第六話 ウブキ山脈と悟りの書④
暗闇が世界を包んだ。そんな闇夜の始まりだった。静まりかえった山脈の渓谷に時より魔狼の遠吠えが聞こえる。
茂みの中を何かが動く音が聞こえても、僕達は動かない。近くの岩壁に石が転がって来ても、動かない。息を潜めて夜の明ける瞬間をひたすら待っていた。
ホウホウ。
フクロウの声が聞こえる。マナ寄せ開眼を使うと、フクロウは斜め上空を動かずに止まっている様に見える。状況から木に停まっているのだろう。こちらを見ている様子はない。ただのフクロウだ。安心してため息が漏れた。
僕達のため息と同時に後ろからエージナが小声で話しかけて来た。
「どうじゃ、大丈夫か?」
「今のところは。ラーナキュアルさんの容体はどうですか?」
「こっちも取り敢えずは大丈夫じゃ。ただ、毒素を抜いただけだからな。体力が心配じゃ。誰か近くにおらんか?」
「残念ながら、近くに人はいません。ただ、ゴブリンは何体か上空を通っています。この上に山道があると思われます。」
「ゴブリンがいると言う事はやはりイヒラ山系かの?」
「そうだと思います。うかつでした。まさか転移陣のおとりだったとは。」
「今更悔やんでも仕方ないじゃろ。我々が無事なだけでも良かったとするしかあるまい。しかし、あれは何だったんじゃ?」
「自動転移陣と言うべきでしょうか?トラップとしか言いようがないですが……。」
「そんな話聞いた事もないわ!」
「考えられるのは2つ。特殊なスキルか?もしくは例の教授の遺産かどちらかでしょう。」
その時、左腕に痛みが走った。
「痛たたた。」
「おぬしも矢が刺さっておろう。毒は抜いても傷は癒えないから無理はすんじゃないぞ。」
「はい。」
僕は上空を見あげた。何の光もない空が漂っている様だった。
どうして僕達3人はここにいるのか。話はマトゥキ達と塩の洞窟を目指して進んでいる所までは遡る。
マトゥキを先頭とした隊列で襲って来るゴブリン達をなぎ倒して塩の洞窟を目指して進んでいた。目の前の峠を越えれば目的の洞窟と言う所まで来た時、全体の進みが止まった。ホブゴブリン部隊と遭遇したのだった。
マトゥキの足も止まる。
30隊程度の群れで僕達の目の前に立ち並ぶ。前衛が弓部隊。後衛が武器を構えている。夕闇に入るその瞬間、やつらの持つ武器だけが力強く輝いている様に見えた。
特に中央3体が持つマナの量は他と比べて格段に違う。ホブゴブリンの中でも別格のゴブリンだ。
ゴブリン達は峠の上から僕達へ弓を構えている。状況は完全に不利、地の利は向こうにある。
ブゥーーー!
法螺貝の音が山脈全体に響き渡る。
その音と同時に矢を射る音が聞こえ始めた。
来るぞ!
こちらはエージナが先頭で火の鳥のスキルを使った。火炎の鳥が渦巻きながら矢を焼き尽くしていった。
再び法螺貝の音が聞こえた。
するとまた矢の雨が降り注ぐ。
今度はテロットが大地の鉄槌で岩の壁を作り上げ、その中に身を隠す。
「厄介じゃな。本来なら引くべきじゃろ。こちらに分がない。やめるべきじゃよ。せめて夜が明けないと……。」
「文句言うなら帰りなさい。止めないわよ。」
「ストナもその言い方。テロットさんに悪いよ。」
「悪くない。負け犬の遠吠えなんて聞きたくないだけ。吠えるくらいなら、矢でも石でもアイツラに向けて投げなさいよ。そっちの方がまだましでしょ。」
「まあまあ。」
エージナが収め様としている。まだ、愚痴を言い合える状況でホッとする。この状況は確かに不利である。ゴブリンが目の前にいるだけなら、死にものぐるいで向かえばなんとかなるかもしれない。でも、この山中に何体うようよしているのか分からない状況で深追いは危険。
僕はマトゥキの方を見た。向こうの隊も何か防御系のスキルで身を守って防御に徹している様だ。
その時、上空のマナに動きを感じた。
これは!『心臓の矢』のマナだ!ゴブリンが使おうとしている。誰を狙っている?上方の中央部からこちらを狙うマナが漂う。あの強力な3ゴブリンの1体だ。
マナの向きが右斜め手前だ。誰がいる?
