第一話 王女ルイーゼと聖九華戦姫②
石畳の冷たい床は這いつくばっているだけで、身体に負担が掛かる。
時間を掛けてようやく座る態勢にする事が出来た。
ストナは居ない。10メートル四方の少し広めの牢獄に僕とオーウィズだけが閉じ込められている。
「ストナは?」
僕は恐る恐るオーウィズに聞いた。
オーウィズは首を横に振る。
「分からん、私も目覚めた時はここだった。」
「ここは?」
「さあ、ロトアル城の牢獄なら話が早いが、他の場所だとちと厄介だな。」
「他の場所?」
「奴隷商人の牢獄とかな。」
「ど、奴隷!」
僕は上を見あげたが、全てが石造りで簡単には抜け出せそうに無い造りになっている。
「先程から大声をだしているが、反応が無い。何か空間的な魔法が掛かっている様だ。私も少し疲れた少し寝るから何かあったら起こしてくれ。」
そう言うと、オーウィズは壁にもたれて寝てしまった。
顔にあざがあるが、よく見ると全身に暴行を受けた痕が見える。何か拷問されたのだろうか。
僕の喉の傷は?喉元を触っても傷はない。あれは何だったんだろうか?
それともストナの聖回復か何か?
でも、何か痛みは残っている。ストナの聖回復なら完治するだろうに。
考えてみると、首筋に剣で突かれて後ろに倒れるだろうか?そのまま突き刺されるだろう。相手は大陸最高峰の騎士であるなら尚更だ。
何かのスキルだろうか?
この戦い分が悪い。
今僕達にはライガがいない。
大陸最強とまでうたわれる聖騎士マトゥキ。出来れば戦いたくない。穏便に事を済ましたいが、どうなるのだろう。ストナは無事だろうか?
静かで冷たい牢獄で上の方でカギを開くような音がした。さっきまで寝ていた?オーウィズがムクッと起き上がった。
「さあ、迎えに来るのは天使か?悪魔か?」
「怖い事言うなよ。」
「人生運も実力のうちだ。ここで死ぬならそれが運命だ。さあ、来い。」
………………。死ねるならね。そのまま一生奴隷生活だって可能性ありなんだろ。相変わらず、竹を割った様な性格だ。ま、だから、オーウィズについていこうと思うのだろう。ここはオーウィズの運に賭けるしかないな。
牢屋の前に現れたのはあのマトゥキだった。
「ついて来い。」そう言うと兵士が牢のカギ開けた。そして僕とオーウィズの手と脚の鎖を解いてくれた。
逃げるなら絶好のチャンスだけど、マトゥキ相手に逃げられるとは思えない。それはさすがのオーウィズでも分かっているだろう。僕達は何も語らずマトゥキについていくしかなかった。
ただ、オーウィズの運はそれなりにある様だ。ここは王宮の様だ。
このまま素直に王に会えるのか?オーウィズの運はどこまで行くのか?
この状況を本人はどこまで見据えているか?
オーウィズとはつくづく謎の人物だ。
僕達は王の謁見の間に通された。ストナも途中で合流する事が出来た。彼女も大きな傷はないもののそれなり殴られたあざはある。僕がストナに近づいて「大丈夫?」と聞くと軽く頷くだけだった。体力的にはしんどそうだ。寝てない様に見える。彼女を支えたいがあまり大げさな事は出来ず、彼女の横に寄り添った。
ここは謁見の間ではある。ただ、今からが王との謁見なのか?裁判なのかは分からない。僕はひたすら王が来るのを待った。
王座の後ろの方から人影現れると、謁見の間にいた全ての人物が敬礼をした。
オーウィズが膝をかがめた為、僕もストナも同じ格好をする。
「オーウィズ死刑囚並びに同七本槍の道化衆よ。面を上げなさい。」
死刑囚!その言葉にかなり抵抗を覚えたが僕はそのまま顔を王に向けた。
60歳から70歳くらいの年老いた王が王座に座っていた。その横に王妃と思われる女性が座る。
老いても生気は満ち溢れている様な人だ。こちらを見つめる眼は罪人対する視線では無さそうなので安心した。今、目の前にいる聖京都の王子がどんな人物か見定めている様だった。
「オーウィズと名乗るものよ。そなたは不法入国、兵士への暴行、反逆罪、並びに身分詐称の罪に問われている。先に何か申すことはあるか?」
オーウィズは堅苦しい口上を述べ王へ姉と面会を願った。しかし、スルーニル王の回答は冷ややかだった。
「そなたがオーウィズであるなら、なぜここにいる?聖京都では帰国令が出ている事は知っていよう。」
