第五話 イーダーオーツと特別議会③
岩の様な存在と僕は対峙していた。
その岩は薄暗い灰色をしており、亀の甲羅の様な円形状の岩で姿を形成していた。
僕は目を上げてその岩を見あげた。岩の大きさは数十メートル。小高い岩山と言う感じが表現的に合っていると思う。亀の様だけど、顔のない亀。いや、甲羅と話している様である。
大きな岩は僕にゆっくりとした口調で話しかけてくる。
「マナの戦士よ。噂通りエイディに似ているな。」
「あ、あなたは?」
「そ、そうだったな、我は土のマナ獣と呼ばれている者だ。」
「土のマナ獣?あなたが……。僕はナギトと申します。既に火のマナ獣様とも面識があります。」
「知っておる。我々マナから生まれし者ほマナを通して意思疎通が出来る。ブレイアゾイルいや、火のマナ獣からもそなたの事は聞いている。ひとつヒントをやろう。」
「ヒント?」
「バンパイアロードの倒し方だ。」
「僕がバンパイア達と戦っている事も知っているんですか?」
「我々はもう力を失ってこのマナの源流から出ることはできない。しかし、マナの流れからこの大陸で何が起こっているかは知ることは出来る。そなたがバンパイアロードと戦い、石になりかけた事も。マナの剣を復活させようとしている事も。」
「僕達は何か間違った方向に向かっているのでしょうか?」
岩は暫く黙っていたが再び話し出した。
「なぜそう思う。」
「ヒントと言う事はあの戦いでは倒せなかったと言う事ですよね。」
「ワハハハ。面白いヤツだ。よく分かっているな。その通り、バンパイアロードは死んではいない。いや、エイディですら倒しきれなかった。そなたも分かっていよう。その手に倒した感が無いことを。」
「はい。」
僕は手のひらを広げて、その手を眺めた。あの時、バンパイアロードに崩壊の一撃を繰り出した時の事が思い出された。
崩壊の一撃を魔王の核へ当てた時、横から切り込んだ剣先が魔王の核に届いた瞬間が思い出される。闇のマナに飲まれた様な感覚へと襲われ、意識が溶かされていくようだった。
気づくと魔王は石になっていた。
未だにあの戦いが正しかったのか分からない。火のマナ獣にも聞いたが何も答えてくれなかった。
「僕は知りたいです。あの時、どうすれば良かったのか。」
「ひとつだけ教えてやる。我々もある種の誓約をマナから受けておるから、何でも教えてやる事はできない。しかし、当人が手に入れた見聞を開く事。その事には何の問題はないだろう 。」
「手に入れた?見聞?」
「そうだ、そなたは既に糸口を手に入れている。崩壊の一撃でマナの核を突く事はバンパイアを倒す最終手段である。その事には変わりはない。問題は突き方だ。」
「突き方?」
「その目はもう見えているだろう。核の中心を。」
「核の中心?」
「核の核とそなたは呼んでいるがな。なぜ崩壊の一撃で石化するのか?崩壊に抗うマナがマナのバランスを崩すからだ。マナの核の中心を刺し通せば、抗う力を一瞬で崩壊させる事が出来る。そうなれば、あと崩れるのみと言う事になる。」
「核の核を貫く?」
「単なる突きではない。グリイやセアリーが言って言っただろう。『マナを渦を巻く様に細く細く針の穴を通す様に細く』それだ。そのマナで崩壊の一撃で突けば魔王の核を崩壊させる事が出来る。どうだ簡単だろう。」
簡単ではない。しかし、土のマナ獣が言う事は納得出来る。……でも、どうしてセアリーやグリイの事を?