そこにはラーナキュアルがいた。彼女はダメージを負っている様だ。先程の矢の攻撃で負傷したに違いない。このゴブリンの矢じりには毒が塗られている可能性が高い。致命傷でなくても厄介である。
ラーナキュアルが前に向かって進もうとしている。この状況でどこへ?
岩陰か!右前に岩陰が見える。しかし、間に合わない。心臓の矢が来る!
心臓の矢は半オートで標的を狙う必中のスキル。矢の名手と言われる程、鍛錬を積まないと取得出来ないと言われるものだ。
僕はテロットの作り出した岩から飛び出した。
矢が放たれた。彼女へ向けて飛んだ!
この矢、半オートで向きを変えるが、標的を定めた瞬間からは直線的進むと言われている。打ち落とすなら、近づいた瞬間。
マナだけを追うんだ!
矢を取り巻くマナの色が変わった。これは半オートが切れた合図だ。今だ!
その瞬間を狙って剣を振る。矢見るな、マナを斬る。
剣と矢が当たった瞬間に矢は力を失い地面へと落ちた。
再び上方でマナが動いた。
また来る。今度は2体だ。
3ゴブリンのうち2体にマナが集まる。もう一度心臓の矢が来る。それに…!これは連射だ!これは僕の眼では見れない。スキルでマナをまとった攻撃はマナを追うことが出来るが、単純な射出タイプは矢にマナを纏わない。この闇深まる中に矢を防ぐのは厄介だ。でも、やるしかない。
剣を構える。来るぞ!
見るんだ!
ウォー!!!!
矢を弾く!しかし、弾ききれない!
左腕を矢がかすめた。体勢が崩れた。連射の矢が僕に向けて放って来た。だめだ。防ぎきれない。
その時、「火炎鳥!」と声が聞こえ、連射の矢が全て焼かれて消えていった。
助かった。
テロット達と一緒にいたと思っていたエージナがいつの間にか僕の横に来ていた。
「何度も言うが、そう何回も使えないぞ。」
「ありがとうございます。」
「どうする?」
「エージナさん、ラーナキュアルさんをお願いします。右手の岩陰に一時避難しましょう。」
その時、心臓の矢が僕達に来た。また、ラーナキュアルを狙っている。
……。
エージナとラーナキュアルを先に行かせて、僕は後方を守るように進んで行く。
途中ラーナキュアルに向けて放たれた矢を前回同様にマナごと斬った。
次手が来る前に身を隠すしかない。岩陰に急いで向かうと、地面にマナの光が……!
これは転移陣だ!
「エージナさん後ろに下がって、ここに転移陣がある。」
僕は先を行くエージナ達を引き止めた。
「転移陣?どこに繋がっているんじゃ?」
「分かりません。」
遠くからストナの声が聞こえる。
「大丈夫?」
「ストナ来るな!ここは罠だ!」
上空に気配を感じる。
ゴブリンた。しかもさっきの3体の1体だ!ここへ誘導するのが狙いだったのか!
僕は再び剣を構える。峠の上のゴブリンは数体。完全に虚を突かれた。
来る!
矢の雨だ!
「火炎鳥!」再びエージナがスキルを使う。
僕へ向けて放たれた矢は全て焼け落ちた。けど、これで終わりではない。
「ナギト!こっち!」
ストナとテロットが近くに大地の鉄槌で避難所を作ってくれていた。今しかない。僕達はその避難所へと走り込んだ。
その時。
ひとつの矢が僕と避難所の間に刺さった。
眼では追えなかったけど、マナは無かったと思われる。その時、僕は何を気にしなかった。
急いで避難所へ行くことだけを考えていた。
次の瞬間。
その矢の刺さった地面にマナがゆっくりと浮かび出た。
こ。これは。転移陣?誰かが矢の筆を持って地面に絵を書くかの様に、地面にゆっくりとサークルが描かれ始めた。そのサークルは1メートル位の見た目転移陣が出来上がった。
何だ!