「私は叔父のキンデルダルが祖父と父を殺した考えている。その為、私に力を貸して頂きたいのです。」
オーウィズの回答の後、暫く沈黙が続いた。そして、スルーニル王がゆっくりと口を開いた。
「断る。」
予想通りの回答だった。
「オーウィズと名乗る者よ。我々は聖京都国王と同盟を結んでいる。そなたは何者か?答えてみよ。単なる聖京都への反逆者なら、この場でそなたを切り捨ててくれるぞ。」
そう言うとスルーニル王は手を叩いた。その音に合わせて、二人の人がオーウィズ前まで近づいてきた。片方の兵士の手には水があり、もう片方の兵士の手には鎖があった。
「反逆者よ。えらべ。右は猛毒の水。左なら永遠の牢獄だ。好きにしろ。」
スルーニル王はこの状況を楽しんでいる様だった。
「早くしろ。予も暇ではない。気にするな猛毒も直ぐには死なん。1分間苦しみを味わったのなら、そこのマトゥキに首をはねてさせてやる。苦しみは少しの間だけだ。どうする?」
オーウィズ、鎖を選べ。僕は心の底でそう伝えたかった。でもここで声を出す事はできず、オーウィズの動向を伺うしかなかった。彼もバカではない。ここでの死は何も生まない。今は耐えるしかない。
「王よ。ひとつ申し上げたい事があります。叔父は彼の妻にそそのかされて今回の事件を起こしました。この妻こそ、魔王バンパイアロードの直下のバンパイアと言われた3魔女リリラです。今叔父を操っているのはリリラなのです。このリリラと手を組むなら、このスルーニルにも悪影響があります。だから、私たちはリリラと戦う為に準備をしています。この戦いで負ければいずれ死にます。今、私は死を恐れていません。この場で死んでも本望です。ですが、この死によってリリラを倒せないのであれば、私はどこまでも争います。王は私の姉と親交が厚いと聞きいています。どうか姉に聞いてください。私の言っている事が正しいと証明される事と思います。」
そこまで言って、オーウィズは右の兵士が持っている水を奪う様に手に取った。
「オーウィズ、やめろ!」僕はこの場がどこかなんて関係なく、大声を上げた。
僕が立ち上がった瞬間に後ろから何者かに床に押し付けらえた。
「オー……」それ以上声が出なかった。
オーウィズは手にグラスを持って更に声を上げる。
「この命を王よ。あなたに捧げます。どうか姉の力になってください。」
そう言うと、オーウィズは目の前の水を飲み干した。
「……(オーウィズやめろ。)」声が出せずとも僕は叫んだ。
数十秒ののち、オーウィズはなだれ込む様に沈んで行った。
あなたはここで倒れていい人じゃない。オーウィズ、生きてくれ……。
思いっきり上に乗っている兵士を投げ飛ばそうともがいたが、逆に首を絞められ、意識を失った。
……オーウィズ……。
気がつくとベットの上にいた。ゆっくりと起き上がる。
「ここは?どこだ?」
周りを見ると広めの寝室と言った感じの部屋だった。備え付けの家具の質が良い。王宮?オーウィズは?ストナは?
オーウィズの倒れ込む姿が再び脳裏に現れる。あれは夢か真実か?
記憶が曖昧だ。
ベットの上でさっきまでの事を整理していると、ノック音が部屋中に響いた。
誰?
「あ、ナギト、目が覚めた?」
懐かしい声に張り詰めた緊張感が解かれた様だった。
「ストナ無事だったのか?」
ストナは僕の顔を見るなり、大きくため息をした。
「何が無事よ。スルーニル王の前であんなに大暴れしたら、首が飛んでもおかしくないのよ。やめて、非常識な行動は。」
「お、オーウィズは?大丈夫か?」
「大丈夫、あれでも天性の運の持ち主だから、あいつは。あいつの茶番に付き合い過ぎると、あなたが破滅するわよ。これ、食べて!軽食。すぐにオーウィズを呼んで来るから。」
ストナはそう言い終えると軽食が乗ったお盆をテーブルの上に置いて出ていった。
ストナが出ていってから暫くして、胸を撫で下ろした。
良かった。オーウィズは無事だった。とにかく良かった。僕はゆっくりとベットから起き上がった。
テーブルにはサンドイッチと飲み物が置かれていた。更に近くのラックには僕の装備一式が置いてあった。
返してくれたと言う事かな?
