……すごくおとなしくて、いい子でしょ?」

 

 私は応えなかった。もう思考の深淵に、沈み始めていたからだ。

 ……彼女がこの街の鍵であることは、一旦は前提として扱っていいだろう。――問題は、その仕組みだ。


 彼女は、自覚的に私を呼び寄せたのか?それとも無自覚のまま、ただ街と繋がる“装置”として作用しているのか?

 そして――彼女はどこまで“本当のこと”を語る気でいるのか?

 この無垢な少女が、欺瞞に満ちた意図を持っているとは思いたくない。だが、“この街に嘘をつかされる”可能性はある。そうであれば、私は彼女の言葉だけを信じるわけにはいかない。

 あるいは、もっと単純に口をつむがれ、語らうことも出来ないかもしれない。


 ――だが実は、これらはさほど重要ではない。単なるアプローチの問題に過ぎないからだ。


 少女の言葉が真であれ偽であれ、結局は検証が必要だ。沈黙すら、考察の材料になる。事実と虚構の境界など、あとで線を引けばいい。


 そう――もっと大事なことがある。


 これは私の、いや、この街の在り方そのものと根源的に関わる。最優先かつ最速で把握しなければならないファクター。

 それは、彼女が――ボケなのか、ツッコミなのかだ。


 この二つの素質は、遺伝子にすら刻まれていると言っても過言ではない。会話の呼吸、間合い、反射速度、そして世界観の構築法。すべてが“ノリ”に直結する。

 本来、ボケの才に恵まれた者が、より強力なボケの前に“仕方なくツッコミ役”を引き受ける――。そんな場面は、社会を営む上では日常茶飯事である。

 だが、私はそれを是とはしない。才とは、世界に輝きをもたらすものであり、各々がそのフィールドで、本来の自分のままに機能してこそ、世界もまた調和するのだ。


 ――もし彼女がツッコミならば、私は全てを委ねよう。遠慮なくボケ、甘え、振り切ろう。


 ――もし彼女がボケならば、共にボケよう。そして、スヴェルカを容赦なくイジり倒そう。


 双方が無軌道にボケ続ければ、世界は破綻する。

 ――マックでの女子高生二人の会話劇を、“たまたま盗み聞いた”社会派気取りが「これこそ新時代の思想だ」とSNSに投稿。結果、5分で炎上。

 これが、ツッコミ不在で構成された世界の末路、「マジそれな原理主義」である。

 その重要性に比べれば、彼女が黒幕か否かなど些細な問題にすぎない。


 私は、静かに視線を彼女へ向けた。


 ……さて、私は彼女を見極める。帰路を失った旅人として、そしてなにより、"パパ”としてだ……。


――第22景へ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。