瞬きの間に転移陣が弾け飛んだ。
そして、僕達は見知らぬ山奥へと飛ばされていた。
僕とエージナ、ラーナキュアルの3人だけが闇深い山の中で立ちすくんでいたのだった。
僕達が飛ばされてきたこの場所がどこなのか?ストナ達は無事なのか?全く分からない。ひとつだけ分かることはこの場所を動くなと言うことである。ラーナキュアルの体調も優れない。矢傷が思った以上に多い。何度も行き交うゴブリンのマナから、この場所はイヒラ山中の可能性は高い。日の出を待つしかない。
僕が上空を見上げていると、突然エージナが僕の左腕に布を巻いてくれた。
「何もないよりはマシじゃろ。気休めじゃがな。」
「ありがとうございます。」
僕は左腕に手を置いた。一瞬、体に痛みが走る。エージナ「解体」のスキルで毒は解毒してもらっても、傷は癒えない。ストナ達との合流を待つしかない。
暗闇の中、息をひそめる。
ラーナキュアルが今にも崩れそうな声で話してきた。
「ナギト殿、ひとつ聞きたい事がある。」
「どうしたんですか?」
「ルイーゼ様は無事だろうか?」
「無事だと信じましょう。」そうとしか言えない。
「そうではない。ナギト殿が見つけてきた本にはなんと書いてあった?」
…………。
「どうしてそれを?」
「当たり前だ。ストナ様とあんな大きな声で話していれば、嫌でも耳に入る。「この事はラーナキュアルには言わないで」と言っているのが聞こえた。多分、ルイーゼ様に関する何かが書かれていたのだろうと、察しはつく。」
ルイーゼ王女が今どこにいるのか、何をしているのか。本当のところは誰も知らない。ただ、リリラ側の手に渡ったという情報と先程手に入れた「悟りの書」という名のグリーテル・リトダの研究日記から捕らえた王女に何をしようとしているのかは想像がついた。その事を知ればラーナキュアルが気づくと思って、ストナはこの事を誰にも言わない様に口止めをした。……。その口止めする声が大きかったという事だ。
「話せ!冥土の土産に聴きたい。」
「馬鹿な事を言わないでください。全員無事で帰りますよ。」
くくく。少し苦しそうだけど、ラーナキュアルが笑った。
「冗談だ。ルイーゼ様を守る聖九華戦姫の長として聞いておかねばならない。だいたいの想像はつく。しかし、事実を理解しておきたいのだ。ルイーゼ様がそんな簡単にやられるとは思えない。あの人は生まれながらにして何かを持っていた。だから、どんな過酷な状況でも、私はあの人信じる。だからこそ、知っておきたいのだ。」
「ラーナキュアルさんとルイーゼ様ってどんな関係なのですか?」
「私の父は現王の側近をしていた。その為、ルイーゼ様オーウィズ様も生まれた頃から存じている。そして、同じく家に出入りしていたストナ様いやストナの面倒も良く見たものだ。その頃からルイーゼ様は人を惹き寄せる何かを持っていた。だから、私やストナも将来彼女に仕えたいという一心で文武を学んでいった。ルイーゼ様が正式に王家の王女としての地位を受けると私は護衛隊へ志願した。のちにストナの志願もあったが断った。それで彼女は王下聖騎隊へと転属が決まった。怒っているだろうな。」
「どうしてストナを断ったのですか?」
「ルイーゼ様とも話して、彼女はストレート過ぎる。王女の護衛として適確ではないと判断したのだ。」
なるほど。納得した、ストナの性格では護衛は難しいかもしれない。そもそも、今回の事もラーナキュアルに悟られた時点でアウトだろうな。
「それで、本の事話してくれるか?」
僕は諦めて話すことにした。
「魔王を復活させる儀式は元々2回必要と書かれていました。ひとつ目は魔王の魂を復活させる為の儀式。これはアタゴ山の戦いで僕達が魔王城内で壊した思っていた儀式ですが、破壊方法が完全ではなく、魂の復活はされていた様です。もうひとつ、今、リリラがやろうとしている儀式。肉体に魂を入れる儀式……。」
「その肉体がルイーゼ様?」
「違い……違うと思います。僕達は第4王子キンデルダルに魔王の魂を入れようとしていると思っています。その儀式で必要なものひとつに3人の聖女の血と書かれています。聖女とは聖の属性持った回復資質。そのひとりがルイーゼ様だと考えています。」