僕は着替えようとした時、再び、ノック音がした。
扉の方を見るとオーウィズが立っていた。
「良かった、無事で。」
「なんとか駆引き勝った。これで次のステージに進める。」
「次のステージ?」
僕が質問するとオーウィズはさっきストナが持ってきた軽食を指してまずは食べろと合図をした。確かにこの国に来てまともに食事をしてなかった。どれだけの時間が経ったのだろう。
「ナギト、食べながら聞いてくれ、ひとつ約束して欲しい。」
「何を?」
「この戦いが終わるまで私を信頼して欲しい。そして前にも言ったが私に力を貸して欲しい。お前の力が必要なんだ。」
そう言うと、オーウィズは僕に手を差し伸べてきた。僕は躊躇なくその手を握った。
「今更こっちだって進むしかないんだ。あの女を倒すまで付き合うよ。」
「ありがとう。」
オーウィズの顔が少し子供じみて見えた。考えて見ると自分よりひとつ歳下。それが国の運命を背負っているところを見せられると尊敬以外に言葉がない。
「ありがとう。」オーウィズはもう一度小さな声でつぶやく様に言った。
「ナギトには私の力の秘密を打ち上げよう。」
そう言うと、オーウィズは片手を広げて手の甲をこちらに向けてきた。
「何?」
「私の資質は探究者だ。」
「ストナに以前聞いて知っているよ。」
………………。
「ナギトは探究者資質を知っているのか?」
「探究者資質がどんなものかではなく、オーウィズが探究者資質って事だけを知っている。詳細は知らない。」
「探究者資質がどんな資質か聞いたこともないか?」
……知らないかな。……そう言えば昔聞いた事があるぞ。……、そうだ。
「長生き資質?だったかな?」
僕のその答えにオーウィズはひんやり笑みをこぼした。
「その通り、なぜ長生きか分かるか?それがスキル『探求』だ。属に言うとパッシブスキルに該当する。人生の岐路で矢印が見える。私はその矢印の方を選択している。」
「それであの水を飲んだのか、てっきり鑑定系のスキルを使ったか、もしくは死ぬ気だったのか。単なるバカかどれかかと思った。」
僕がそう言うとオーウィズは大笑いした。
「鑑定以外は当たっているな。私はこのスキルを手に入れた時、一つの事を願った。聖京都の明るい未来だ。もし、その為なら死ぬ覚悟もある。ナギトは信用が出来る。だからこのスキルの事を話した。誰にも言わないで欲しい。」
「何で?」
「スキル『探求』の別名を知っているか?」
別名も何も『探求』と言うスキル自体初めて聞く名称だった。僕はオーウィズを見て首を横に振る。
「『覇王の杖』と呼ばれている。探求者の資質の中でも『探求』を持つものは少ない。このスキルがあれば王国の王になれるとまで言われるスキルだ。私はこのスキルを姉の為に使いたい。ただ、持っているだけで他国からは命を狙われる可能性があるから、聖京都の中でも知るもの少ない。ナギト、私と一緒に聖京都を立て直してほしい。頼む手を貸してくれ。」
オーウィズは暫くして去っていった。『覇王の杖』聞いたことがない。けど、確かに岐路で一番良い道を選べるなら、王にでもなれるのかもしれない。
今まで単なる破天荒な思いつき、行き当たりばったりの王子様と思っていたけど、案外正攻法でここまで来ているのかもしれない。
僕はこれまでのオーウィズとの旅を思い出していた。
…………違うだろ。絶対に個人趣味だろ。
覇王の杖を利用したオーウィズの趣味。そうとしか思えなかった。
僕が軽食を食べ終えて、窓から見える庭園を眺めていると、再びオーウィズ達がやってきた。
今度はオーウィズ、ストナ、ヒツメジとそして、聖九華戦姫のバキアがいた。
なんだこのメンバーは?