「どうして……。」
「どうしてグリイやセアリーを知っているのか?と言う質問か?先程から言っているがこの大陸で起こっている事は大抵の事は分かっている。」
「……。」
「どうするかはそなたの自由だ。ヒントはここまでだ。話は変わるがな。ひとつそなたに頼みたい事がある。」
「頼みたい事?」
「そうだ。そなたも知っている魔女の瞳を探して来てほしい。」
「魔女の瞳?あの宝石の?」
「そうだ、その宝石を持ってきてほしい。」
「どこにあるのですか?」
「それは言えない。」
「言えないって、知っているんですか?」
「もちろんだ。」
「それなら、教えてくれれば探さなくていいのでは?」
ワハハハと最大級の笑い声が洞窟の中て響いた。
「その通りだな。そなたの言う通りだな。ワハハハ。面白かった。」
何も面白くない。
「ワハハハ、久しぶりに大笑いしてしまったわ。お詫びにひとつ教えておいてやろう。魔女の瞳はそなたと縁のある者がもっている。その者から受け取った暁には我に譲ってほしい。もちろんそれ相応の報酬は用意しておこう。ひとつ言い忘れておった。この洞窟はある種の契約でしか入る事ができない。その為、そなたが次に会いに来る為には魔女の瞳が必要だと言う事だ。よろしく頼んだぞ。」
土のマナ獣がその一言を発した後で僕の目の前が真っ暗になり、気がつくと小さな部屋の中にいた。
小さな部屋には隣へとつながる扉は無かった。ただ、右隅にはしごが付いており上へと登る事が出来た。そして、そのはしごの上には上の階へと繋がる上向きの扉が付いていた。どうやら出口はそこだけの様だった。
僕ははしごに登り、その上向きの扉を開き上の階へと登ると、そこは浮世の坑道地下7階であった。あれほど探しても無かった地下8階への扉は階段下の隙間に隠されていた。
僕が見逃していたのか、土のマナ獣が何かしたのかは分からない……。ただ、僕はドリデンからの要求をクリアできた事になる。
また、地下7階にはストナ達か僕を探しに来ていた。僕達は合流して一度ガーマインまで戻る事になった。
ガーマインのドリデンに地下8階への階段の話をすると彼は調査団を派遣した。しかし、あの小さな部屋から他への通路や経路は見つからなかった。数日間をかけて行われた大捜索も成果は出ずに終わったのだ。
ドリデンは僕達に聖京都への援軍を約束して肩を落としてイーダーオーツへと向かっていった。
ちょうど同時にエチャメールからマナの剣が完成間近となったから、最終調整をする為に村への来る様にとの指示があった。
ルトブルは今までの事を報告する為、イーダーオーツへ帰っていった。
僕達はガーマインを後にしてエチャメールへと向かう事になった。
クラスタルのドワーフ自治領のひとつエチャメール。8勇士カルメや歴史に名を刻む3名工のひとりサーゴを輩出している村。
この村にはカルメが遺したカルメの書と呼ばれる技法伝承の書簡が引き継がれている。現在はナンカンが継いでおり、そのナンカンがマナの剣を打ってくれている。
マナの剣とはマナを一切受け付けない不思議な剣。
マナは火水風土の外的4属性と聖光邪闇の内的4属性がある。それぞれの属性に相対するマナがあり、両方のマナを掛け合わせると形のないマナですら粉々に砕かれる。
魔王を倒す為に生み出された攻撃、それが「崩壊の一撃」。魔王の持つ邪と闇のマナ以外のマナを剣に集めて一気に魔王の核に押し込む事でマナ崩壊を引き起こして倒そうとした技である。しかし、通常の剣ではマナ崩壊に耐えられず、使用者自身すらマナ崩壊で破壊させてしまう。危険極まりない技である。この技を使う為に作られた剣がマナの剣である。
マナを受け付けないと言う事はマナ崩壊すら受け付けない。すなわち崩壊の一撃に耐えられる唯一無二の剣であると言う事になる。
僕達はこの剣の完成を待っていたのである。
バンパイアロードだけでなく、3魔女もこの崩壊の一撃以外で致命傷を与えるのは難しい。現時点でリリラを倒せる唯一の武器である。(正確には何度も斬り刻めば核はいずれ壊れるらしいけど……。)
ナンカンから受け取った剣を両手で握る。馴染む感触が全身に伝わる。
「どう?」
ストナが剣を覗き込んできた。
「今まで使った剣の中で一番しっくりくる。」
「本当?やっぱり特注は違うわね。私も作ってもらおうかな。」
「そこ?今の流れ結局そこ?」
「当たり前でしょ。」
そう言ってストナは持っていた大剣を手に取った。
「ナンカンさん。この剣を細身の長剣タイプに変えたんだけど、出来れば風属性の鉱物を加えて、どのくらいかかる?」
「嬢さん。知りたいのは、値段か?金額か?」
「両方とも知りたい。」
「いいだろう。」
ナンカンは彼女の大剣を手に取った。暫くその剣とストナを見比べる様に眺めていた。
「長さは半分位になる。細身にすると剣の強度が保てない。風系はちょっと試したい鉱石がある。そうだな。お任せでよければ……。半年でこれくらいだ。」
そう言うとナンカンは両手を開いた。
「分かったお願いするわ。」
いやいや、分かってない。今の何?5って何?50万?500万?まさか5000万までは……。
「あ…………。」
僕が話をしようとした時にエージナとテロットが僕の口を羽交い締めする様に押さえた。そして、小さな声で話を始めた。
「野暮な事はするな。決まった交渉に後から口を出すな。」
僕も小声で答える。
「予算と言う物があるんです。」
「気にするな。ドワーフ族はそもそも金など要らない。お前さんの剣、いくらか知っているか?」
そう言われて僕は自分の手にあるマナの剣を見た。細かい交渉はオーウィズがしていたからこれがいくらなのか知らない。
「いくらなんですか?」
エージナは手の平を広げた。同じ様に5を提示した。500万?まさか5000万?