「血?血をどうするんだ?」
「本には血を絞り注ぐと書かれてありました。たぶんあいつらのやり方は文字通りと思われます……。」
「そうか、いや……。ありがとう。教えてくれて、けど、そう言うなら残り2名が揃わなければ儀式が始まらないと言うことだな。」
「そうなりますが……、残念ながら、僕達が把握しているだけで、トップクラスの聖属性の回復資質は既にリリラの手に落ちています。ひとりは光の翼3聖女のひとりナディ、もうひとりも光の翼のパプリカ。そしてルイーゼ様です。」
「それなら、もう儀式を行っているのか?」
「分かりません。その部分は書き途中だったので………………。静かに……!」
僕は辺りを見回した。辺りを動くゴブリンのマナが変わった。
「エージナさん、ラーナキュアルさん、残念ながら……。」
「見つかったか!夜明けまでは無理だったな。敵はどのくらいだ。」
「100体。まだ完全に見つかってはいない様ですが、警戒してます。ただ、ホブゴブリンはいない様です。」
「それは良かったわい。まずはラーナキュアルを安全な場所に避難させて2人で戦うしかないな。」
「私も戦う。」
「やめてください。そんな余裕なないはずです。ここは僕達に任せてください。」
「し、静かに!」
なんだ?今何か?闇が動いた。
僕は剣を構えた。
いる。何かがいる。
「どうしたんじゃ?」
「何かが近くにいます。隠密系のスキルを使っているかもしれません。」
「なんじゃ、そんな事か!『熱風』」
エージナが熱風のスキルを使うと2つの不自然な影が浮かび上がった。すかさず僕は剣でその影を斬った。ひとつの影は悲鳴を上げて倒れた。倒れると影はゴブリンの姿になっていた。
もう一匹いる。
その影に攻撃を仕掛けようとした時、空間全体に発振音が響いた。しまった。警告系のスキルだ。この周辺に僕達がいることが暴露された。そのまま、発振音を出している影を斬った。
影はゴブリンの姿で倒れたが、発振音は消えない。死体の中から発振音が発している。
「ギヤーーー!」
上空でゴブリン達が叫び、坂を下って来る音が聞こえる。
戦うしかない。淡い期待を打ち消して、気持ちを集中する。
下ってきて襲いかかるゴブリンを1体1体倒して行く。
ここぞと言うタイミングでエージナか使う火炎鳥に助けられながら、耐えるように剣を振るっていく。
敵のマナは80、60、40と数える様に倒して行く。時より現れる隠密系のスキル使いに何度か斬りつけられた。
ただ、隠密系スキル以外は使って来ないので姿を捉えられれば、そこまで厄介ではない。
30…………、あと10体。
火炎鳥!
エージナのスキルで一気に叩き、残り2体を剣で斬った。
……
……
終わった。
渓谷の谷間にゴブリンの死体の山に囲まれて、僕達は立ち尽くしていた。一息して、僕とエージナは手を叩き合わせた。
「疲れたのー、そもそもお前達はわしの火炎鳥をなんだと思っているんじゃ、奥義じゃぞ。奥義!容易く使わせおって!」
「すみません。またお願いします。」
「そこ、心底敬意のない奴らじゃ。」
「まー良いじゃないですか。全員無事だったんですから。」
僕達はその場に倒れる様に腰を下ろした。上空を見あげると、空が少し明るくなっていた。
夜が明ける。
…………。
空を眺めていると、僕の背筋に寒気が走る。
……いる。
あの3ゴブリンの内の1体が近づいている。3ゴブリンの内の2体が弓使い。もう1体は剣の様な物を持っていた。どれかは分からないが、出来れば避けたい。
巨大なマナを持つゴブリンは僕達の方へとゆっくりと向かってくる。周りには30体程の子分を引き連れている。
まっすぐこっちへ来る。
そうか、さっきの警告音を聞きつけたんだろう。向こうがこっちに気づく前にここを離れれば、なんとかなる。確かにここは先程の戦いでゴブリンの死体が大量に転がっている。魔狼もうろついているのだから、早めに移動した方が良さそうだ。
僕達はゆっくりと南下する事にした。
さっきの3ゴブリンがいると言う事は……、ここはイヒラ山脈と考えて間違いない。ゴブリン達が西から来たと言う事は……、向かうべき方向は西。直で西へと向かうとゴブリン達と対峙する事になるから南方から西へと向かう事にした。
