第10景:『分析者、街を読む』
私は椅子を引き、詰所の窓辺に腰を下ろした。
遠く、街の上空を雲がゆっくり流れている。光は相変わらず輪郭を持たないが、角度からして間もなく日暮れだろう。
抗生物質を投与してから、およそ二時間が経過。
少女はまだ眠っていた。だが、熱は微かに下がり始めている。呼吸は浅いながらも、リズムが整ってきていた。
どうやら、回復の兆しはある。だが、このまま放置するわけにはいかない。
抗生物質は継続投与が原則だ。適切な濃度を一定時間保たなければ、耐性株の温床になる可能性すらある。
薬のストックは少なく、再合成には時間がかかる。少なくとも、彼女の意識が戻り、病状が安定するまでは、ここに留まるべきだろう。
……とはいえ、この街に永住するつもりはない。私は私の世界に帰還する。方法があるかはさておき、その意思は明確に持っておくべきだ。
――そして。
……ここまで、状況に翻弄されるままだった。
何処とも知れぬ場所で目覚め、数多の非常識を目前にし、思索を巡らせる事すら我が儘にはならなかった。
だが――そろそろ、私の本領の時間である。
私は背筋を伸ばし、思考にギアを入れた。情報整理と考察だ。
まず、この街の構造。ポータル接続不可。同一三次元座標に存在するなら、空間的に遮断された場所でもラボの座標自体は捕捉できるはずだ。
それも出来ないということは、この"宇宙そのものが"我々の宇宙と異なる。
つまり、我々の第一基底世界ではない。
――では、第二か?
トラムがある。電力がある。都市インフラの設計思想は、むしろ第二基底世界に近い
だが、スヴェルカをはじめとする“住人たち”。
生物学的な整合性よりも、概念的・象徴的構造を優先した存在設計。これは、我々の世界における魔導技術・擬似生命工学の系譜に近い。
そして何より――魔導式のポータル自体は"起動した"。ここには、第二ではあり得ない魔力が存在する。
したがって、私はこう仮定する。
ここは、第三基底以降に属する未知の空間。第一と第二の要素が混在した、独自の存在原理で構築された閉塞宇宙。
次に、この世界の法則やルールについて――。
私は、まるであの少女を救うために呼ばれたかのようだった。つまり、私はこの街のルールに“組み込まれて”いる可能性がある。
そして、時計塔が妙に重要視されている。実際、住人たちは「時計塔が動いていないから働けない」と言っていた。時間の問題ではなく、稼働条件そのものが止まっていた。
この街は、時計塔が動くことで、ようやく街として機能する仕組みなのだ。
なるほど、これは興味深い。
――だが、ここまでは序の口。そう、ここからが本領である。
……普通の物語なら、さっきのが“感動のクライマックス”だ。
瀕死の少女に苦労して作った薬を飲ませる。呼吸が落ち着き、表情が和らぐ。その瞬間に時計塔が動き出し、鐘の音。世界が再び動き出し、感動のモノローグ。
――ありがちである。
いや、分かる。分かるぞ。演出としては、悪くない。
“CLANNAD 〜AFTER STORY〜”の告白シーンを彷彿とさせるタイミング演出。あれは名シーンだった。正直泣いた。
だが、"薬を飲ませたら、即効で症状緩和"
これは感動演出のド定番だが、現実とは程遠い。
抗生物質は、魔法ではない。飲ませて即効く、などという現象はありえない。
腸管から吸収され、血中に分布し、心内膜に達して病原体を阻害し、それにより代謝系の炎症が抑制され、結果的に熱が下がる。早くても20時間以上のラグが必要だ。
だというのに、たった数滴飲ませただけで症状が安定?
その直後に、鐘の音? 偶然にも街のシステムが再起動? 誰だ脚本書いたのは。
ここまでの演出は、認めよう。悪くなかった。
だが――エモパートの第一幕は、これで終了だ。
ここからは、私のターンである。分析と検証と、ツッコミの時間である。
さあ、やらせてもらおう。
――科学者として、そして父として。
この不確かな世界に、確かな論理を通してやるとしよう。
――第二旅程『Láskavá』へ……




