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【PV公開中】『トラムの夢の街』  作者: 矢崎 那央
第二旅程『Láskavá』
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第12景:『空に届く場所、空が見せないもの』


 「……で、要するに」

 

 私は椅子にもたれ、両手を組んだ。


 「君たちは、私が帰る方法どころか、私が何処から来たかすら知らないと?」


 「はい……先生がこの街の人ではないというのも、 今しがた初めて……」


 そう答えるスヴェルカと、その隣のオルローグが、窮屈そうに横並びに座っている。

 机の真上には、先ほど拝借した卓上ランプ(照度最大)。二人の顔面……というか浮かぶ頭と骸骨に、強すぎる光が直撃していた。


 「……あの、先生。もう少しゆとりを持って座ることは……できませんか?」


 スヴェルカが眩しそうに目を細めている。


 「ダメだ」


 私はぴしゃりと即答した。


 「確かに、この部屋は狭いですが……。別に、小さなテーブルに3人集まる必要はないのでは?先生を挟んで、左右に座るとか……」


 ド正論を返されても、私は引かない。


 「これは“パパとしての様式美”だ。情報収集は尋問スタイル。被疑者二人、正面ライト、机を挟んで正義の父親。基本中の基本である」


 「でも、オルローグさんの角が刺さりそうなんです……」


 「我慢しろ。尋問シーンというものは、常に“圧迫感”が画面を作るのだ。それが正義」


 隣の、オルローグ――そう名乗った時計守はというと、懐中時計の眼球を静かに“カチ……カチ……”と動かしているだけで、特に不満はなさそうだった。

 この男、適応力が高い。


 「よし、では改めて訊こう」


 私は椅子に座り直し、スヴェルカに身を乗り出す。


 「君たちはこの街の外を知らない、というのは本当か?」


 「あの。先程からおっしゃってる、街の外……と申しますと……どちらのことでしょうか?」


 「どちらの、とは?」


 「道を出て、もう少し先、ということでしょうか? それとも、この区画の外という意味で?」


 私は額を押さえた。


 「つまり、君たちは“この街の外”を知らない。それで物資にも困窮せず、インフラの問題もなく、生活できている」


 スヴェルカはこくこくと頷いた。

 その動きだけで空気が和んでしまうのが、なんとも腹立たしい。


 「……その、先生……。このライト、目が乾くのですが。」


 「それが誠意というものだ」

 

 私は自信満々にうなずいた。


 「私も目が乾いている。よって、対等。人道的配慮であり、情報の公平性を担保するものである」



 「さすがです……先生の世界の常識……独特すぎます……」


 そして、オルローグが腕を組んだまま、深く唸る。


 「我々は、街の中で生き、街の中で眠り、街の中で死ぬ存在です。それ以外の場所については、知らぬのです」


 「なるほど。宗教的戒律か? 外界禁忌か?」


 「いえ。特に禁じられてるという訳では……」


 「ならば、"服を買いに行くための服がない"とか、もしくは、"やり始めたらやる気が出るとか言われても、そもそもやり始めるやる気が無いんだわ"的なやつか?」


 「先生、それは先生の世界の話では……」


 「ふむ。だが、万人共通のジレンマだ」

 

 しかし、となると彼らは“知らない”というより、考えたこともない。

 あまりにナチュラルな閉鎖性。それでいて、違和感も疑問も感じていない。

 この街の住人は、「街の中に全てがある」と思い込んでいる。というより、そもそもそれ以外を想定して生きていない。


 「……けっこうな話だな」


 私は立ち上がる。

 

 「では諸君、情報提供感謝する。カルバサを食っても良いぞ。私はこれから高いところに登ってくる」

 

 スヴェルカが跳ねた。

 

 「えっ、先生? 時計塔の上、ですか?」


 「当然だ。この街の地理的構造を俯瞰して分析するには、それが最適だ」


 「……あ、あの。あそこ、階段はないのですが……」


 「問題ない。私は科学者として、多くの異形の娘をこの手で生み出した。つまり、パパ。パパは高いところが好きなのだ。」


 「関係あります?」


 「パパというものはな、高いところで遠くを見て、それっぽいことを言いがちなのだ。特に夕陽に向かって。参考文献は“ライオン・キング”と“アルマゲドン”である。」


 「あの、その二つは存じ上げません……」


 「どちらも父が命をかけて我が子を救っている。わかるか? “高所での父”には物語が宿るのだ。」


 スヴェルカは理解したようなしていないような顔で後ろに下がった。

 私は窓枠を蹴って、文字盤の縁から屋根へと跳び移った。金属の接合部をつかみ、塔屋の尖塔を一段ずつ登っていく。


 ――久々に、血が巡っている気がする。


 頂上に立つ。風はなく、街は夕暮れ。夕陽を背に、尖塔の先に立つ私の姿は、実にパパであった。神々しさすらある。たぶん。

 これはまるで、ピングーが氷壁の上で壮大なBGMと共に立っているときの威厳。

 ……いや、それはさすがに言いすぎか。あれには勝てまい。


 そして、ここは高台。かなりの範囲が見渡せる。私は膝をつき、ゆっくりと視界を掃いた。

 街自体は、狭いとは言えない。ここからでも、全貌が見渡せる訳ではなさそうだ。

 赤煉瓦と石造りの建物群。アール・ヌーヴォー風の屋根飾りと、街灯のついた路地。形としては完璧な町並み。

 住居の他には、通りの市場に商店が並んでいる。建具屋。仕立て屋。カフェやレストラン。

 役所らしき建物も見える。郵便取扱所もあるようだ。一般的市街にありそうな商店や施設は概ねある。

 ……だがここには、あるべきものがない。


 ――教会だ。


 礼拝堂、寺院あるいはモニュメント。さらに言えば、墓地も見当たらない。一切の宗教的構造物が、この街には存在していない。

 偶像が禁止されているのか、それとも隠されているのか?

 文明が、この空間でゼロから発展したのなら、"宗教が無い"というのは、少々異質だ。


 ……重ねて言うと、宿泊施設もない。

 旅人の気配を受け入れる構造が、この街には設計されていない。いや、もっと正確に言えば。最初から「外から来る者」という概念自体が、この街の中に設計されていないのかもしれない。


 私は立ち上がる。そして、最後に目を向けた。

 街の外縁。最も遠く、空が溶けているあたり。私は更なる違和感に、やや遅れて気づいた。


 ――海が、ないのだ。


 あれほどはっきり聞こえていた波音が、どこから鳴っているのか、まったくわからない。

 水平線も、岬も、海鳥もいない。潮騒はあるのに、海の香りもしない。まるで空の上から、波音だけが降ってきているようだ。

 

 私は、静かに呟いた。


 「やはり、これは“閉じられた世界”だ。地理、歴史、概念。あらゆる意味で」


 そう結論するに、充分な材料が揃っている。


 ……ふむ、ますます厄介である。



——第13景へ……

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