第21景:『目覚めた少女』
我々は、再びスルドツェへ戻ってきた。
塔の上階へと続く石の階段を踏みしめながら、私は胸中にて自らに問いを重ねる。
――彼女は、“目覚めた”のだ。ならば、今から私は、彼女と会話をする。そして、見極めねばならない。
まず第一に、彼女が信用に足るかどうか。
私は娘を愛している。どのような姿であれ、魂の所在がいずれであれ、それは揺るがない。
だが――愛することと、信じることは別だ。「今日は宿題なかったよ」と言いながら、ランドセルを不自然に膨らませる娘。「彼氏? そんなの居ないよー」と言いながら、急にデコネイルに目覚め、スマホ通知を裏返して置くようになった娘。
――それらを無条件に信じる者は、パパとは言えない。いや、正しく言えば、“良いパパ”とは言えない。
誕生日の前夜だけ「パパ大好き♡」と囁かれ、感涙に咽ぶ。そして、翌日には財布の紐がユルユル。娘に愛される喜びを噛み締めながらも、心の奥では一抹の不信を抱く。――それが、パパという生き物だ。
私は少女の父であろうとしている。だからこそ、見極める義務がある。盲信する者は、やがて破滅する。それは愛情ではなく、責任の問題だ。
――つまり、これは父としての宿題検査である。
――――――
私は、“父性と懐疑の天秤”を携えて、扉の前に立つ。
――ギィ……。
オルローグが、扉を開き静かに迎えた。
「……先生、よくぞお戻りになられました」
「すまない、遅れてしまったな」
そして、彼の背後を見遣る。
「……おかえりなさい」
――ベッドの上、彼女は起きていた。
正確には、上半身をベッドヘッドにもたれさせるようにして、穏やかにこちらを見ていた。
手には、飲みかけの水の入ったガラスカップ。オルローグが、慎重に口まで運んだのだろう。
私は一歩だけ室内に入る。
「……驚いたな。目覚めた上に、もう体を起こしているとは」
熱は、もう引いているようだ。頬に血色が戻り、唇にも乾きの色はない。視線もまっすぐで、言語認知も問題なし。
少女はふわっと微笑み、胸の前で手を重ねて、ぺこりと頭を下げた。
「……うん。あのね、目が覚めて、それからだんだん体がふわってしてきたの。ほんとに……ありがとう……」
「……それは、良かった」
私は胸ポケットからノートを取り出し、ペンを走らせる。
「体温回復、視点定着、筋肉の協調性問題なし……よい兆候だ」
背後で、スヴェルカが小声で言った。
「ねぇ先生……すごくおとなしくて、いい子でしょ?」
私は応えなかった。もう思考の深淵に、沈み始めていたからだ。
……彼女がこの街の鍵であることは、一旦は前提として扱っていいだろう。――問題は、その仕組みだ。
彼女は、自覚的に私を呼び寄せたのか?それとも無自覚のまま、ただ街と繋がる“装置”として作用しているのか?
そして――彼女はどこまで“本当のこと”を語る気でいるのか?
この無垢な少女が、欺瞞に満ちた意図を持っているとは思いたくない。だが、“この街に嘘をつかされる”可能性はある。そうであれば、私は彼女の言葉だけを信じるわけにはいかない。
あるいは、もっと単純に口をつむがれ、語らうことも出来ないかもしれない。
――だが実は、これらはさほど重要ではない。単なるアプローチの問題に過ぎないからだ。
少女の言葉が真であれ偽であれ、結局は検証が必要だ。沈黙すら、考察の材料になる。事実と虚構の境界など、あとで線を引けばいい。
そう――もっと大事なことがある。
これは私の、いや、この街の在り方そのものと根源的に関わる。最優先かつ最速で把握しなければならないファクター。
それは、彼女が――ボケなのか、ツッコミなのかだ。
この二つの素質は、遺伝子にすら刻まれていると言っても過言ではない。会話の呼吸、間合い、反射速度、そして世界観の構築法。すべてが“ノリ”に直結する。
本来、ボケの才に恵まれた者が、より強力なボケの前に“仕方なくツッコミ役”を引き受ける――。そんな場面は、社会を営む上では日常茶飯事である。
だが、私はそれを是とはしない。才とは、世界に輝きをもたらすものであり、各々がそのフィールドで、本来の自分のままに機能してこそ、世界もまた調和するのだ。
――もし彼女がツッコミならば、私は全てを委ねよう。遠慮なくボケ、甘え、振り切ろう。
――もし彼女がボケならば、共にボケよう。そして、スヴェルカを容赦なくイジり倒そう。
双方が無軌道にボケ続ければ、世界は破綻する。
――マックでの女子高生二人の会話劇を、“たまたま盗み聞いた”社会派気取りが「これこそ新時代の思想だ」とSNSに投稿。結果、5分で炎上。
これが、ツッコミ不在で構成された世界の末路、「マジそれな原理主義」である。
その重要性に比べれば、彼女が黒幕か否かなど些細な問題にすぎない。
私は、静かに視線を彼女へ向けた。
……さて、私は彼女を見極める。帰路を失った旅人として、そしてなにより、"パパ”としてだ……。
――第22景へ……