「5万だ。」
……。え?
「ご、5万って安すぎませんか?」
「ナンカンは基本的一律5万だ。お嬢ちゃんの武器も同じだ。」
「いやいやいやいやいやいや、おかしいですよ。確かにマナの剣に必要な鉱石はこっちが持ち込みましたけど、半年近く時間を要しているんですよ。ほとんどタダ働きになりませんか?」
「ははは、タダ働きか。大丈夫じゃろう。あいつの打った武器はイーダーオーツの老舗武器店では1000万で売れる。」
「いやいや、それならマナの剣はもっとかかりますよ。」
「我々は友からは金は取らん。そう思ってくれて構わない。それよりも良いのか?」
「?」
「ナンカンが既にお嬢ちゃんの武器に気持ちが移っているぞ。」
「それが?」
「早めに剣を振って直しが必要なら言わないと、後回しにされるぞ。」
僕はエチャメールから少し森に入ったところで剣を振っていた。マナの剣を使って2日目になる。さすがはナンカンが僕に合わせて打ってくれた特製の剣だ。非常に手に馴染む。しかも軽い。昨日は1日剣を振ってみたが違和感はほとんど無かった。そして今日は次の段階に入る。
僕の横にはエージナがいる。
エージナのスキルには『適合』と『分解』がある。『適合』はサーチ系のスキルである。鍛冶細工資質のエージナにとって鉱石と鉱石の相性を知ることはアイテムを作る上でも欠かせない要素である。適合はその相性を知ることが出来るスキル。サーチ系のスキルであるからそのスキルを利用してマナ寄せ開眼を使う事も出来る。
そしてもうひとつが『分解』である。このスキルかなり万能性が高い。単純に物質を分解して分ける力がある。しかし使い方次第では身体に含んだ毒素の分解や鉱石のマナを取り出す事も容易に出来る。こちらも武器へマナ寄せする際非常に助かるスキルである。
今日はエージナに来てもらって崩壊の一撃の訓練をする事にした。
土のマナ獣がバンパイアロードを倒すにはマナを細めた攻撃を核へ叩き込むしかないと言っていた。バンパイアロードが今どうなのかは分からないが準備するに越したことはない。その為エージナの力を借りて特訓をする事にした。
最初は外的4属性で挑む。
『マナを渦を巻く様に細く細く針の穴を通す様に細く』グリイが言った言葉だけど、意味合いは分かる……。けど、実際にやるのは全く分からない。
剣にマナが取り巻く。そのマナを剣の周りに回転させながら中央に集めていく。それを長く細く……。
マナが壊れた。
長く細くする前にマナ同士が重なり合って崩れてしまう。通常の崩壊の一撃なら何の問題もないけど、マナを細くする事ができない。
数時間格闘したけど、うまくいかなかった。
僕は草の上へと横になった。
僕の隣でエージナが炎粉飾剣を手にとって眺めている。とても楽しそうである。
「どうですか?本物の炎のロッドは?」
「素晴らしい。わしが作った物とは大違いだ。マナの流れが出来ている。なんだろうな?炎のロッドと言う名の海だな。これは。」
「海ですか?」
「そうじゃよ。マナが渦巻いている。大師匠の作品は本当に芸術を超えた逸品じゃな。」
エージナが見た事もない無邪気な笑顔で剣を眺めている。
炎粉飾剣は8勇士のカルメの師匠であるサーゴが作った作品だ。(そう言う意味でエージナの大師匠)
エージナの武器は炎のロッドと名付けた火炎系攻撃を高める短剣を使っている。エージナ自身で作った物だ。カルメの書に走り書きで書かれた部分から、ある程度をエージナ自身が読み解いて作ったらしい。カルメもサーゴの作り方を残そうとしてやめた様な書き方だったと言う。
魔王大戦中に行方不明となったされていたが、炎のロッドと炎粉飾剣が同一とは想像すらしていなかった。
そもそも炎粉飾剣も壊れたと言われていたのにここにある事自体が不思議である。
「で、そのレフト・カサブレラは本物なのか?」
エージナが僕に炎粉飾剣を渡しながら言った。
「分からないですけど、偽物とも言えないです。この剣を持っていましたし……。」
「本物か……。まさか8勇士がまだ生きているとは。」
「その事ですけど、魔族って話は聞いた事がありませんか?」
「魔族?」
「レフト・カサブレラです。魔族ならこれまでの話が納得出来るんですよ。マナ寄せでは見てないですが、バンパイアとは違うマナだ思われます。人とは別の生き物の様でした。」
「分からんな。聞いた事もない。師匠もそんな事は何も言って無かった。」
僕達はそれ以上無駄な議論を止めてもう一度特訓に励む事とした。
3日目にストナも合流してきた。
「さあ、ナギト!そろそろ本格的にやるわよ。」
「何をだよ。」
「その土のマナ獣が言っていた最高の崩壊一撃の訓練よ。」
「なんだよその理由の分からない名称は。」
「分からなく無いわよ。最高の一撃だから、最高の崩壊一撃よ。」
「そのネーミングセンス。」
「ナギトよりはマシよ。はい、早くやりなさい。」
ストナに急かされて僕は昨日までやった復讐を兼ねて崩壊一撃を披露した。更に集中したけど、やはり一定のところでマナが崩れてしまった。
「何かが足りないんだよ。分かる?」
ストナは少し首を傾げてから僕の方に近づいて来た。
「ナギト私の方を見ないでもう一度やって。」
「いいけど何?」
「いいから集中して、そして何があっても前だけを見る。分かった?」
僕はもう一度剣を構えた。エージナから受け取ったマナを剣に集めて行く。マナは回転を速め…………、え?
