↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第二旅程『Láskavá』
PR
13/86

第13景:『街の構造と、パパの夜』


 日はすっかり落ちていた。それでも、空の雲は散らない。ガス灯に似た街の光が、石畳をやさしく照らしている。


 詰所の窓辺に立ち、私は深く息を吐いた。歯車の音はするが、どこか不規則だ。

 高台にあるせいか、街の灯りがぼんやりと見渡せる。それはどこか、絵本の表紙のようで――あまりにも整っていて、少し気味が悪い。


 机の上では、薬瓶がぬるく輝いていた。先程の抗菌薬の残分。とりあえずは明日の投与分だ。この、ほんの数滴が命綱とは、医学とは優しく、そして残酷である。


 スヴェルカとオルローグから聞き出した話を整理する。いや――“彼らの話せる範囲”は、驚くほど狭かった。

 この世界に宗教は存在しないという。教義も聖典もなく、礼拝施設もない。それどころか、街の誕生以前の歴史もない。

 街の始まりが、この世界の始まりだったのだと、彼らは当たり前のように語った。


 「先生、続きを話しても……?」


 スヴェルカとオルローグは横並びで座っている。ギュウギュウで、実に狭そうだ。


 「そういえば、君らのその配置……。なぜ、そんなに詰めているのだね?」


 「なっ!? 先生が先程、この座り方が正式だと……」


 そういえば私が言ったのだった。真っ当な抗議だ。理不尽である。

 しかし、どんな理不尽であれ、納得した時点でお前たちが悪い。そして、過去の発言に責任を持つのは、過去の私であって、今の私は無関係である。


 「ふむ。“そういうスタイル”はさっき終わったのだ。モノボケは天丼に向かない。二度目はクドい」


 ――もちろん、さっきの尋問スタイルにも意味はない。


 だが、“意味のないことを、意味ありげに見せる技術”は、学術会においては非常に有効なのだ。最も必要なスキルと言って過言ではない。

 そして私は、意味ありげな顔をするのが異様に得意である。


 「……せ、先生の世界の作法は理不尽ですね。でも、よかった……また目が焼かれるかと思いました……」


 私は椅子を引き、机に向かい直す。


 「さて、君たちの話だが。要するに、この街には宗教もなければ、歴史もない。では、君たちはどこから来た?住人は?」


 「“来た”というか……現れたといいますか……」


 「現れた?」


 「はい。必要な施設ができて、そこに必要な役割が生まれると、自然にその“役割の形をした誰か”もできます」


 「それを不自然とは、誰も思わないのか?」


 「ええ。……みんながそうなので。なにもおかしいとは思っていませんでした。先生の世界では違うのですね?」


 私は口元に手をやる。そして、少し唸った。


 ――なるほど。教育アニメ的構造だ。


 この世界は、まるで子供の想像力と常識の中間点で設計されているかのようだ。法則も背景も、“そういうもの”として処理される。

 ……いや、我々の世界でも似たような物か。

 世界や自分が産まれた意味を、本気で疑問視する者は少ない。哲学的思索の対象とはしても、結局は"そういうもの"として受け入れる。


 ――だが厄介だ。


 この街は、教育コンテンツにしては奥が深い。製作者は時々、「どうせ子供はわからんだろう」と思って全力で悪ノリする。なぜか背景に核融合炉が描かれていたり、妙に具体的な社会背景を匂わせたりするタイプだ。


 ――ちなみに「がんこちゃん」は、人類滅亡後に繁栄した、遺伝子操作により生み出された知的生命である。


 「では、街の構造を教えてくれ。名前、区画、施設、管理者。なんでもいい」


 「はいっ」


 スヴェルカの頭がぴょんと浮かび、勢いよく解説を始めた。


 「まず! この時計塔の名前はスルドツェ。そしてこの辺りが、街の中央区画『トルハ』。一番賑やかなところです。劇場とか、トラムのターミナル……競技場も」


 「他には?」


 「北側に『ブジホ区』。市場とか銀行とかがあって、お金や商品が動いてる場所です」


 「で、南が――」


 「『フラヴァ区』! ここは議会と図書館があります。お堅い話はだいたいここ」

 

 「ふむ。では西は?」

 

