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【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第二旅程『Láskavá』
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第18景:『動き出す街と、娘の目覚め』


 私が持つポータル。――正式名称を、《定域相互参照型空間跳躍装置》。

 三次元空間というのは、連続的に繋がった座標ではない。パッチワークのような局所的な局所ゲージ位相の集合体だ。ポータルは異なる位相の波長と振幅を完全同期し、あたかも"同じ座標"であるかのように宇宙に錯覚させることで、空間の跳躍接続を可能としている。

 つまり、位相の固有常数を定義できない場所。"何処でも無い場所"では物質転送機能は使えない。

 だが、通信機能は生きている。同期はできずとも、同一宇宙に別のポータルがあれば位相の相互参照が可能だからだ。

 これは我々の宇宙において、理論上唯一可能な"光速度を超えた情報伝達"だ。


 ――だが、別に日常使いには携帯電話で充分である。

 いや、むしろ着歴や留守録のぶん携帯の方が便利なのだが、とりあえず通信できればよしとする。


 画面を軽く指で弾くと、緑色の光が走る。


 ――ふむ、来た。

 緑の円が静かに震え——通信先のポータルが応答したことを示す。


 ≪……先生≫


 繋がった。

 オルローグの声は、相変わらずくぐもっていた。だがその響きには、ほんのわずかに、色が差していた。


 「ちょうど、そちらに戻ろうとしていたところだ。そちらの様子は?」


 私は座席に身を沈め、スヴェルカの浮かんだ頭をチラと見やる。彼は自分の尾をふにふに握りしめていた。さっきの図書館でのトラウマがまだ生々しいらしい。

 ……ふにふにする姿も、なんか愛玩動物感が溢れている。

 ――あざとい。


 通信の向こうで、オルローグが息をひとつ吐き――


 ≪……彼女が、目を覚ましました≫


 私は、思わず口元に手を添える。


 「――そうか」


 静かに答えたつもりだったが、自分でも僅かに声が弾んだのがわかった。

 スヴェルカの頭が、ふわっと跳ねた。


 「えっ!? ほんと!? ほんとにですかっ!?」


 ≪はい。まだ起き上がることはできませんが……。目を開き、こちらの言葉には反応を示しました≫


 その声は、変わらず低く、慎重だった。だが、そこに滲んだ“喜び”の気配を、私は見逃さなかった。


 「オルローグくん、よくやってくれた」


 私がそう言うと、彼はすぐに否定した。


 ≪私ではありません。先生が合成してくれた薬のおかげです。……ありがとうございます。心から≫


 私は、少しだけ言葉に詰まる。この男が、自分の感情をこうも素直に言葉にするとは。

 ……彼の場合は、もう少しだけスヴェルカを見習っても良いのだが。

 いや、ダメか。イジられキャラは二人は不要だ。


 「ええええ!ほんとに……!生きてて……ほんとによかった……!」


 スヴェルカが、座席の端で両手(浮遊する手のようなパーツ)をぎゅっと胸元に寄せ、しゅんしゅんと鼻をすすっている。

 私はそっと視線を向ける。そろそろ泣くだろうな、と思う。


 ――やはり、すぐ泣いた。


 彼は、どうも感情に振り回されすぎである。……だが、今回はしかたあるまい。


 「さきほどトラムに乗ったところだ。あと1時間ほどあれば着くだろう」


 私は通信を切り、窓の外を見た。

 街が、動いている――否、正確には。“止まっていたものが、少しずつ回り始めた”と表現すべきだろう。

 店の軒先には、初老の男性がイスを出して座っていた。金物屋の看板には新しい値札がぶら下がり、昼まで静まり返っていた通りには、人の話し声と荷車の軋む音が重なっていた。


 「おお……ほんとに……」


 スヴェルカが、目をまんまるにして見渡している。その頭がくるくる回りながら、あっちを見、こっちを見、無言で震えていた。

 私は、トラムの軌道先――道を横断する作業服姿の労働者たちに目をやった。

 建設途中だった建物に、足場が組まれ、鉄材が持ち込まれている。

 あの少女の容態と、街の動き。時計塔の件と言い、偶然とするにはタイミングが良すぎる。

 やはり、何らかのリンクがあると考えるのが自然だ。


 ……“自然”という定義が、「理論的にあり得る」を指すのなら、むしろ真逆だが。物理法則から逸脱しようが、因果が逆転していようが、現象がそれを示しているならば理論のほうを書き換えるべきだ。

 まず現象が先にあり、そして理論は常にその後追いだ。


 「先生……」

 

 スヴェルカが、何か言いたげにこちらを向いた。


 「すごいですね、あの子……。……先生の力で……」


 「ちがうな」


 私は即座に否定した。


 「この世界でも、医学が通じたと言うだけのことだ。そしておそらく、この世界と“通じた”のは彼女の方だ。あの子は、街と繋がっている」


 ……この街のカギは、やはり彼女だ。7割方は、そう考えて良いだろう。

 そして科学者は、7割も勝算があるなら、それを前提として動いてよい。途中で間違いに気づけば引き返すまでのことだ。


 「……え……それって、どういう意味なんです?」


 私は一瞬だけ黙り、視線を高く遠くへ送る。


 「それを、今から探るんだ。……我々は、答えを得るために時計塔へ。少女の元へ戻る」


 「……むずかしいことはよくわかりませんけど、

 でも……うれしいです。街が、動いてる……」


 遠くに、見慣れた時計塔が姿を現した。その針は、確かに進んでいる。

 ほんの少しだけ――だが確かに、世界は動き始めていた。


――第19景へ……

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