出来れば山道を歩きたいのだが、さすがにゴブリンに見つかる可能性が高く、山道下を隠れながら進むことにした。
「どうじゃ、親玉は動いているか?」
「親玉は動いていませんが、手下は何箇所かに分かれています。」
僕達が離れて十数分後にゴブリンの一行は僕達がいた場所にやって来た。
なんとか戦いは避けられそうである。僕達はラーナキュアルを連れて南西に向けて進んで行った。
ある程度進むと、嫌な予感が的中した。
「やっぱり、あいつら僕達を追ってきてます。」
「なんじゃと!それは本当か?」
「たぶん、僕達の後をそのまま付いてきてます。」
その時、ラーナキュアルがエージナを押しのけた。僕達に近づくなと言うかの様に両腕めを広げて立ち尽くしたのだ。
「たぶん私だ。この傷、血の匂いを追ってきているのだろう。ここで私を置いていけ、私も聖九華戦姫のひとり、最後まで戦ってひとりでも多くの首をとってやる。」
「ダメですよ。そんな事。」
「ダメでもやれ!いいか!お前……、お前だけしか魔王を倒せる手段がないんだ!ここで私のせいで死んでは先に逝った者たちに顔向けが出来ない。ナギト殿、ここは耐え忍ぶ時だ!いいから逃げろ!それに見ろ!海が見える。このまま南下すれば街道に出る。援軍を頼む。それまで持ちこたえる。」
無茶です。と言おうとしたが、彼女の目を見て諦めた。その真剣な眼差しにこれ以上言うのをやめた。
彼女はひとり大きな岩を背にゴブリンが近づいてくるのを待っていた。
そこは北からの山道と東西の山道が交わる少し広めの空間となっていた。北から来る場合山道はそこで終わり、一度下へ下ってから登ると東西の山道に突き当たる。下った場所は窪地で茂みや灌木が生えているだけでラーナキュアルの位置からは全体は見下ろす事が出来た。
3ゴブリンの1体を中心に周りで20体が取り囲んでいる。そして隊を組んで窪地へと進んできた。全員が弓を持っている。ホブゴブリンも少し変わった形をした弓を携えて隊を誘導していた。既にラーナキュアルを標的に定めている様だった。20体の裏に潜むように10体が距離を置いて付いて来ていた。
本体との距離は50メートル程、北の山道に身を隠しながら、こちらの状況をうかがっている様子だ。ラーナキュアルの視界からはたぶん目の前にいる20体のゴブリンしか見えてない。後方10体の武器は分からないが、状況はかなり不利である。
窪地下にいるホブゴブリンが右手を挙げた。20体のゴブリンが一斉に矢を構えた。全体が下方からラーナキュアルを狙う。
ほぼ軍隊と言っても過言でないぼどの統制力である。彼女自身、逃げるにも場所が悪い。後方を岩で守りを固めた結果、裏に逃げる退路がない。
ホブゴブリンが右手を振り下ろした。矢が一斉に放たれる。何体かのゴブリンは連射系のスキルを使って、実際数より多くの矢が彼女に向けて発射された。
僕達はこの時を待っていた。
僕は左側奥の窪地にある茂みから飛び出した。
「ウォーー!」敢えて大声を出してゴブリン達に飛び込む。
ゴブリンが僕の方へ気がそれた。
僕の大声を合図に窪地手前の茂に隠れていエージナが火炎鳥を使う。前方向にいるゴブリンを焼き払った。
ホブゴブリンが奇襲に対してエージナに向けて弓を構えた瞬間に僕はホブゴブリンの両腕を切り落とす。腕と一緒に矢と弓が転がる。これでホブゴブリンはなんとかなった。後は……。
僕はその勢いで20体の残りのゴブリンを斬り倒した。
かなり息が荒れる。
なんとか奇襲は成功した。
ラーナキュアルを囮に使うのは気が引けたが、動かない彼女を無理やり動かすより、そのまま利用しようと言い出したエージナの意見に乗ることとした。
向こうが血を頼りに近づいて来ているのは分かっていた。ただ血の匂いなら、僕の腕の傷が悟られる可能性もあり、かなりひやひやしたが、無事に囮作戦は成功した様だ。
後方10体のゴブリンも逃げる様に北へと散っていった。こちらもこのまま逃げよう。
その時、いきなり首を絞められた。
な、なんだ!
さっきのホブゴブリン?
どうして?腕をきり落としたのに?
先程きり落とした場所を見ると腕が消えており、弓と矢だけが落ちていた。
嘘だろう、くっつけた?