 「『パーテシュ区』。街の外縁に沿うように広がっています。工場とか倉庫とか……主にこの街を作るための材料や道具を用意するところです」


 「ふむふむ……。東は?」


 「まだ建設中です。4つの区画を、街からどんどん伸ばして行ってます」


 「……トラムは?街の外に出る分岐はあるか?」


 「トラムの線路は各区画をぐるっと回って、全部この区画のターミナルで合流します」


 「他にターミナル駅はないのか?」


 「……この区画にある1番大きな駅のことしか、ターミナル駅とは呼ばないです」


 ……全ての路線が環状線か。つまり、街の外に向かって伸びる線路はない。

 まあ、元より期待しては居なかったが……。


 「それからですね!街には、なんとなく“上の人っぽい”五人が居て、方針とかをふんわり決めてます」


 「なんとなく……とは?」


 ここでオルローグが、懐中時計の針を静かに揺らしながら口を開いた。


 「“管理者”ではなく、“調律者”に近いと私は考えています。正式な役職名はありませんが、確かに中心的な役割を担っている者が5名」

 

 スヴェルカが指を……いや、指っぽい動きで尾をピコピコさせながら挙げていく。


 「1人目、パムェトナさん。図書館の司書で、物静か〜でこわ〜い」


 「2人目、エモシュカ・ヴラーナ ! 劇場のオーナーで、たまに勝手に舞台やってます」


 「3人目、インスティナ。商業ギルドの代表」


 「4人目、ルースカ。工業ギルドの長で、怒るとすぐ火花が出ます!」


 「5人目は……えーと、トラムの駅長、ラスカヴァさん。この人は優しいです」


 「調律者……か。君主や首相は居ないと」


 なんというか、自治会の強化版みたいな制度だ。中でも図書館司書は情報管理の中核を担っているらしい。

 一度会って、情報を得たい……。


 私は椅子から立ち上がった。


 「明日は、街に出て調査を進めよう。まずはフラヴァ区の図書館に向かおうと思う」


 オルローグは、ベッドを見つめていた。表情はないが、懐中時計の眼には優しい光が宿っている。


 ……ような気がする。


 「……あの子はどうしますか?」


 「本来なら、医療設備の整った施設に移したいのだがな。ブジホ区には病院があると言っていたな。点滴が出来れば理想的だが……」


 「……ありません。病院といっても、薬の処方。それと簡単な手術」


 「だろうな。搬送は、まだ体力的にはやめた方が良い……。しばらくは、ここで安静を保とう」


 長い話に付き合わせてしまったな、と言おうとしたが、スヴェルカが寝ていた。

 浮いている頭だけがゆっくり上下していた。夢の中でも反復横跳びでもしているのか。


 ――少女の様子を見に行くと、呼吸は落ち着いていた。意識は浅いが、喉もわずかに動いている。……ならば経口投与が可能だ。

 私はカップに用意しておいた簡易ORS(経口補水液)をひと匙すくった。

 塩と糖、体液と近似した電解質濃度。口の端にそっと触れさせると、唇がかすかに動いた。

 彼女の喉が、ゴクンと動く。


 「……オルローグくん。嚥下反射は残っている。喉の動きをよく観察し、タイミングを見てこの液を与えてくれ。気道に流れぬよう、頭部はわずかに側臥。ゆっくり、慎重に頼む」


 これで最低限の水分と塩分は入った。薬の吸収にも、多少の助けになるだろう。

 それでも、目覚めるにはもう少しかかる。明日以降の投与に備え、抗菌薬はもう一度精製しておこう。


 「さて……」


 私は軽く背を伸ばす。

 追加合成に取りかかる前に、もう一度手を拭く。ウォッカでの簡易消毒だ。


 「さて、オルローグくん、キミは眠っても構わないが」


 彼がこちらを振り向く。


 「私は、起きております。というより、私は睡眠を必要としないのです。……この子のそばに居ます」


 「頼もしいな。では、抗菌薬の追加合成が終わったあと、私は仮眠を取らせて貰おう。……パパ(代理)として、夜を守ってくれ」

 

 私は言い残し、ランプの芯を整え、再び火を灯した。

 一度成功した合成ではあるが、調温装置も攪拌機もない。精製は慎重に進めねばならない。


 ――夜は深い。

 だが、パパに夜勤手当は出ない。24時間営業である。娘の為なら五徹くらいは余裕だが、睡眠が取れるなら取っておく。

 睡眠不足では、思考力も判断力も、ギャグのキレも落ちてしまうからな。


 ――スヴェルカたちから聞いた話によると、病床の少女に名前はない。誰かが産んだわけでも、迎え入れたわけでもない。いつから居るのかも、彼らは知らないと答えた。

 ただ気づけば、誰もが彼女を“育てていた”。誰かひとりの子ではなく、みんなの子どもとして。

 彼女が何者かも、どこから来たかも、誰も知らない。はじめから"そうだった"。

 

 彼女の看病はオルローグに任せよう。私はせめて、パパと科学者としての誇りと使命感を抱いて寝るのだ。



——第14景へ……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。