全員がソファーに座るとオーウィズが話を始めた。
「スルーニル王からある提案があった。」
そう言うとオーウィズが紙を広げた。
それは懇親試合の申し出だった。
「私は王に向かって姉に会わせてほしいと伝えてある。姉は現在ワルトの洞窟にいると思っている。」
「ワルトの洞窟?」
突然ヒツメジが立ち上がった。
「ワルトの洞窟はここから東へ数十キロ山間を越えるところにある魔王大戦以前からこの地にある洞窟です。有名な鉱物は幻影石です。七本槍のお二人も体験したと思いますが……、ここの牢獄で使われている鉱石です。マナを拡散させる効果のある石です。牢獄などでよく使われます。マナが拡散されるので、生の量が多い人物ほど、自分の力を保てなくなります。能力を使って脱獄をする事を防ぎます。ここスルーニルのあちこちで採れる石ですが、ワルトの洞窟には幻影石の純結晶があるとされています。その純結晶を王笏に付けたのが2代目聖京都王ローゼル様です。聖英雄ウリエル様の急死に気を落としていたローゼル様に当時のスルーニル王が贈ったと言われています。王笏自体が失われ手しまいましたが、もし、それを再現出来ればルイーゼ王女も…………。」
「ヒツメジ、もうよい。やめろ。」
長いヒツメジの熱弁をオーウィズが止める。
「要するにワルトの洞窟はこの国の許可が出ないと入れない。その許可を親善試合の結果次第では出してやると言う事だ。試合形式は俗に言う帝国式。」
「帝国式!」
ストナが突然大声を上げた。帝国式?どんな戦い方なんだ?
「その為、向こうは3名。クック、ルートバーン、セアリー。クックは私達を捕らえに来た時の隊長だ、武器は剣。ルートバーンは槍が武器。最後のセアリーは杖、魔法使いだ。3人共次期スルーニルを担う人材だ。特にセアリーは要注意、魔法使いでこれに出てくると言う事は格闘的な能力があると言う事だ。だから……。」
オーウィズはそこまで言うと僕を見た。
「こっちはナギトが3戦する。」
「……は?なぜ?」
思いもよらない任命に驚かされた。
「ストナは?」
「私は無理!帝国式は無理。」
「どういう事?」
またヒツメジが立ち上がる。
「帝国式とは正式にはCクラス3スキル選択式一騎打ち闘技と呼ばれています。帝国式と言われていますが、最初に使われたのは北国ノルテと言う説もあります。帝国が大陸全土に広めた事からこの名前が定着してます。使用して良いスキルがCクラスの3スキルを最初に選択しておく必要がある上、更に登録以外のスキルを使用すれば失格になるのでそれなりの訓練が必要と言われています。」
「何でそれが僕なんだ?」
意味が分からない。オーウィズが今度は話出した。
「Cクラスのスキル区分けは単体攻撃、単効果(状態異常なので付加攻撃なし)、単威力(複合効果なし)、即状態異常禁止だ。ストナ姉の聖流剣は複数攻撃になるのでBクラスになる。となると、ストナ姉は帝国式では剣すら振れない役立たずになる。」
「剣くらい振れるし……。」
いつもよりストナの表情が暗い。さっきの帝国式の反応からも過去にやって敗北している事は明らかだ。ストナの力の強さは聖流剣との相性だろう。身体に合わない大剣を聖流剣のスキルを巧みに使って攻撃する。スキルの使い方が天才的ではあるが言い返せば、スキルが使えなければそこまで強くない。
「ナギト頼んだぞ。出来れば先手2勝で試合を終え、セアリーまで繋げない。ナギト使用スキルはマナ寄せ開眼と回転マナ返しそして、このバキアの植物サーチだ。」
「人のスキルを使うのはいいの?」
「今回、帝国式に特別ルールを適用してもらった。付加追加スキルを受ける事を1スキルとするルールだ。実際にはこれを認めた戦いもある。」
「それなら、相手も攻撃力強化やスピードアップ系のスキルを使って来る可能性があるってことか。」
オーウィズはニヤリと笑った。
「それが狙いだ。相手が攻撃強化のスキルを付けてくれば、ナギトのマナ寄せ開眼で身体の動きが簡単に読める。相手が乗ってくれば来るほどこちらに勝機が上がる。頼んだぞ、ナギト。」
………………
そんな簡単にいいのだろうが?ただ相変わらずずる賢い。ひとつの事で策を何十にも重ねてくる。『覇王の杖』は探求のスキルではなく、彼のそのずる賢い悪知恵ではと思えて来る。
僕は言われるままに、不安を抱えてながら親善試合の会場へと足を運んだ。