そんなのあり?
……
……
やばい、気を失う。
『火炎鳥!』エージナのスキルが僕達を包む。僕は炎帝御輪で火炎系の攻撃を防げるがこのゴブリンは違う。奴が熱で力を弱めた時に逃げる。
……
……
弱めない。
何で?
ゴブリンが笑っている。炎の焼かれる中でも全く同時に笑っている。
よく見ると心臓の部分にマナの核がふたつある。
何ものだ!このゴブリンは?
息が苦しい…………。
その時、僕をつかむ手の力が無くなった。
ラーナキュアルの槍で再び両腕斬ったのだった。
喉が咽る、息を吐きたいのか、吸いたいのか分からない状況が暫く続いた。悶えにもだえてようやく理性を取り戻せた。
「ラーナキュアルさんありがとうございます。」
「礼はいい、構えろ!また来るぞ!」
ラーナキュアルの言う通り、ホブゴブリンの斬られた腕から再び腕が生えてきた。
そうすると、先程斬られた腕が霧の様に消えて行った。
無限に復活する腕!
やはり、核を潰すしかなさそうだ。
一度距離を取り僕達は作戦を練った。ラーナキュアルとエージナは火属性のスキル使い。魔吸石もない今は他のマナをマナ寄せ出来ない。僕はラーナキュアルの火のマナを剣に寄せる。このマナ攻撃でどこまで通じるか分からないけど、やるしかない。
向こうが近づいて来た瞬間にエージナが火炎鳥を使い一瞬動きを止める。その瞬間にラーナキュアルが炎槍のスキルを使い、僕が突きでホブゴブリンの核を破壊する。
……
ラーナキュアルが核を捉えた。
さすがラーナキュアル、核の位置が見えていないのに、僕が伝えた場所をピンポイントで狙い撃ちした。右側の核は破壊した。残りはもうひとつ、左の核だ。僕は左の核に向けて突きを繰り出す。
……
届かない。ホブゴブリンが身体を反って数歩引いた。スキルがない僕にとって攻めの不利さが出てしまった。
……。
次の瞬間、僕とラーナキュアルに正拳突きが飛んで来た。避けられない。ラーナキュアルが吹き飛ばされ、そして僕も……、そのまま後ろに飛ばされた。
……
再び脳裏に声が響いた。
『け……い……。し……ょう……し……ろ。』
誰なんだ?
『けい……しょう……しろ』
誰の声だ?
その時、ホブゴブリンにマナが集まる気配を感じて我に返る。目の前のホブゴブリンが僕に向けてマナを発している。狙いは完全に僕だ。
飛ばされている中で防御も出来ない。マナが拳に集まるのを感じる。
このマナ!ま、まさか!
『心臓の矢』のマナだ!
こいつ!ユームの様に矢のスキルを体術で使う気だ。ユームが何年も掛けて習得した技能を使えるのか?
この吹き飛ばされてい状況ではこっちは無防備、心臓の矢の攻撃を食らえば、終わりだ。
でも、どうしようもない。
……。
来る!
僕は目を瞑るしか無かった。
……。
ホブゴブリンのマナの動きが止まった。
僕が目を開くとホブゴブリンは自身の左脇に意識を向けている。すると脇腹に転移陣が浮かび出した。と思った瞬間にはるか北方へと吹き飛んでいった。
僕が吹き飛ばされている瞬く間の出来事だった。最後、視界に入ったのは弓を持ったエージナだった。
僕はそのまま茂みに落下した。
エージナが近寄ってきた。
「大丈夫か?」
「エージナさん今のは?」
「奴の弓を放ってやったら消えてったわい。」
「ラーナキュアルさんは?」
「無事じゃ、向こうで休んでおる。熱!」
そう言うとエージナな手に持っていた弓を手放した。弓は燃えかすの様にしおれて地面へと消えていった。
「どうやら1回きりの仕様のようじゃ。見た事も聞いた事もない弓だったわ。それにあのゴブリンも。」
僕は辺りを見回したが、どうやらモンスターの気配はなくなっていた。そして、空はすでにに明るくなっていた。
夜が明けた。長い夜の戦いはようやく終わった。
塩の洞窟がどうなったのか?ストナ達は?何も分からないけど、僕達はとりあえず、南よ海寄りの街道へと出るために山道を下り始めたのだった。