ストナが僕の背中を押した状態で聖流剣を使った。僕はそのまま突き飛ばされる様に前に押し出される。な、何やってんだ………………。
マナが細くなる。
こ、これ……。しかし、一瞬細くなったけど勢いが弱まった時点でマナは崩れた。
「どう?」
「どうって確かに細くなった。一瞬だったけど。」
「グリイの『火炎繊槍』を思い出したの。あの時、彼の身体がすさまじい勢い前に出た様に感じたから、スピードが影響するのかなと思って、でも、私の押す力だと限界ね。あとは……。」
「カールさんか。またあれ?」
「そうまたあれね。」
あれとはカールのスキル『投網』である。このスキルは汎用性が非常に高く、攻撃にも防御にも援護にも使える。網を張る力に強弱をつければ、味方を前方へ弾け飛ばす事も可能である。魔王との戦いの時は何度飛ばされたか覚えていない。自分から飛ばされに行く事自体不本意ではあるが、それで崩壊の一撃が決まるのであれば検討の余地はある。検討したくないけど。ただ、あまり上手くいくとは思えない。
いや無理だ。他の手を考えたい。
他の手はないのだろうか。
全く思いつかない。
翌日にルトブルが僕達を迎えに来てくれた。どうやら無事に特別議会でイーダーオーツ軍の参入が許可された。僕達はイーダーオーツ軍と合流する為、地都イーダーオーツを目指してエチャメールを後にした。
エージナとテロットも一緒に付いてきてくれた。
「エージナ、楽しみじゃのう。久しぶりの聖京都じゃ。」
「そうじゃな。わしはシオツの料理が食べたいわい。」
旅行にでも行くかのノリで付いて来ている。
「2人とも、何しに行くのか分かってますか?」
ふたりは笑いながら声を合わせるかの様に言った。
「もちろん、バンパイア退治じゃ。」
「ナギトよ。考えても見よ。わしらがいたからミリアンを倒せたんじゃ。違うか?それなら今回も手伝ってやらんと可哀想じゃ。」
「ありがたいですが、無理はしないで下さい。」
エージナが胸に拳を当てた。
「無理なんかするか!それにナギトにはここで死んでもらっては困るからな。忘れてないじゃろうな。瘴毒の沼池。この件が片付いたなら、必ず連れて行ってもらうぞ。」
やっぱり覚えていたのか。
そう言えば、この時鉱石をもらった…………。
「あ!そう言えば、あの時もらった鉱石。」
「ウルミナール鉱石か?」
「あれ、取られたんだった。」
僕はストナほ方を見た。
「誰に?」
「旅券団のキャロリーだよ。マルマルの袋と一緒に。」
「そうよ。地図、地図。もらった地図、意味が分からないから、エージナ達に解読してもらって言ってやつ。」
そう言うとストナは亜空間からキャロリーに渡された地図をエージナに見てもらった。
「どう?」
エージナとテロットは少し地図を眺めていた。
「エージナよ、これはあれか?」
「たぶんあれじゃ。」
なんだよ。あれって!
エージナは地図を再度綺麗にしまってストナに渡した。
「それこそ、今の戦いが片付いたら、一度ゆっくりここへ来い。その時、その地図の見方を教えてやろう。」
「エージナさん達はこれが何の地図か分かるんですか?何の地図ですか?」
「それを含めてゆっくり話してやる。」
そう言うとふたりは再び笑いながら街道をイーダーオーツに向けて進んで行った。僕とストナは何か釈然としない思いを抱えながらもルトブルやエージナ達の後を追ったのだった。
イーダーオーツに着くとリューゲン総隊長とデッサウ副隊長と挨拶を交わした。
そして翌日、テイルエンドのシオツに向けて出発した。
いよいよイーダーオーツでの準備は全て整った。援軍もマナの剣も手に入った。あとはオーウィズ達と合流してリリラを倒すのみ。最終決戦へ向けて戦いが始まろうとしていた。




